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臨時居候の挑戦。


「そういえば、ムムさんは今夜どうされますか? 一度王都に帰ります?」


「泊まる」


「は?」


「ここに泊まる。反対は受け付けない」


「…………」



イトの朝は結構早い。


見渡しの良すぎる草原の地平線から日が昇ると、それと同時にイトはむくりとベッドから起き上がる。綺麗に結われていた三つ編みも今は解けている。毛先はあちらこちらに跳ね、いかにも寝起きな風体である。


まぁ実際寝起きだからしょうがない。イトは大きく欠伸すると、ゆっくりベッドから立ち上がった。


そこで、イトは手にふにゃりと柔らかい感触を感じた。


「……あぁ、ムムさんが泊まっていたんでしたっけ」


この家、というか工房に人を泊まるなんて初めてではないだろうか。それも女性。間違いがなくてよかったと、イトはもう一度欠伸をした。


「まぁ、手を出そうものなら返り討ちに合うでしょうからね」


一見普通の女性に見えてギルドランク八の猛者だ。ただでさえ赤い布が両目に巻かれていて、手を出してはいけないオーラが放たれているのに、むざむざ襲いかかるほどイトも馬鹿ではない。


手がどこに触れたのかは頭から除外し、イトは寝室から出た。



イト工房は、全体的に作業場にほとんどの面積を取られているが、その奥にはキッチンや寝室といったスペースもきちんと存在する。が、この工房を建築した時の費用がギリギリで、キッチンはかなり狭く、居間もテーブルと椅子を置くだけで目一杯な状態だ。なにせ建築を担当した人が「これで、本当にいいんですね?」と、念を押すほどだ。


