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BBO-ブレイヴ&ブレイヴオンラインー最終話 夢の終わり

ジャンル:VRMMO

~これまでのあらすじ~

 バーチャル・リアリティ技術を大々的に導入するという宣伝文句で市場の注目をかっさらった全感覚没入型オンラインRPG「ブレイヴ&ブレイヴオンライン」は、正式発売日にログインしたプレイヤー800人を閉じ込めたリスポーンありのデス・ゲームと化した。解放の条件は、ゲームの完全クリア。期限は2年。それを超えれば、閉じ込められたプレイヤー全ての命はない。

 筋金入りのゲーマーにしてリアルファイトもめっぽう強い主人公の冴咲若葉(さえざきわかば)は、ベータテスター"ワカバ"としての先行知識と持ち前のゲームスキル、そしてフィジカルの強さを武器に、バカみたいに巨大な世界迷宮に挑む。

 いくつもの出会いと別れを繰り返し、ついに最終階層にたどり着いたワカバ一行。タイムリミットまでは、残すところあと1時間。これが最後の挑戦になることは、誰の目にも明らかだ。度重なる死の痛苦から心の壊れてしまった恋人、モミジを救うためにも。総勢600人からなるパーティを率いて、ラスボスとの戦いに挑む。




 最終階層の"門"を開くと、そこにはどこまでもどこまでも続く真っ白の空間が広がっていた。天も地もない、ただひたすら果て無く続く空間である。どこかそれは、このゲームに初めてログインしたときに見た電脳空間の姿に似ていた。


『まずは、よくぞここまでたどり着いたと讃えるべきかな』


 空間に響いた声に、仲間たちが一斉に武器を構えたのがわかった。声の主の姿はない。ただ、そこに在るだろうと思わせる、圧倒的な存在感が、まさに質量を伴った重圧となって襲い掛かる。


「隠れてないで、出てきやがれ! こっちは、時間がねえんだ!」


 俺に並び立つパーティ幹部構成員の攻撃役、HN"レックス"が吠えた。身の丈ほどあるバスターソードをまるで木片か何かのように軽々と構え、存在感の中心点をにらみつける。


『ふふふ、そう急ぐな。話をしようじゃないか』


 声が結実して、真っ白な空間に一つの人影を作り出した。それは背景に溶けるような真っ白の白衣を着た、見るからに冴えない中年男性である。しかし、その研究者然としたいでたちからはあまりにも不釣り合いなほど、纏う存在感は重厚だった。間違いない。俺は確信する。こいつがラスボスだ。


「……神原剛(かんばらごう)だな?」


 俺の問いに、白衣の男はクイッと片眉を上げて意外そうな顔をした後、軽薄な笑みを浮かべて見せて、『そうだ』と短く答えた。

 やはりな。出てくるのなら、このタイミングしかないと思っていた。神原剛、天才プログラマーにして天才的企業経営者。俺たちを、このゲームに閉じ込めた張本人……!


『数多の試練を超えて、よくぞここまでたどり着いた。君たちはまさしく、勇者だ。誇ってもいい』


 神原は、軽薄な笑みを顔面に張り付けたままのたまう。背後から強烈な殺気が放たれて、神原に突き刺さるのがわかった。ふざけたことをぬかしやがってと、プレイヤー全ての意思がぴったり一致したのがよくわかった。俺もまた、ありったけの殺気を叩きつけている。

 しかし神原は、そんなものどこ吹く風とばかりに涼しい顔だ。


『そんな君たちに、今日はとても悲しいお知らせがある』


 神原は、この空間に集った攻略者600人をゆっくりと見回して、さも残念そうな口調を作って言った。


「悲しいお知らせ……?」


 パーティ幹部構成員の紅一点、魔術師のHN"エミ"がいぶかしげに復唱する。


「どうせ時間稼ぎだ! さっさとこいつを倒して、このクソッタレな悪夢を終わらせようぜ! リーダー、攻撃の許可をくれ!」


 パーティ幹部構成員の熟練弓兵、HN"ロビン"が既に矢をつがえながら俺に進言してきた。ロビンの率いる射撃部隊の隊員たちも、口々にそうだそうだと賛同の意志を見せ、弓を構えている。

 彼らの意見は、俺にとっても賛同できる。もう残り時間は少ないのだ。敵の口車に乗せられて無為に時間を使うのは、あまりに愚作だろう。イベントなど知ったことか。向こうの段取りなど、知ったことかだ。

