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魔道具師とユビート村 その一


「魔具の点検、ですか?」


いつもの食材運びも終わり、カロアがイト工房でまったりしていると、イトが唐突に告げた。


「はい。ユビート村の皆さんに差し上げた魔具ですが、そろそろ点検の時期に入っているんですよ。魔具は大体一年から半年の間に、点検作業を行うことが最良とされています。なので、近々村の方へ行きたいんです」


言いながら、イトはカウンターに置かれたカップへ手を伸ばす。今日はどこからか買いつけたお茶のようだ。紅茶とはまた違った、鼻をそそる匂いが工房に充満していた。


「点検に来てくださるのは嬉しいんですが、わざわざ前約束は取らなくて平気ですよ? イトさんなら、村の人達も大歓迎でしょうし」


「いえ、この時期は収穫期じゃないですか。俺は農業関係の知識に疎いので、いつまでが忙しいのか、分からないんですよ」


一年で一番の稼ぎ時に、部外者が立ち入っていいものか。自分で調べるのもいいのだろうが、あいにくこの工房に農業の本はない。代わりに魔道具に関しての本なら山が出来るほど揃ってはいるが。


そんなイトの言葉に、カロアはくすりと、笑った。


「そんな心配しなくても、イトさんなら大丈夫です。それでも気にかけるなら、午後に来てはいかがですか?」


「午後、ですか?」


イトのイメージでは、農家の方々は朝から晩まで忙しい、そんな風なのだ。一度見たあの大規模な農地、半日で作業を終わらせることなんて、到底無理だろう。


「イトさんの考えてる事も分かりますよ。けど、商人さんとの取引は朝から昼時までなので、午後は結構暇なんですよ。でなければ、私もこんなにゆったりと休んでなんかいませんて」


「まぁ、確かに、そうですね」


カロアの言葉に気遣いは感じられない。となると、余計な事は考えずに従ったほうがいいだろう。


そう結論ずけたイトは、わかりました、と一つ頷いた。


「では明日の午後、適当な時間に伺いますね。村の皆さんにも、そうお伝えください」


「明日ですね? 分かりました。言っておきます」


お互いに確認し合うと、その後は二人、まったりとお茶を味わいながら談笑した。



イト工房から徒歩で二十分程度。ユビート村までの距離はそんなものである。


点検に必要な道具が詰まった鞄を下げたイトは、約束通り日の落ち着いた時間に村に来ていた。


「助かるよ、イトさん。今までは一年使った魔具はダメになっちまってたからよ。こうして点検してもらえば、もっと保つんだろ?」


村の中心にある大きな広場。そこで持ち込まれた魔具を点検するイトに、農家の一人が話しかけた。


「えぇ。というより、魔具は点検さえ怠らなければ何十年も使える物なんですよ。なのでこうして定期的にやっていれば、余計な出費は抑えられるんです」


イトの手にあるのは熱を起こす四角い魔具だ。この他にも、水を出す魔具や、光を放つ魔具、どれも一般家庭でよく使われる物揃いだ。


「俺としても、作った魔具は持ち主が決まっても大事にしたいので、こういう場はちょうどいいんですよ」


「全く変わった人だよなぁ、イトさんは。普通作った魔具のその後なんて気にする奴いないだろ」


イトを中心に群がる村の人達も、一様に頷く。


「そもそも、点検って金は取らないのかい? 見たところ、難しい作業してるみたいだが」


「そうですね、王都や、大きな街の魔道具店だったらお金がいるかもしれません。点検作業とはいっても、その陣が壊れかけていたら、陣をまた刻み直さないといけませんし」


「だったら、イトさんには金を払わないとな。無償で魔具を作ってもらっただけじゃなく、点検までやってもらってたらそっちも商売上がったりだろ」


だなだな、と言い合う村人達。その様子に、イトは苦笑して答えた。


「いいんですよ。俺は食材を貰ってるんですから、それでチャラにしてください。第一、皆さんはお客さんじゃありせんから」


タダで与えた魔具の点検で金を取るなんて、どこの詐欺師か。そもそも、これはイトなりの恩返しなのだ。村外れに突然出来た工房を疎外するわけでもなく、食材まで届けてくれる。そんなもてなしを、タダで受けるわけにはいかない。


「でもよぉ、イトさんは魔道具を売って生計を立ててるわけだろ? なら多少なりとも金を取ったほうが、筋ってもんじゃねえか?」


「もちろん、相手がお客さんならお金はとりますよ。ですが、皆さんは俺にとって恩人でもあるんですから、そんな人達からお金は受け取れませんよ」


笑いながら、イトは一つの点検作業を終えた。持ち込まれた魔具からみて、これで半数といったところだろうか。


「恩人って、俺らからすれば、あんたの方が恩人だよ。だから食材まで届けてるってのに」


「じゃあ、俺のしていることは趣味と思ってください。それなら、皆さんも気を遣わないでしょう?」


そういうことじゃねぇんだけどなぁ……。村人の一人がため息をつく。周りを囲む村人達も、似たような心境だ。



ーーそもそも、村人達がイトを恩人と讃えるようになったのは、イトが工房を始めてからすぐの事だ。


たまたま、イトが村のある方向へ歩いていた時、村はどこからかやって来た魔獣達に襲われていたのだ。村にも戦える人はいるが、守りながらとなるとそうはいかない。事態を見たイトはすぐに村に走り、魔獣共を退けた。ーーなんて、至って簡単な顛末なのである。


