甘いものを愛する赤い女 その二
日が暮れると、喫茶店、『コロロコロコロコロロコロ』の営業時間は終了する。ルルのお言葉から一時間と経たずに、王都は魔石の明かりが灯りに包まれ始めた。
「すっかり遅くなってしまいましたね」
既に客のいなくなった喫茶店。数分前に今日の営業を終えてからも、四人は喫茶店に残っていた。
「ギン、宿の予約はとってあるだよ?」
「何で僕がお前の予約をとってると思ったのかなー? イトの分しかとってないよ」
ソファに横になり、ぐでんと体を伸ばしているルルに、ギンは目を細めてツッコンだ。暇なのか、鞘に収まった剣を片手でクルクル回して遊んでいる。見ている方からすれば、危なっかしいことこの上ない。
「小生は女性だよ? こんなか弱い女の子に、ギンは野宿しろと言うだよ?」
「か弱いとは、どんな意味だったかな」
「本当にか弱い女性は、男に宿を求めたりしないよね」
「小生は特殊なか弱い女性なんだよ! 察しろ、だよ!」
「バカの言うことは察せないな」
「団長に同感」
むぎゃー! 酷いだよ! 手足をバタつかせるルルに、イトは小さく笑い声をあげた。
「仲が良いですよね、三人は」
「「勘弁してくれ」」
げんなりとした表情で男二人は即答した。早かった。息もピッタリ。余程ルルに苦手意識を持っているのか。確かにうるさくてウザったいが、見ている分には愉快な事この上ないのに。イトは苦笑した。
「イト、もっと言うだよ。ギンとガロンは小生のマブダチだって」
「黙らないと真っ二つにするよルル」
「ふっ、小生は甘いものじゃないと死なないだよ。馬鹿にするなだよ」
「クリーム詰めた弾丸で風穴を空けられるんだぞ?」
俺の作った銃で何をしようとしてるんですか。イトが言うと、ガロンはすまんと頭を下げた。
「遊びの目的で武器を使わないでくださいね? ギンも、危ないから剣で遊ぶのはやめてください」
「イト、保護者みたいだね」
ギンは苦笑して剣を腰に戻す。
「この中で、唯一良識のある奴だからな」
「小生は? 小生良識まみれだよ?」
「偏見の塊だよね、ルルは」
「偏見というより、甘いものに全部が偏ってる気もしますけどね」
比率は九対一くらいだろうか。もちろん、九が甘いもので、一はその他諸々だ。
それにしてもと、イトは思う。ニニに対した時と、ルルの性格は随分と違ってくるものだ。それだけ甘いものへのこだわりが強い、ということだろうか。
正直、ルルの事はただのうるさい甘いもの好きだと思っていたが、ニニにさえ知られている事や、あの話を聞かされると、考えを改めざるをえない。全ての甘いものを知る者、というのも、ただの眉唾ではないのかもしれない。
「ギン、小生にお金を恵んでほしいだよ」
「あいにく、騎士団の給料は良くないから無理だよー」
……まぁ、この姿を見ると、その考えすら揺らいでしまうが。
「……すまない、片付けをしていたら遅れてしまった」
「ニニさん」
くだらない会話の中に、奥に引っ込んでいたニニが帰ってきた。
「遅いだよニニ! このままでは小生野宿が決定してしまうだよ! お詫びとして、今日ニニの家に泊めてもらう権利を要求するだよ!」
「え? あ、あぁ、こっちも色々聞きたい事があるから、その申し出は願ったり叶ったりなんだが……」
「こいつを泊めたら、出て行くまでお菓子要求されるよー?」
うっとおしいよー? 経験があるのか、言い方は軽いも、ギンの言葉は重かった。それでも、ニニは表情を崩さず、
「むしろ有難いな。生で意見が聞けるんだから、喜んで泊まってもらうよ」
「……信心とは、怖いものだな」
確かに。ガロンがボソッと呟いた言葉に、イトは内心頷いた。それからふと、思い出したように言った。
「それよりも、ニニさん。俺たちをここに呼び止めたのはどうしてですか? ルルさんに話があるのは分かりますが、俺たちは必要だったのでしょうか?」
「あぁ、そういえばそうだったねー。何か騎士団に相談かな? だったら話を聞くけど」
「どっちにしろ、今日はもうあの話はできないからな」
あの話、とは団長お見合い計画の事だろう。そもそもルルに巻き込まれた時点で、ルルの呪縛から逃れられないのだから、これ以上の話はできないと考えていいはずだ。顔を突っ込まれたら拗れる確定なわけだし。とりあえずだが方向性も決まったわけだから、今回はそれで満足するしかない。
「まぁ、騎士団の二人に話があるというのは正解だ。店の事で、少し話したい事があるからな」
「話?」
「そう。……だけどその前に、イトさん……だったな、あなたにお願いしたい事がある」
俺ですか? イトが首を傾げると、ニニは懐から包丁を一本取り出した。
「ちょっと待ってね。……………………それ、何?」
「? 包丁だが?」
「……イト、包丁ってポケットの中に入るものだっけ?」
「料理人なら当たり前だぞ? 何もおかしな事はないが」
「……僕の常識って?」
ふと、イトはカロアがいつも懐に包丁をしまっている事を想像してみた。そして背筋が震えた。あの美人さんが常に包丁を携帯していたら、それはそれでかなりの恐怖だ。もし料理人が包丁を隠し持つ事が常識なら、今度からカロアとまともに話す事はできないかもしれない。てか気軽に料理店にも入れない。怖い。