 俺は攻撃命令を出そうとして、ちらと右腕の腕時計を見た。タイムリミットまでのカウントダウンを刻む、正確無比なマジックアイテムだ。

 そして、気づいた。


「!?」

『ようやく気付いたようだな、ワカバ』


 狼狽えた姿を見られたか、神原が意地の悪そうなにやけ顔で言った。弓兵部隊は、事情が呑み込め無いようで困惑している。ロビンが焦ったふうに口を開いた。


「どうしたんだ、リーダー!? 時間がないんだ、早く攻撃を……」

「……止まっているんだ」

「え?」


「カウントダウンが……止まってる」


 ロビンが、驚愕に目を見開いたのがわかった。慌てて自分の腕時計を見て、息を呑んでいる。弓兵隊が弓を下ろした。ほかのメンバーにも、動揺は波紋のように広がっていった。

 2年前にログインしてからこのかた、一時も止まることなく絶望のカウントダウンを示し続けてきた腕時計が、この空間に突入したその時間のまま止まっていたのだ。


「どういうことだ、これは……」

『君達と話がしたくてね。時間を止めさせてもらったよ。もちろん、この外のゲーム内世界もね。まあ、あまり意味はないんだが』


 困惑しきりの俺をしり目に、神原はくつくつと笑う。いちいち癪に障る野郎だ。


『さっきは悲しいお知らせがあるといったが、むしろ君たちにとっては朗報かもしれない』

「勿体付けてんじゃねーよ!」


 レックスが吼える。しかし神原は、毛ほども気にしていないようだ。


『喜びたまえ、実験は失敗だ。君達の役目はここで終わり、戦いの日々からも、死の恐怖からも解放される』

「実験……? なんのことだ」

『聞きたいかね。聞けば、君たちのアイデンテティを根底から覆すことになりかねないぞ。聞かなければ、君達は安息のうちにゲームの終わりを迎えられるだろう』


 答えに詰まる。知るべきか、知らざるべきか。長い間共に戦ってきた仲間たちに目を向けると、同じく悩んでいるように見えた。


『時間はたっぷりとある。悩むといいさ。せっかく仲間がいるんだ。相談して決めればいい』


 神原は、ニヤニヤとした相好を崩さない。


「リーダー、おれは、聞くべきだと思う」


 長いような短いような沈黙を破って、レックスが言った。


「あたしは……聞きたくない」


 エミが、ぼそりとつぶやいた。「怖いよ……」と、か細い声で付け加える。


「俺は、聞きたい」


 ロビンが、短く言った。


「……決を採ろう」


 俺は空間を三回ノックする。情報ウインドウが問題なく起動された。これの多数決機能を使う。


「詳しい話を聞くことに賛成の者は、○を。反対のものは×を。集計は一〇秒後だ」


 淡々と告げる。メンバーが、めいめいにウィンドウを立ち上げて投票する。集計が出た。結果は……


「……神原剛。詳しく話を聞かせてくれ。実験とはなんなんだ」

『そうか、聞くか……いいだろう』


 神原は、先ほどまで浮かべていたにやけ顔を消して、少しばかり神妙な顔つきとなった。もしかしたらば、先ほどまでのそれは演技であったのかも知れない。


『この世界は、人間の精神がどこまでヴァーチャルリアリティの与える影響を許容できるかという実験のために作られた巨大な実験装置だ。実験期間は二年。被験者は、200人の被験者が集められ、国の主導で実験は行われた』


 神崎の話す内容は、あまりにも突飛で突然だった。神原は、さらに続けた。


『結果はごらんの通りだ。度重なる『死』の経験は、被験者の精神を余さず砕いてしまった。これは失敗ではあるが、成功ともいえる。人間が許容できる情報量の観測は滞りなく完了した』

「ま、まてよっ!」


 レックスがたまらず噛みつく。神原はいったん話を止めて、レックスを見た。


「被験者が200人って、どういうことだよ! このゲームには、800人の人間が……」

『簡単な話だ。被験者200人はここにたどり着くことはできなかった。ここにいる君たち600人は、端的に行ってしまえば人工知能だ。ノン・プレイヤーキャラクターなんだよ』

「っ!?」


 レックスが絶句した。俺もそうだし、ここにいる全員がそうだった。

 NPC? 俺が、ここにいるみんなが、全部NPCだっていうのか。全部、単なる0と1の羅列でしかないというのか。


 ふざけるな。

 ふざけるな。

 ふざけるなっ!


 いつの間にか、まったく意識の外で体が動いて、俺の拳が神原の右頬を抉るように撃ち込まれていた。神原はなすすべもなく吹っ飛んで行った。


「ふざけるな! そんなの、そんなの信じられるものか!!」


 激情に任せて怒鳴り散らす。神原はゆっくり立ち上がると、ふう、とひとつ息をはいた。


『君たちの怒りは、もっともだ。私としても、君達がそこまで感情を発露させたことについては大変喜ばしく思っている。データもしっかりととらせてもらった。だから君たちは、もう休め』


 2発目の拳は、不可視の障壁に止められて神原には届かなかった。

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