魔道具師イトとムム
ギルド。
世界中に支部をおき、本部はグルル王国にある、戦いを生業とする人ならほぼ全ての人が加入している組織だ。
国や団体、あるいは個人単位でくる依頼をギルドが受け、それをギルド員が受注するという、単純な流れで仕事は消化されていく。ギルド員にはそれぞれランクがあり、より多くの依頼、そして難易度の高い依頼をこなすと、比例してランクが上がっていく仕組みになっている。ランクは低い順から一、二、と続き、最高で十となっている。もちろんランクが高くなるにつれ該当する人は少なくなっていき、現在八から上は合計で百人もいなかったはずだ。
要するに八から上は化け物レベル。単体で、危険度の高い魔獣複数に勝ててしまう存在。ゆえに、国はランク八以上のランカーに特別な待遇をしている。駆け出しのギルド員からすれば憧れの的であり、成り上がる目標でもある。
「それで、そのランク八のムムさんが、どうしてここにいたんですか?」
イトはいつものようにカウンター越しに座り、既に血が止まった左腕に回復の魔法陣をかけながら訊いた。
対するムムーーユビート村でイトの窮地を救った女性ーーは、身の丈二倍はある黒光りする斧を撫でながら答えた。
「店に用事。いなかったから探した。死にかけてた」
簡潔。ムムという女性はその喋り方に特徴をもつが、それ以上に目をひくのがその容姿であった。
背はイトよりは低い。線も細くて、傍に立てかけられている斧が酷く不格好に映るも、そんな違和感は更なる違和感で打ち消されてしまう。
両目を塞ぐようにして巻かれている赤い布。まるで自ら視界を潰しているようにも見えるが、ムムの場合はそうではない。先天的に目が見えないのだ。いわゆる生まれつき。しかし、ムムはそんな事は微塵も感じさせないように、斧を壁に立てかけ、カウンターに手を置く。
「イトは戦闘から離れてる。体がなまってる。無理駄目。絶対」
黒のコートに黒く長い髪。まるで目立つ要素の塊でできたこの女性だが、普段は誰かを心配する言葉なんて絶対に口にしない。そのムムが口を尖らせて忠告してくるのだ。イトは申し訳ない気持ちになり、小さくごめんなさい、と呟いた。
「分かればいい。イトはもっと自分の価値を知るべき。イト程の魔道具師はいない。困る」
「今日は饒舌ですねムムさん。何か良い事でもあったんですかイタタタ!」
「お仕置き必要?」
傷口を触るムム。訊きながら首を傾げる仕草がやけに怖く感じた。
「ご、ごめんなさいムムさん! 俺が悪かったです!」
「よろしい」
ご満悦で手を放すムムに、イトは重々しい息をはいた。
「そ、それで? 店にはどういった要件で来たんですか? ……それより、今思い出したんですけど村に黙ってここに帰ってきてしまったんですよね。何か説明すればよかったですね」
そう、ムムは魔獣を倒し、イトの姿を確認すると、イトの首を引っ掴み、村には何も説明せずに店に連れてきたのである。ムムにその気がなかったとしても、せめて安全である事くらい言っておけばよかったと、軽く後悔するイト。
なにせ、魔獣を一撃で倒した女性に、無言で連れていかれたのだ。はたから見れば、誘拐されたと誤解を受けてもしょうのないことである。
「それはイトの役割。関係ない」
そもそも、対人関係が壊滅しているムムにそれを求めるのは無理な話だ。ムムと知り合った時も、彼女は知り合いと呼べる存在すらいなかったし。
「無性に苛立つ。変な事考えた?」
「考えてませんよ。……まぁ、村には後で行きますか。放っておくわけにもいきませんし」
魔獣が去ったとはいえ、まだ不安は残っているはずだ。イトは思う。
「それはどうでもいい。それより仕事」
もっとも、対人関係が壊滅的なムムには関係のないこと。その壊滅的になった原因の彼女は壁の斧を指差した。
「調整。陣が壊れた」
「おや、どんな戦いをしたんですかムムさんは」
言いつつ、イトは立ち上がり斧の前に行く。左腕はまだ回復の陣をかけているため、残った右腕で斧に触れる。
「ブロークドラゴン。二体いた。油断した」
ブロークドラゴン。その名の通り、ドラゴン種の一つだ。こいつの特徴はそのブレスで、触れたものを消滅されるのではなく、壊す特性を持っている点にある。更に知能も多少あるので、連携されてスキをつかれたのだろう。
当然、危険度はユビート村を襲ったゴアアグリズリーの比ではない。しかもそれを二体同時となると、依頼の難易度はかなり高いのだろう。そして、それを武器を壊されたとはいえこなすムムの実力は、言わずもがなだ。
とはいえ、イトもムムの実力は十分に知っている。特に何も言わず、斧を見つめる。
「刃先が少し欠けていますね。それと、融解防止の陣に傷がついてます。修復にはちょっと時間がかかりますよ」
どうします? と問いかけるイトに、ムムは構わないと頷いた。
「どうせイトじゃないと直せない。お金もある。休息代わり」
「俺より腕のいい魔道具師はいますけどね。まぁ、自慢の我が子に久々に会えましたし、ちょうどいいですか」
イトは再度斧を見回すと、また座り、カウンターに手を置いた。
「すぐやらないの?」
「この腕じゃ無理ですよ。刃が欠けているから打ち直さないといけませんし、素材はありますけどね」
けど、どうせこの腕は二、三日では治らない。明日にでも取りかかった方が効率的だと、イトは思う。そんな彼を、ムムは呆れた様子で口を開いた。
「普通一人でやらない。弟子をとれば?」
「無理ですよ。俺には似合いませんし、教える程の腕がありません」
ムムが呆れるのにもわけがある。普通、一般の魔道具師は複数で一つとされている。それは一人で行える作業の少なさゆえだ。一人の魔道具師はそれぞれ専門があり、魔武器なら魔武器、魔器なら魔器、魔具なら魔具と、きまっているのだ。もちろん、魔具と魔武器や、魔具と魔器、といった風に両方取り扱える人はいるが、全てとなるとそうはいかない。
魔武器や魔器は、構成される素材が違いすぎるがゆえに、刻む作業工程が違うのだ。元々の魔法陣の扱いの難しさもあり、全てを一人で行える人となるとそうはいない。
加えて、イトは武器を作る鍛治の技術も持っている。現に、ムムの持っている斧もイトが一人で作ったものだ。そこに魔法陣を刻み、魔武器化させているのだから、ムムが呆れるのも無理はない。ムムが知っている魔道具師は、普通持ち込まれたものだけを刻むのだ。魔道具師は鍛治の技術なんて持たない。いや、持てないのだから。
それなのにこの目の前の男は馬鹿みたいなことを平然と抜かす。何だか無性にイラっときたので、ムムは徐々に塞がっていくイトの左腕を、突ついてやった。
「い、イタッ! 何するんですかムムさん!」
「カッとなった。後悔はしてない」
多少は気の晴れたムム。このできてしまった休息を、何に使おうか、痛がるイトを尻目に考えるのであった。