魔道具師とユビート村。 その二
魔力探知。
生きているものは多かれ少なかれ魔力を持っている。その魔力を探り、存在する位置や大まかな実力を図るのが、魔力探知と呼ばれる方法である。
と、言うのは簡単だが、実際に使うにはそれなりの鍛錬が必要だ。加えて、ある程度魔法を使えなければならないという、制限もついている。
しかし、魔道具師であるイトに関係のない話でもある。魔道具師は、ある程度どころか魔法陣に精通していないとなれない職業であり、それに付随する形で魔法の扱いも其れなりになる。
現在、木の上で魔力探知を行うイトは、村に攻めてきた魔獣の数と、位置を正確に把握していた。
「三体、ですか。入り口付近に一体、反対側に二体。やはり、分散してきましたか」
となると、あまりのんびりしてはいられない。さっさと反対側の二体を倒さなければ、入り口に待機する村人達が保たないだろう。
「急ぎましょう」
イトは木の上から飛び降り、二体のいる方向へ駆け出した。
イトの走る速度は、全体的に見ればかなりのものだが、ギルドの高ランカーと比べれば大した速度ではない。一から十まであるギルドランクの、八から上のランカーは常人には瞬間移動ともとれる速さで移動できるのだ。最早それは化け物と呼ばれる人達になるわけだが、イトはそこまで速くない。
「見つけた」
とはいえ、イトも十分に速く動くことができる。魔獣の姿を見つけるのに、そう時間はかからなかった。
「ゴアアグリズリー。厄介ですね」
イトの視界に映るのは、ゴアアグリズリーと呼ばれる魔獣だ。一見すると大きな熊の姿をしているが、凶暴さも危険さも、熊の比ではない。異常に発達した前足と後ろ脚は、丸太のように太く、その先には鋭利な爪が三本飛び出ている。特に注意すべきなのは爪ではなく、その強靭な後ろ脚から繰り出される突進だ。
「早い所勝負を決めないと、マズイ事になりますね」
魔獣からは少し離れた位置に立つイトは、もしものためと持ってきていた短剣を取り出し、逆手に構えた。時間をかけると、初見では見切る事の難しい突進で村人達がやられる可能性がある。
「さて、いきますか」
ふっと息を止め、吐き出すと同時に駆け出すイト。魔獣にギリギリ気づかれない所まで来ると、指をパチンと鳴らした。
「ガ、ガガガガガア!」
瞬間、魔獣の足元の地面から巨大な槍が生まれ、一体の魔獣の体の中心めがけて突き刺さった。周囲に響き渡る魔獣の叫び声。槍に浮かされ、宙ぶらりん状態になってしまう。
「ゴアア!」
突然の襲撃。仲間の一体の身動きが取れなくなる様子を見て警戒した残りの一体は、襲撃者を確認しようと辺りを見渡す。
ドス。
「ア、ガアアアア!」
しかし、それは敵わなかった。背に重みを感じた時は既に遅く、イトが突き刺した短剣は、魔獣の片目を見事に潰したのだ。
「ア、ガガガア!」
痛みに吠える魔獣。イトはそいつの背中から降りると、もう一度、指を鳴らした。
「アアアアア!」
生み出されたのは土から出てきた土の針。尖った切っ先は一直線に、魔獣の残った片目へと向かい、後頭部に貫通した。
「ガガガガガゴガ!」
悲痛な断末魔を上げ、一体の魔獣は地に倒れた。
おびただしいまでの血を流し、ちょっとした血溜まりを見たイトは、未だ宙ぶらりん状態の魔獣にも、同じ魔法を使ってトドメを刺した。
今度は断末魔も上げさせない。頭部と喉に貫通した針に、魔獣は痛みも感じる暇もなく、息絶えた。
「……ふぅ」
この間、たった数秒。村を駆逐しようとする魔獣は、たった一人の手によって壊滅させられた。
イトは血の池を作り出す魔獣二体を見下し、ホッと息をついた。
「とりあえず、これでこっちは問題なしですね。周囲にもう気配はありません。気をつけるのは血で引き寄せられた魔獣でしょうか」
口にしていってみたものの、心配はあまりしていない。元々、ここらに魔獣は生息していない。たまにこうして、どこからか流れ着いた魔獣が現れ、害をなすのだ。
「久しぶりの戦闘でしたが、何とかなりそうですね」