かといってイトは気にしていない。イトからすれば、第一は作業場で、その他は二の次なのだ。そのイトは今日も、狭いキッチンで朝食を作っていた。


「ムムさんの分も作らないといけませんね。昨日のムムさんの反応からして、味付けは薄めの方がいいですかね」


イトが作ったのは野菜が入ったスープに肉を細切れにして野菜と炒めたもの。後は、行商の人から買っているパンを、テーブルに並べた。


「こうして人に料理を作るのも、たまにはいいですね」


一人にやけていると、居間にムムが入ってきた。


「……おはよ」


朝は強くないのか、大きな欠伸をするムムの声音は緩んでいた。


「おはようございます。まずは、顔を洗ってきたらどうですか?」


「ん」


頷き、キッチンの方へ消えるムム。ほどなくして、帰ったきた。


「……眠い」


「ならまだ寝てていいんですよ? ムムさんは特にやる事もないでしょうし」


布に遮られて見えないが、今ムムの目は眠気でたっぷりなのだろう。眠い、眠いと口にしつつも、彼女は椅子に腰をおろした。


「……イトが起こした」


「いや、俺は何もしてませんよ?」


「匂い。美味しそう」


つまりは、イトの作った料理の匂いにつられて起きた、ということだろう。徐々に言葉の意味を理解したイトは困り顔で言った。


「俺のせいにされても困りますよ」


「ん。美味しい。イトは主夫になれる」


イトの言葉もそっちのけ。ムムは何も言わずに料理へ手を伸ばしていた。


「…………まぁ、美味しいならいいんですけどね」


長いことムムと付き合っているが、彼女のマイペースというか自分勝手なところは変わらない。イトは早々に会話を諦め、遅れて朝食を口にした。


しばらく、カチャカチャと食事をする音だけが居間に流れる。窓から覗く光は、大分明るくなってきていた。


「そういえば」


そんな時、ムムが、不意にイトに目を向け、言った。


「腕。治ったの?」


ムムの言う腕とは、先日魔獣に抉られた左腕のことである。昨日一日中回復の魔法陣をかけていたおかげか、傷が出来た当初よりは塞がってきている。


「まだ治ってませんよ。上辺は治しましたが、中身がまだまだですね。無理に動かすと、痛いですから」


笑うイトに、ムムは眉を寄せた。


「なら痛かった? 朝食作り」


「多少は、ですね。まぁ、動かせない程じゃないので、大丈夫ですよ」


昨日の夕食は作り置きしていたものを食べたが、流石に朝食に回す分は残らなかった。だからイトは朝食を作ったわけだが、ムムの不機嫌顔はまだ治らない。


「なら言って。私が作った」


「え? ムムさんがですか?」


心底意外な表情を作ると、ムムが何、と落とした声で返した。


「いや、ムムさんて料理できませんよね? 前に作ってもらった時は、暗黒物質ができあがっていましたヘブゥッ!」


「ごちそうさま」


ムムの投げた皿はイトの顎にクリーンヒットした。



「さて、俺はこの子を直す作業に取り掛かりますね」


朝食を終えて早々、イトはムムの斧を肩に担いだ。その顎はまだ赤く腫れているが、自業自得だ。気にはしない。


「腕は?」


しかし、顎はともかくとして、先程言った通り、イトの腕は完治していない。そんな状態でやって大丈夫なのか、ムムは言外に心配する。


「平気ですよ。俺は両ききですから、大した支障はでません。まぁ、いつもよりは遅れてしまいますけどね」


笑顔でいいのけるイト。遅れる時点で結構な支障が生まれてるんじゃないの? といった疑問はさておき、


「私はどうする?」


「好きにしてて構いませんよ? ただ、作業場には入らないでくださいね?」


それは知っている。一人でここで何をしていればいいのだ、とムムは訴えかけた。


「あぁ……、残念ですがムムさんが興味を示すようなものはありませんね。……まぁ、暇でしたらこれでも読んでいてください」


と言って、渡されたのは本。ムムは受けとり、表紙に顔を向ける。


「魔道具の本です。色々な魔道具が載っているので、面白いですよ?」


この男はムムが盲目であることを忘れているんじゃなかろうか? 確かに本は読めないこともないが、この場で渡すものか?


ムムの愚痴は届くことなく、イトは作業場の扉を閉めてしまった。



時間にしてもう午後を回った頃だろうか。ムムは店のカウンターに突っ伏し、本を枕代わりにして頭を乗せていた。


昼食は朝の残りを食べた。イトは作業場から出てこなかったから一人で食べたが、朝よりは美味しくなかった。それでも、最近やっと料理らしくなってきた自分よりはマシだったが。と、考えていて悲しくなってきたムム。


「…………暇」


普段から、自分の時間を使うのは苦手だった。だから依頼をこなし、その時間を埋めていたが、今は依頼もできない。いや、斧がなくても戦えることは戦えるが、危険だ。主力の武器がないまま魔獣を討伐しに行く程、ムムも馬鹿ではない。


「暇」


さっきから何度も呟くも、それでこの何とも言えない退屈が消えるわけでもない。ムムは頭の向きを変え、大きく息を吐いた。ちなみに、イトから貸してもらった本は一度たりとも開いていない。ずっと枕の役割をこなしてくれている。


「暇。暇」


退屈は人を殺す、とかなんとか言う言葉を聞いたことがあるが、まさしくその通りだ。とムムは思う。そしてもう何回目かのため息を吐こうとした時、店の扉が開いた。


「こんにちは。イトさんいますか?」


入ってきたのはカロア。手には何かが入った鞄を持っている。


「イトさん、て、あれ? あなたは」


店内を見回すと、カウンターに突っ伏すムムの姿。見たことのない人物に加え、両目を塞ぐ赤い布が視界に入り、カロアは怪訝な表情を浮かべた。


「えぇと、あなたはどなたですか?」


カロアの言葉を受け、ようやく、ムムが身体を起こした。


「あなたから」


「え?」


カロアは首を傾げた。


「名乗り。あなたから」


ムムの言葉足らずは、初心者にはキツいものがある。理解もそうだが、こいつはなんだ、という疑問が入るのだ。


「あ、えぇと、カロア・トロビト、と申します。近くにあるユビート村で、料理店を開いているんですが……」


徐々にしりすぼみになる言葉。料理店、というワードを言った所で、ムムの上半身がカウンターに前のめりになったからだ。


「料理店? 料理人?」


「え? あ、はい」


急に食いつきだしたムムの様子に、たじろぐカロア。両目が塞がった人物がカウンターを乗り上げんばかりにぐっときたのだ。軽くホラーだ。


「カロア。頼みがある」


「へ?」


もうすでにムムワールド全開。ムムは名乗ることも忘れ、カロアの前まで来てこう言った。


「料理教えて。イトが唸るようなの」


鬼気迫る様子のムムに、カロアはただ、頷くしかなかった。

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