しかし、それ以降イトは村を救った恩人として扱われるようになった。事実そうなのだが、イトとしては低級の魔獣を倒しただけで恩人なんて言われるのは、どことなく恥ずかしい思いもするのだ。


そんな事よりも、イトとしては美味しい食材を無償で提供してくれるほうが、よっぽど恩人になりえるのではないかと思っている。その時期に合わせた野菜やらなんやらを、色々と届けてくれるのだ。釣り合わないと、常々感じている。



ともあれ、こんな単純な経緯があって、このお互いがお互いの事を恩人と呼び合う、奇妙な状態が生まれたわけである。一本の糸を無理矢理に結んだ、みたいな感じだが。


「ま、何にせよ今日は村に泊まりで決定だな。カロアちゃんも、豪勢なものにするって意気込んでたしよ」


「あはは、確かにカロアさんのご飯はそそられますね。一度食べたら中々他の料理屋に行けませんもん」


何時の間にか泊まりが決定している事はさておき、村一番の美女が作るご飯はやみつきになるものがある。伊達に王都まで修行に行ってはいない。イトも晩ご飯を楽しみだと村人達に返す。



ーーその直後だった。



「おいっ! 大変だ! お前たち!」


村の入口から、血相を変えて走ってくるのは村の門番をしていた人だ。何事かと尋ねる村人に、門番は息も休ませず答えた。


「魔獣だ! それも、かなりでかい!」


門番の言葉に、広場に集まっていた村人達は騒然とする。魔獣、先に述べた通り、村や人を見境なく襲う獣たちの事だ。普通の獣と違うのは、その体が魔力に染まっている事。それにより、好戦的になり、血を求めて彷徨う縄張り殺しでもある。


王国の騎士団や、ギルドで狩られている存在でもあるが、流石に全部とまではいかない。時たま、見逃された魔獣が村を半壊、酷い時は村ごとその胃袋の中に収める時もある。一年前を思い出し、村人達が恐怖するのも仕方のないことだろう。


……しかし、一年前と違うのは、ここに最初からイトがいることだ。彼は整備していた魔具を置き、混乱する村人達に声をかけた。


「皆さん! とりあえず落ち着いて、戦えない人は家の中に避難してください! 戦える人は避難する人達の誘導と、事態を知らない人達に伝えて、そしてすぐに避難するよう言ってください!」


イトの声に、まず正気を取り戻したのは男達だった。魔獣の出現に混乱する女性や子供達を、家屋へと連れて行く。


「武器を持っている人は入り口へ。ですが、決して纏まらないように、離れた位置にいてください!」


イトの声は冷静で、男達の頭によく通る。男達は皆それぞれ用意していた武器を持ってくると、イトの指示通りに動く。魔獣出現報告から数分もしないうちに、村は戦闘体制が整っていた。


「イトさん! これからどうしましょうか」


「魔獣の数は複数いるようです。どこから村に侵入するか分からない以上、手を分ける必要があります」


村は周囲を木の柵で覆われているが、魔獣の怪力の前には紙も同然だろう。報告によれば、魔獣の数は三体。魔獣も知恵がない訳ではない。バラけて仕掛けてくるはずだ。


「皆さんはこの入り口一本に絞ってください。もし魔獣が来たら、決して立ち向かわないように、距離をとって、牽制し続けてください」


「な、ならイトさんはどうするんだ? まさか、索敵に向かうなんて」


「行きますよ? でないと、他の場所が守れないじゃないですか」


そんな、と驚愕する村人に、イトは柔和に笑いかけた。


「大丈夫ですよ。ギルド員時代はこれより遥かに分が悪い戦いをしたことがあるんです。それに、ある程度いる場所の予測はついてますから」


自信満々なイトの態度に目を丸くしている村人達。そんな彼らに、イトは口元を吊り上げる。


「心配はいりません。なにせ、……俺は村の恩人なんですよ? このくらい、簡単に退けてみせます」


「…………」


村人達は一瞬呆然としたあと、言ってる意味が分かったのか、顔を見合わせて笑った。


「なら任せるぜ、イトさん。報酬は、この村一番の美女が作る手料理ってのは、どうだ?」


「いいですね。やる気が湧いてきます」


ニヤリ、と笑い合い、イトはその場を後にした。

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