魔獣に刺さったままの短剣を抜き、布で拭うイト。が、いつまでも勝利の余韻に浸ってはいられない。戦闘はまだ、終わってはいないのだ。
「それじゃ、早いところ村に向かわないといけませんね」
言うや否や、イトは村の入り口へ駆け出した。
☆
ーー油断した。
地面に転がるように倒れこむイトは、勢いのまま何とか立ち上がりつつ、後悔した。
「イトさん!」
村人達の声が耳に届く。が、その声は左腕の激痛に掻き消された。
「離れて! 皆さんは近寄らないでください!」
叫ぶイトの左腕は、ゴアアグリズリーの振るう爪で抉れるように削られていた。止まらない血に気をかける余裕もなく、イトは右手で短剣を構えた。
二体の魔獣を倒してから数分後、イトは村の入り口が見えるところにまでやってきていた。ここから見るに、ゴアアグリズリーの侵入は許してしまったようだが、まだ入り付近で留めているようだ。村人達がつかず離れずの距離をとって、上手くやっている。
一年前の魔獣襲撃から、村人達も何もしなかったわけではない。各々村を守るため、武器を使った鍛錬はしてきたのだろう。当然、本職には遠く及ばないものの、今いる魔獣とは、上手い事間合いをとっていた。
これなら間に合う。そうイトが思った時だった。
「ゴアアア!」
いつまでも攻めてこない村人達に痺れを切らしたのか、魔獣は後ろ脚を生かした突進を、一人の村人に絞って行ったのだ。
「なっ!?」
いくら鍛錬したとはいっても、所詮は素人。魔獣の猛攻についていけなくなった村人は、あっという間に追い詰められてしまった。
「チッ!」
舌打ちをしたイトは、全力を足にかける。今までが比にならない速度で魔獣の元へ向かうイトだが、魔獣が腕を振り上げたのも同じタイミングだった。
「くそっ!」
ギリギリで魔獣と村人の間に入り込むイト。考える余裕すらなかったイトは、村人の首を引っ掴み、遠くに投げた。
「があっ!」
回避なんてできなかった。魔獣の振り下ろした腕の爪はイトの左腕を抉り、彼の体を地面に吹き飛ばした。
「イトさん! あんた、腕が」
「構いません! それより、あなた達は奥に隠れて! これくらいなら何とかなります!」
魔獣の攻撃対象は、獲物を横取りしたイトに絞られている。現に、怒りに揺れる魔獣の瞳はイトにのみ向けられている。
「いくなら今のうちです。早く!」
「い、いや、でもよぉ」
イトが促すのにも関わらず、村人達はその場を動こうとしない。この村は彼らの村、だからこそ自分たちの手で守りたいのだろうが、イトにはその感情が疎ましく感じた。
「村を担うのはあなた達なんです。こんな所で死ぬなんて、間抜けにもほどがあるでしょう」
イトの左腕を襲う激痛は、まだ続いている。集中力を欠いた状態での魔法の行使は、威力も範囲も安定しないため、味方の密集する場所では使う事ができない。それに、奥の手として隠してあるのも、周囲に人がいては使い辛い。
「で、でもよぉ」
渋る村人達。そんなスキだらけの状況を、魔獣が見逃すはずなかった。
「ゴアアア!」
村を揺るがす咆哮。そのまま、魔獣はイトのいる方へ向かってくると思いきや、
「なっ!」
体を反転。イトとは正反対の位置にいた、村人めがけて突進を開始した。
「う、うわあああ!」
突然の出来事に、イトも、対象にされた村人の反応も遅れる。慌ててイトが駆け出すが、彼の優秀な頭脳は、この後の結末を残酷に弾き出してしまう。
(間に合わないっ)
魔獣が走り出した勢いのまま、振り上げた腕は村人の頭蓋を潰そうと下ろされ、
ーーズチャッ。
辺りに響く生々しい音。だが、イトの目に映ったのは村人の死骸ではなく、今まさに襲おうとしていた魔獣が、飛んできた斧によって真っ二つに裂けた光景だった。
「雑魚」
冷徹で、無機質な声音が静寂をつく。誰も感知できずに魔獣を真っ二つにした少女は、血溜まりに刺さった大きく、黒光りする斧を抜き、肩に担いだ。
「イト。弱くなった?」
唐突に現れた少女はそう告げた。