ニニさんの正体
「では、今度はそちらの、騎士団のお二人に話を聞いてもらいたい」
イトとの話を強引に終わらせたニニは、くつろぎ体勢に入っているギンとガロンに話を切り出した。これでまたイトのやることが増えたわけだが、ニニはそんなことを知るわけもない。ため息一つ、イトは包丁片手に椅子へ腰を下ろした。
「てか、ニニちゃんはどうして僕たちの事を知ってたの? イトが魔道具師だとか、僕たちが騎士団のお偉いさんだとかさ」
なんとも今更な疑問。しかし、それはイトも気になっていたことだ。回答を待つと、ニニはふふっと笑い、
「あんなに大声で話していれば嫌でも分かるだろう。あなたが副騎士団長、そっちの大きな人が団長だろう? 私だけでなく、あの時店にいた人たちほとんどが知ったことだろうね」
「……申し訳ない」
「店の雰囲気を崩したことにかい? 気にしなくていいよ、たまにはああいうのも悪くない」
カラカラ笑うニニ。それよりもと、ニニは腕を組んでガロンを見た。
「あなたが噂に聞くガロン・サイズルだとは思いもしなかったよ。噂では、身の丈はゆうに三メートルを越し、その眼光は地を割るほどだと言われていたからね」
「ぷっ。団長、扱いが魔獣と大差ないですよー?」
「…………」
ギンが軽口を叩くが、ガロンは応答しない。恐らく、いや、間違いなく凹んでいるのだろう。
団長としてそのメンタルの弱さはどうなのか。イトは疑問に思いつつニニに訊いた。
「でしたら、ニニさんは怖かったんじゃないですか? 俺も最近知ったんですけど、団長さんはあの事件以降、国民の方々から畏れの対象として見られてますから」
「いや、怖くはないよ。やったことが化け物じみた事とはいえ、国を救ったことに変わりはないだろう? それこそ、英雄と呼ばれるに相応しい偉業をさ。もしそんな力を持つ奴が危険な思想を抱いていたとしたら逃げていたけど、さっきの会話からそれはないと判断したからね」
「ガロンは強いしバカではないだよ。小生が保証するだよ」
誰もお前の保証など欲しくない。ニニを除く三人の心が一致した瞬間だった。
「それに……もうイトにはバレてるだろうけど、私の故郷には大男なんて沢山いたからね。見た目で怖がるほど、臆病じゃないんだよ」
「……あぁ、やっぱりですか」
イトが得心したように頷くと、ギンは首を傾げた。
「イト? どういうこと?」
「はっ! ギンはバカだよ! 察しろ、だよ!」
「なら、ルルは何のことだか分かるのか?」
「決まってるだよ! ニニは獣人だってことだよ!」
ルルが言い放った言葉に、ギンとガロンは瞠目してニニに視線を向けた。ルルの得意げな姿を傍らに、ニニは諦観したように息を吐いた。
「あはは、自分でバラすつもりだったんだけどな。……まぁ、バラされたらしょうがないよね。ルルさんの言う通りだ。私は獣人だよ。証拠は……」
ニニが白い帽子をとると、あらわになった頭頂部には三角の耳が二つ、ピコピコと、一度跳ねてみせた。流石に見ることはできないが、臀部には尻尾もあるのだろう。ニニはゆっくりと言葉を紡いだ。
「見ての通りだよ。どうかな?」
「どうかなって、言われても困るんだけどねー……」
「イトは、いつ気づいたんだ?」
ガロンの問いに、イトは包丁をテーブルの上に置いてから答えた。
「初めて見たとき、ですかね。どことなく違和感があったんですよ。それで考えてたら、獣人の人と同じ部分があったので」
「小生はパンケーキの味でわかっただよ! 小生すごいだよ! 誰か褒めろだよ!」
「俺は以前、獣人の方と会ったことがあるんですよ。だから気づけたのかもしれませんね」
ルルの事は誰も触れない。ギンもガロンも気にしていないが、ニニだけは苦笑していた。
「本当は隠し通すつもりでいたんだけどね。どうせ騎士団の二人には話さなきゃならなかったし、ちょうどよかったかな」
