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魔道具師の憂鬱


ムムの料理ショックから明けて次の日。


夕食を食べ終えた時刻が遅かったためか、先日のムムに加え、カロアまでイト工房に泊まることが決まったわけだが。そのおかげでイトの目覚めは今までで最悪のものとなっていた。


カロアは貴族から求婚の話が絶えないほどの美人であることは先述の通りだが、ムムも容姿的には悪くはない。いや、両目を塞ぐ布さえなければ、かなりの美人の部類に入るだろう。更に言うとすれば、両者ともスタイルが良い。カロアは凹凸のはっきりした体つき、簡単に言えばグラマラスな体型をしており、かといっていやらしくはない健康さも備えている。ムムはカロアと比べれば見劣りはするが、日常的に戦闘をこなしているおかげか体のどこをとっても無駄な肉はついていないように見える。特に足は、例え同性であっても見惚れてしまいそうなくらい、美しい形や張りを持っていた。


イトとて男性である。この二人に友人以上の好意は抱いてないとしても、二人の寝姿は精神的にくるものがあった。


「何でこの二人はこうも無防備なんでしょうかねぇ」


ちょっと血迷えば手を出してしまいそうな魅力を、遠慮なくまき散らしている二人を背に、ため息混じりに吐いた言葉には、かなりの重さがあった。


まぁ、手を出しても返り討ちに合うことは確かなのだが、この二人にはもっと節度を持って欲しいと思うイトである。


「………………何か朝から疲れますね」


起きてすぐに疲れを感じるとはどういうことだ。イトは左腕をさすりつつ、寝室をでた。




朝食はムムの作り置きがあるから用意はしなくていい。居間に来てイトが初めに行ったのは、左腕の治療だった。


一応の治療は怪我をした当日と、昨日していたが、やはり作業をするとなると治りは大分遅い。いくら両ききであるとはいえ、あの馬鹿でかい斧を修復するには片手では限界がある。昨日一日を通してやった作業は欠けた刃の修繕作業の予定だったが、それは開始の時点で変更せざるを得なかった。刃が欠けても構わず振るったのか、亀裂が破損した部分から細かく伸びていたのだ。軽いうえに非常に高い強度を持つことで有名なアトラス鉱石を用いて作った斧だったが、どうやればこうも傷つくのか。作り手として、まだまだ力量不足を感じたイトである。


かくして作り直しが決定した斧。しかし、容易にはいかなかった。アトラス鉱石は、魔武器に用いるには最適ともされている鉱石だが、加工は簡単ではない。鍛治師が何年も修行して、ようやく触れられる鉱石だ。イトは扱いに慣れているとはいえ、片手が十全ではない状態ではそうもいかない。左腕が使えなくなったら作業を止めよう。イトはそう決め、作業にとりかかった。


鉱石から不純物を取り除く作業は、いつも魔法陣で行う。これはこの世界の鍛治師の常識ともいえる。魔法陣の構成は比較的簡単で、鉱石を分解するだけの魔法陣が使われる。本来ならそこから分解されたものを見分ける作業が必要なわけだが、イトの場合は少し特殊である。分解の魔法陣に再構築の要素を付け足すことにより、簡略化したのだ。これは普段は人目につかないところで生活している、獣人や魔人から学んだもので、イトなりに改良したものだ。


純粋なアトラス鉱石を作ったあとは、それを魔法陣で生み出した超高温の熱で溶かし、鍛治専用のハンマーで叩きながら形を作っていく。普通の武器を作るのと区別をつけるなら、この工程で魔力を流し込みながら叩くことだろう。アトラス鉱石は魔力を流せば流すほどその強度を増す。かといってただ単に流せばいいというものではない。使う鉱石の量によって流せる魔力は決まっている。重要なのは、どれだけムラなく、均等に流せるかだ。


この作業は言うほど簡単ではない。ここで完成した武器の良し悪しが決まるといっても過言ではないのだ。流す魔力を途切れされても駄目。一部分に流しすぎても駄目。精密に魔力をコントロールしなければ、最高の武器は出来上がらない。


もう十年以上続けているイトとはいえ、この工程は気を抜くわけにはいかない。ましてや、今回は左腕が上手く使えないのだ。昨日一日のうちに失敗した数は、合計で十を超えている。そして、結局満足のいくものは作れなかったのだ。


「あまりムムさんに時間を取らせるわけにはいきませんからね」


左腕の状態は芳しくない。治りかけを無理矢理動かしたのだ。傷口は閉じかけているが、魔法陣では完璧に治せない。最終的には自分の治癒力に頼るしかないのが、この世界の現状だ。もちろん、施術院に行けばその限りではないが。


「あと、待たせて二日ですかね。それでも出来上がらなければ……どうしましょうか」


イト工房を開いて初めての経験に、イトはため息をついていた。



「あまり無理をしたら駄目ですからね? イトさん」


「分かってます。カロアさんもお帰り気をつけてくださいね?」


日も高く昇り、時刻はそろそろ昼を目前にした頃。朝食を食べ終え、一服した後、イト達は扉の前に立っていた。


「本当は施術院にいってもらうのがいいんですが……」


「無理ですよ。馬鹿高い治療費を取られますし、あそこは年中混雑しているじゃないですか」


よほど緊急性の高い怪我じゃなければ、優先されない施術院。今から行っても、治療してもらえるのは何日後か。


カロアは困ったように眉を寄せた。


「とりあえず、村の人達には無事だと伝えておきます。心配している人も多いので」


「あぁ、それは本当に申し訳ありません、としか言いようがありませんね」


苦笑しつつ言うイト。それを見て咎めるような視線をカロアは送った。


「大丈夫。私がいる」


「私がいるって、何をするつもりですかムムさんは」


ムムは得意げに胸を張る。基本的に言葉でなく行動で何かを起こすムムは、本当に何をするか予測できない。


「あはは、ムムさんがいるなら大丈夫ですね」


「俺は大丈夫じゃありませんけどね。多少無理をしないといけませんし」


「問題ない。私は目を光らせる」


目が見えないのに目を光らせるとは、これいかに。


「はぁ……ま、そういうわけなので、カロアさんもそんなに心配はしないでください。一生治らない傷というものでもありませんし」


「…………………………イトさん」


気楽に笑いながら言うイト。どうやらこの男は、昨日カロアに言われたことを全く理解していないようだ。


お人好しも、行き過ぎれば他人をイラつかせるものとなる。カロアの沸点を一瞬にして振り切らせたことに気づかないイトに、彼女は近づき、


「えいっ」


「い、イタッ!」


「学べ」


「グフぇっ!」


カロアの傷口抉りにムムの右ストレート。見事なまでのコンビネーションでダブルパンチを受けたイトは、地面に蹲る事となった。


「な、なんで……」


「イトさんは何にも理解してないからです」


「同じく」


顔を見合わせて笑う二人。対人関係が壊滅的なムムなのに、どうしてかカロアとは息が合うようだ。


「イトさんはもう少し対人スキルを磨くべきです」


「うんうん」


「ムムさんにだけは言われたくありませんけどね」


散々である。イトは嘆息をつきつつ、立ち上がった。


「では、私はそろそろ帰りますね? 村に帰らないと、明日の仕込みもできないので」


「え、あ、はい。お気をつけて」


「バイバイ。また教えて」


あれやこれがありつつも、イトとムムに見送られ、カロアは村への帰路についた。





「では、俺は作業に入りますかねぇったぁ!」


「絶対安静。忘れるな」




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