ギンが視界の端っこで頭を抱えているのを無視して、イトはニニに言った。
「それで、その包丁がどうかしましたか? 見た所、結構使い込まれているようですが」
「あぁ、長いこと使っているからな。……おかげで、最近切れなくなってきてな、一応手入れは欠かしてないつもりなのだが」
「寿命というのはきますよ。ちょっと見せてください」
イトはニニから包丁を受け取り、細い目を更に細めて眺めた。
「どうだ?」
「……魔道具師ではなく、一鍛治師として言わせてもらえば……これは限界ですね」
「もう使えないってことだよ?」
傍で見ていたルルが訊いた。
「いいえ、使おうと思えば使えます。新しく金属を混ぜて、打ち直せば済む話です。……しかし、そういう話でもないですよね?」
「…………」
コクリ。ニニは神妙な面持ちで頷いた。
「……それは、私が料理人を志した時から使ってきたものだ。月並みな表現になるが、辛い時も楽しい時も、常に側に置いていた、私の一部みたいなものなんだ。質で言えば、それもりも良い物は沢山あるだろう。さして、高価なものでもない。……だが、私にとってそれは、価値をつけられるものじゃない」
イトも職人だ。ニニの気持ちは痛いほど分かる。
ものを打つときに使うハンマーや、手袋、魔法陣を刻んだ特製鍋など、あれらはイトが師匠に弟子入りして一年目くらいで作ったものだ。出来は、お世辞にも良いとはいえない。師匠にも散々ダメ出しをされた。けれど、どうしても愛着は湧いてしまうものだ。
イトの場合始末が悪いのは、新しく買い換えたり、作ったりできてもしないことか。一種の思い込み。これでなければ作れない、という気持ちから手放せなくなるのだ。
「イト、どうなんだ?」
どうなんだ。ガロンの質問の意図が、数秒して理解できた。
「……そうです、ね。正直、これを使い続けるのはオススメしません。一年としないうちに、間違いなく壊れますから」
ですから、ニニが俯く前に、イトは続けた。
「これは別の形にしてニニさんの役に立ってもらいましょう。包丁としての役目はもう十分果たしてくれましたから、今度はあなたの手足としてではなく、心の糧として」
「……心の、糧?」
はい。イトは笑顔で頷いた。
「一種のお守り、呪いみたいなものですけどね。この包丁を何かアクセサリに変えるんですよ。包丁としてはもう使えないですけど、せめてあなたの心の支えとして、この子を残してあげたいと思います」
「この子って、イト、何か親みたいだよ」
「あはは、そうですね。この仕事をやってると、そう思ってしまうんですよ。なんとなくですけど、その『もの』がどう思って、どう感じているのか、分かったりもするんです」
だから、ギン、と、イトはテーブルに肩肘ついているギンに言った。
「あなたがさっきやっていた剣で遊ぶ行為、なるべくやめてくださいね? 剣に嫌われてしまいますよ?」
「あー、はは。……ごめんねー」
苦笑して謝りながら、ギンは腰の剣をさする。ギンとしては暇潰しの一つがなくなってしまい、ちょっと残念であるが、流石にイトに言われたら辞めざるを得ない。魔道具、武器に関しては、イトに逆らって良いことはないからだ。何より…………イトに満面の笑顔で言われたら逆らう気すら削がれてしまうものだ。色々な意味で。
「……ま、そんなわけで、どうでしょうニニさん。俺はあなたの意見を尊重しますよ」
「イト、小生にも何か作ってほしいだよ。もちろん、お金は出世払いで」
「お前は黙っていろ」
傍でコントを繰り広げている二人に構わず、ニニは一人黙考する。
……例えば、イトが今のニニと同じ立場であったらどうするか。二人の寸劇を眺めつつちょっと考えて、すぐに答えはでた。
限界まで使い続ける。間違いなく、イトはそうするだろう。もちろん、それで商売はしない。劣化の激しい道具で作ったものを、客に出すわけにはいかない。いくら愛着があるからとはいえ、そんな不義理な事はできない。それは職人としての矜恃だ。でも、捨てたり、或いは今ニニに提示したように別の形に変えたりはしないだろう。恐らく、本当に使い物にならなくなるまでは。
ニニが考え出してどのくらい経っただろうか。ルルとガロンのコントにギンが混じりだした頃、ニニは真っ直ぐな瞳をイトに向けた。
「……イト、あなたにお願いしたい。そいつを、イトの言う通りにしてもらいたい」
「別の形に変える、ということでいいんですね?」
「…………あぁ。そうしてくれ」
頼む。ニニが頭を下げると、イトは笑顔で頷いた。
「分かりました。では近いうちに、必ずまたここに来ます。その時に、この子を返しますね」
「……ありがとう」
イトとニニは互いに手を出し、握手をした。一件落着だね、ギンが言おうとしたその時、ニニはでは、と続け、
「奥にある鍋も頼む。あとまな板と、フライパンもな」
「……へ?」
「代金の方は……そうだね、出世払い、ということでどうかな? もちろん、前金は払うがね」
これからのことも考えてどうかな? 屈託のなさそうな笑顔を浮かべるニニに、イトは曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。