「隠し通すって……あぁ、成る程ねー」
「獣人の作った料理、という偏見か」
グルル王国に限らず、現在人間はエルフ、妖精、ドワーフ、魔人など、一般的に亜人と呼ばれる種族との交流がほとんどない状態にある。当然、獣人も例外ではなく、亜人は人間の感知できない所で街を作って暮らしているとされている。……まぁ、その話も確かなものではないが。
特に獣人は人間嫌いの傾向が顕著にある。だからニニのように人間の社会に入り、料理店を営む存在は、かなり珍しいと言える。
「私たち獣人は、あまり人間に良いイメージを持たれていないからね。それに、獣人は泥臭いっていう偏見もあるだろう? それがある限り、店なんか経営できないよ」
「小生は気にしないだよ! 獣人が作ろうが魔獣が作ろうが、甘いものは分け隔てなく愛するだよ!」
「皆がみんな、ルルみたいに能天気じゃないからねー。
どいつとこいつもこんなんだったら、争いが何かも起きないだろうしね」
ある意味羨ましいよ。ギンは胸を張るルルを糸目で見つめた。
「と、まぁそんなわけで私が獣人って事は内緒にしてもらいたいんだ。私にはまだまだ、やらなくちゃならないことがあるからね」
「了承した。わざわざ言いふらす必要もないだろうしな」
ガロンの言葉に、ニニはホッと胸を撫で下ろした。頭の上の耳も、緊張が解けたかのように一度ヘタッとなる。
「小生も言わないだよ! ニニのパンケーキのためにも、小生の快適な甘いもの生活のためにも絶対に言わないだよ!」
「ルルが言っても説得力がないよねー……って言いたいけど、甘いものが絡むとこいつは信頼できるから。大丈夫だよ」
「ギンのフォローの仕方も中々辛辣ですよね」
「ギン! 小生に愛を注げだよ!」
「お断りだねー」
どうしてルルが絡むといい意味でも悪い意味でも場の空気が乱れるのか。これがルルの特殊能力です、と言っても差し支えないくらいの実績を残しているし。騎士団副団長のギンに臆することなく掴みかかる度胸が影響していることは確かだろうが。
「小生は愛に飢えてるだよ! だから甘いものをよこせだよ!」
「愛イコール甘いものってどうかと思うけどね。ルルは一生独身でしょ」
「ナメるなだよ! 小生はお菓子職人と結婚するっていう、願望があるだよ!」
「……なら、私にも立候補する権利はある、ということか」
「笑えない冗談はやめてください、ニニさん」
ニニの本題はどこえやら。三人がルルとギンのやり取りを三者三様に眺めていると、不意にルルが動きをピタリと止めた。
どうしたと問いかける間もなく、ルルはスンスンと、しきりに鼻を動かした。眉根を寄せ、店の窓に真摯な色を宿す赤い瞳を映す。そしてまた、鼻をひくつかせると、
「…………いやぁな匂いがするだよ。しょっぱくて辛い、そして苦い匂いが」
具体性を欠くルルの言葉に、四人は首を傾げた。唐突にしょっぱいだの辛いだの言われても、何のこっちゃ分かりっこない。ギンが何のことか尋ねようと口を開きかけた途端、
ーードン! 店の扉が乱暴に開かれた。
「に、ニニちゃん! 大変です!」
小柄な女性だ。腰まで届くほどの長く、毛先がクルリと巻かれた白い髪を乱し、息を荒くして店内にいるニニに綺麗な蒼い瞳を向けた。元は白かったであろう肌は淡く紅潮しており、真っ白なワンピースを着ているせいか、今にも壊れてしまいそうな儚さを感じさせた。
「シロ!? どうしたんだ?」
ニニは慌ててシロと呼んだ女性の元に駆けつける。よほど焦っていたのか、シロは荒れる呼吸をゆっくり整え、頭一つ分高いニニを見上げて、
「ーーみ、店の土地が買い取られました! もうここにはいられないです!」
………………へ?
静まり返った店内に、シロの息遣いとニニの間抜けな声が虚しく響いた。
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