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あのよのはなし

ジャンル:オカルト

会話文のみ

「というわけで、君は死にました」

「はあ」

「まあいきなりそんなこと言われてもわけわかんないだろうけど、そういうことだから」

「なるほど」

「落ち着いているねえ」

「いや、さすがにリアクションしづらいですよ」

「そりゃそうか」

「ところで、僕が死んじゃったってことは、ここは天国だとか地獄だとか、そういう類の場所ってことでしょうか」

「んー、まあ、似て非なるというか……日本語で一番近い言葉を探すなら、『あの世』が最適かな」

「区別はないと」

「そう言うことになるね」

「しかしびっくりです。あの世ってこんなに殺風景な場所だったんですね。見渡す限り真っ白で、地平線すらないですもん」

「ああいや、ここはあの世の玄関口みたいなところだから。三途の川的な感じかな。ホントのあの世は、ここから一歩踏み込んだ場所にある」

「……」

「あ、無言で一歩踏み出してるけど、そういう物理的な意味ではないからね」

「やっぱそうですよね」

「それで、まあ、君は死んじゃったわけなんだけど」

「はい」

「あの世の事とか、一応説明しておこうかと思うんだけど、心の準備はいいかな」

「あ、お構いなく」

「落ち着いているねえ」

「いやあ、いつどうやって死んだのかも思い出せないんで」

「ああ、それが普通だよ。心配しなくていい」

「というと?」

「あの世っていうのは、なんていえばいいのかな。君たち死せるものの魂的なアレを、浄化というか、まっさらな無垢の状態に戻す的な空間だからね」

「やたらめったらアバウトですね」

「いやあ、日本語でかっちりハマる言葉がなかなかなくてね。ニュアンスだけでもわかってもらえれば」

「はあ、なんとなくわかりました」

「それで、死因とか知りたい? どうせすぐに忘れちゃうだろうし、知りたくなければそれでいいけど」

「うーん、じゃあ一応」

「君の死因は飛行機事故だね」

「飛行機事故」

「高度2万メートル地点で突然エンジンが爆発して、残念ながら君もその場でお陀仏。即死だったようだよ」

「そうなんですか。苦しまずに済んでよかった」

「あっさりしているなあ」

「あ、そういえばなんですけど、僕の両親ばっちり生きてるんですがこれ賽の河原的な案件ですかね」

「いや、この場合はどうしようもないからね。不可抗力もいいところだったし、業の上乗せはないよ」

「業?」

「あれ、日本語的には一番これが適してるかなって思ったんだけど、伝わらなかったかな。なんといえばいいか……」

「アレですか、魂の減価償却的なアレですか」

「あー、そうそう、そんな感じ。ここは魂を全く無垢な状態に戻す場所ってのはさっき言ったでしょ? これには、基本的にその魂が生きてきた年月を要するんだけどね。悪行を働いたりだとか、なんだりとかで業を重ねまくった人間は、自分の年月にその業に応じた年月がプラスされるんだよ」

「ほほう」

「君の場合は、特に業の溜まるようなことはしてないから、享年25歳ぶんだけ年月がかかる」

「興味本位からなんですけど、今までで一番長い年月がかかった魂ってどれくらいかかってるもんなんですか?」

「2659年」

「2659年」

「まだまだ更新中」

「更新中」

「次点で2015年かな」

「何というか名前を出すと各方面から怒られそうなんで聞きませんけど、そんなに業を重ねてたんですかその人たち。むしろ逆じゃあ」

「いや、業っていうのはあくまで便宜上、わかりやすくするためにそういってるだけでね。悪行だけでなくて、過ぎた善行でも貯まるもんなんだよ。被信仰心って言い換えてもいいかもね」

「ははあ、なんか妙な言い方だけどなんとなくニュアンスは伝わりました。要するに熱心なシンパの皆さんがお祈りしてる限り、業は貯まってく一方と」

「ま、そういうことだね。本人たちも大して気にしていないようだし、いいんじゃないかな」

「そう言えばなんですけど」

「なんだい」

「まっさらになった魂ってどうなるんですか?」

「六道輪廻って知ってるかい」

「何ですか藪から棒に。仏教用語でしょう?」

「つまり、そういうコト」

「なるほど」

「まっさらになった魂は、一つ所に集まって再分配される。死んで生きて、生きて死んでをぐるぐるぐるぐる、まるで車輪の回るように繰り返していくっていうのが、世界の理だよ」

「厨二クサいですね」

「まあ、事実だしね」

「じゃあ、結局魂がまっさらになっちゃったら、『僕』っていう個は完全に消えちゃうんですね。それはなんだかさみしいなあ」

「仕方ない。世界はそういうふうに回っているからね」

「そう考えると、ずうっとこの『あの世』に留まるっていうのも悪くないのかな」

「それはおススメできないかな」

「なぜです?」

「結局、そんな永い時に耐えられるほど魂っていうのは強くないのさ」

「ふむ」

「君たちの世界で神だとか聖人だとか言われているような連中は、それこそおかしいくらいの例外ってだけで、ごく普通のありふれた魂にとって、己の生きてきた年月の倍以上を生きることは、耐え難い痛苦でもある」

