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変わった居酒屋Ⅱ

 それを一口含んだとき、感じたのはあの特有の苦みと辛さではなく、鼻腔に突き抜けた独特の香りとコク深い、どこか甘みを感じる味だった。炭酸特有のしゅわしゅわと口腔を焼く感触は共通だった。

 まずいわけではない。むしろうまい。しかし、これはビールじゃあない。いや、ビールではあるんだ。でも、ビールじゃない。いや、ビールなんだけど……いかん、混乱してきた。


「ア!」


 どれだけか微妙な顔をしていたのだろう。店主がなにかを思い出したような声を上げた。


「ゴメンさい、ウチのビール、エールビールなノいいわスれてた!」

「へえ、エールビール」


 言われて合点が行く。なるほど、これがエールビールか。話に聞いたことはあったけれど、飲むのは初めてだった。

 いつも飲んでいるビール……ラガービールというんだったか。あの苦みと辛さも嫌いではないが、こちらのほのかな甘さとコクも悪くない。カクテルや酎ハイのような露骨な甘さではなく、あくまでフレーバー的に香る程度の甘さなのもいい。癖になってしまいそうだ。


「思ってたのとは違うけど、これ、なかなかイケるね」

「そうイてくれテ助かったヨ。コレ、ツキダシ」


 店主はほっと胸をなでおろすようにそういった。カウンターにことりとおかれたのは、何やら半透明で麺状の具材……見た目で近しいと言えばところてんだろうか。それをおそらく味噌か何かで和えたような小鉢だった。


「これは?」

「クラゲスライムのカラシ味噌和え。コリコリしてておいシーよ」


 ふむ、と頷く。スライムと来たか。そういう……つまり、RPG的な料理を供するコンセプトの店なのだろうか。

 箸でひときれつまんでみる。感触は、予想外に強い弾力。こんにゃくに近い。ところてんだと思っていたが、どうやら太めの糸こんにゃくか、もしくは細く切ったこんにゃくなのだろう。ということならば、カラシ味噌は間違いなく合うはずだ。こんにゃくの味噌田楽は、この辺では祭の屋台の定番といえる。ルーレットを回して出た数字だけ串をもらえる、ある種ゲーム的な遊び心のある料理だ。無論、好物である。

 大体の味にアタリを付けて、スライムとやらを口に運ぶ。しかしその予想は、あっけなく打ち砕かれた。

 味に関しては、まあ大方事前の予想と合致していたのだが、問題は食感である。

 表層は、まさしくこんにゃくだ。ある程度の圧力までは弾力が歯を押し返してくるが、閾値を超えればたちまち歯が通る。こんにゃくならばここで終わりだが、表層を突き破った歯は、また新たな弾力に阻まれることとなる。いや、弾力というよりは、ある程度の硬さ、であろうか。キクラゲに似たコリコリ感が楽しい。こんにゃくに芯を通すように入ったコリコリの層が、食感に大きく変化を付けているのだ。いうなれば、こんにゃくのアルデンテである。いやゴメン適当言った。

 それにしても、これは美味い。カラシ味噌も、カラシはあくまで香りづけに使っている程度で、佐藤も入っているのかむしろ甘みがある。相性は抜群だった。


「これ、なんかすごく面白い食感だね。癖になりそう」

「でショウ?」


 店主は、おっかない顔にくしゃっと笑みを浮かべた。料理を褒められたことが、たまらなく嬉しいといった雰囲気を醸し出していた。

 そんな間にも、店主は次の品物の調理にかかっていた。カウンターをちらりと覗き込むと、どうやら肉を切っているらしい。色からして鳥のようだが、それにしては巨大な塊だった。使っている道具も、よく見れば包丁ではなくて、ところどころに装飾の施された美麗な刃渡りの長いナイフだった。銃刀法は大丈夫なのだろうかという懸念と、あんな高価そうなナイフを肉と血と油でギトギトにするのは、実にもったいないなという思いがないまぜになった。仕方がないので、エールを煽ってスライムをひときれ口に放り込む。コリコリとした食感が本当に楽しい。

 やがて店主は、一口大にぶつ切りにした肉を大きめのボオルに流し込んで調味料を適量注いだあと揉みこむと、片栗粉の衣をつけて油を張った鍋の中に投入していった。じゅわっという子気味の良い音が響いて、実に食欲をそそられる。

 料理についてはド素人と言えどもここまでくれば、もう次の品物はわかった。


 鶏の竜田揚げだ。


つづく。

もうちょっとだけ続く

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