「そうなんですか? いまいち実感がわかないなあ」

「そういうものさ。だから、おびただしい業を背負ったような魂なんかは、その償却を短縮してくれと懇願してくるくらいだからね」

「へえ」

「魂から業を無理やり引きはがすのは、筆舌に尽くし難い苦痛を伴う。そりゃそうだ。『自分』っていう存在を、強制的に消していく作業だからね。もしかすると、君たちはこの過程を見て『地獄』という概念を生み出したのかもしれない」

「なるほど。地の池とか、針山とかもあるんですか?」

「いや、そういうものはないね。もっと概念的なものだよ」

「概念的ねえ。でも、『地獄』がまさか自己申告制だとは思いませんでした。閻魔様が振り分けていくわけじゃないんですね」

「閻魔というのも、君たちが生み出した架空の存在だからね。まあ、いうなれば業というものそれ自体が閻魔なのかもしれないけれど」

「閻魔様が生前の行いを見てるってのも、あながちハズレじゃないんですね」

「そう言うことになるのかな。とにかく、何百、何千という空虚な時間を過ごすよりは、地獄の苦しみを望む者は多いんだよ」

「そう言うものなんですか」

「そういうものさ。とはいえ、魂の宿っていた存在は、まったくの無になるわけじゃない」

「というと」

「魂をまっさらにする過程で剥がれ落ちていく記憶は、これもまた一つ所に集まるんだ。それで、魂を再分配するときの『色付け』に用いられる」

「色付けというのは」

「個性付けとでもいえばいいかな。その魂が一個の命であるために最初に与えられるのが個性だよ。たとえば既視感、デジャヴだとか、運命めいた出会いだとかは、これの影響を受けていることが多い」

「みんなちがってみんないいってことですか」

「そう言うことだね」

「でも、結局は混ざっちゃうわけだから、確固とした『自分という存在』はなくなっちゃうんですねえ」

「そればっかりは、仕方がない。この世界、万物において永遠に不変なんてものは存在しないからね」

「そう言えば、『この世』……紛らわしいな。とにかく、生前の世界って見ることできますか」

「それは無理だね」

「それは残念」

「結局、向こうとの接触は未練を生んで、業を呼ぶ。寂しいかもしれないが、これは君の魂を守るためでもある」

「ええ、まあ理解できました。あーあ、『行ってきます』が『逝ってきます』になっちゃったなあ」

「うまいことを言うね」

「不謹慎極まりないですけどね」

「しかし、君は本当に落ち着いているねえ。普通こういう事故死だと、現実を受け入れられなくて暴れ出すもんだけど」

「暴れてどうにかなるなら暴れもしますけどね。カノジョとか子供がいなかっただけ、まだ気が楽ですよ。ウチは弟が継いでくれるでしょう。あいつは僕よりも出来がいいから」

「……そうか」

「ちょっと、あなたがしんみりしないでくださいよ」

「すまない」

「ま、死んでしまったものはしょうがないですよ。せめて気楽に逝こうじゃないですか」

「これがさとり世代か……」

「なんか言いました?」

「いや?」

「そう言えばずっと気になっていたんですけど」

「なにかな」

「あなた一体何者なんです?」

「あ、言っていなかったっけ」

「聞いてないですね」

「私は……そうだなあ、なんていえばいいか。近しいところだと、死神みたいな」

「死神」

「鬼といえるかもしれないな。あの世の番人とか、『この世』と『あの世』の橋渡しをしたりしているものだ」

「獄卒的な?」

「ちょっと悪意に振った表現ではあるけど、似たようなものかな」

「なるほど」

「さて」

「はい」

「そろそろ『あの世』へ行くとするかい」

「あ、そっか。ここってまだ『あの世』じゃなかったんでしたっけ」

「まだ玄関口さ。こんな何にもないところで何十年も過ごしていたら、魂が壊れてしまうよ」

「あー、なんかそういうの聴いたことある気がします。テレビで」

「ま、そういうわけなんで……はい、この門をくぐれば、無事あの世行きだ」

「やたら光ってますね。背景が白いのに光ってるのがわかってるレベルで光ってるじゃないですか。目をやられそう」

「ああ、大丈夫。あの世ではいかなる怪我も病気もたちどころに治るから」

「怪我や病気をしないわけではないんですね」

「うーん、まあ、怪我や病気という結果を『なかったこと』にするわけだから、怪我や病気をしないと言い換えてもいいかもね」

「へえ」

「ついでに言うと、『あの世』では食べる必要も眠る必要もなくなる。これはできなくなるわけではないけど、もはや趣味の範囲に入る」

「そうなんですか」

「そうなの。……さて、伝えるべきことはこれくらいかな。あの世で何かわからないことがあったら、私を呼びなさい」

「呼ぶというと。僕、あなたの携帯番号なんて知りませんよ?」

「そんなまどるっこしいモノはいらないよ。心の中で、来てくれと呼ぶだけでいい」

「へえ、さすがあの世だ」

「そんなわけだから。準備はいいかな」

「はい」


「それじゃあ、良いあの世ライフ(来世)を」


おわり

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