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甘いものを愛する赤い女 その一


「うんうん、いいだよ~、実にいいだよこのパンケーキ。ハム、フワ、みたいな食感、実に口に舌に優しいだよ! 焼き加減に凝ってるのがよ~~~~くわかるだよ。うんうんうんうん、パンケーキの甘さは控えめなのがいいだよね。あんまり甘いと舌が疲れるだよ。でも、小生は全ての甘いものを愛するだよ。だからパンケーキがものすごく甘くてもそれを愛するだよ。でもたまには甘くないパンケーキに浮気もしちゃうだよ。小生イケナイ子だよ」


イヤンイヤン、と手を頬に当て、恍惚の表情を浮かべるルル。それでも口を動かす事はやめない。


「何よりも魅力的なのは価格だよ。この味でこの価格、正直、カルルア共和国で食べたやたらと高いケーキよりも、こっちの方が美味しいだよ。小生万年金欠だよ。だからお財布に優しいのが嬉しいだよ。うんうん、実に小生に優しいだよ。これはもう小生のために生まれたと言っても過言ではないだよ!」


ハムン。最後の一切れを十分すぎる程に味わったルルは、皿にナイフを置いて、手の平を合わせた。


「うん……八十点だよ!」


「百点じゃないんだねー……」


ルルがパンケーキを食べるところを、一から見ていたギンは、苦笑いを浮かべて呟いた。同じく一緒にいたイトは、とても幸せそうにパンケーキを頬張るルルを見て穏やかな笑みを浮かべていた。そしてやたらと長ったらしく、どうでもいい口上は聞かないことにした。聞くだけ無駄だ。耳が腐る。


「毎回思うが、お前は甘いもの以外を口にしないのか?」


一人紅茶を頼んだガロン。それを飲み干す前にパンケーキを食べ終えたルルに、少し驚いていたのは内緒の話。


「小生は甘いものを味わうために生まれてきただよ。まさに甘いものの申し子。そんな小生が、甘いもの以外を食べる? そんなわけないだよ! 小生は生涯甘いもの一筋! 甘いものを愛し、甘いものに愛される存在! あ、でも小生は浮気性だよ。それは忘れちゃいけないだよ」


「結局、何でも食べるんですね」


「現実は厳しいだよ、イト」


うんうんと、したり顏で頷くルル。店内の客は何事かとルルに注目を集めているが、彼女は一向に気にはしてないようだ。静かで落ち着ける店の雰囲気台無しですけどね。そろそろ店員が注意をしに来ないか、心配になるイトだった。


「ふぅ……。ところで、ギン。一つ聞きたいだよ」


「んー?」


紅茶を飲んで一息ついたルル。今更だが、店内でもフードを取らないのは何故なのだろうか。ポリシー? 見てて暑苦しいポリシーなんて嫌だ。


「ギンとガロンが一緒にいるのは分かるだよ。でも何で魔道具師のイトがいるだよ? 保護でもするのだよ?」


「どこまでも珍獣なんですね、俺は」


どこでその間違った概念を埋め込まれたのだ。一度魔道具師の価値というものを、教えてあげなければならないかもしれませんね。


「小生に魔道具師の知り合いはいないだよ。イトが初めてだよ。小生初体験だよ」


「その言い方は色々危ないからね、ルル。勘違いする人がでるから」


ルルは不思議そうな顔をして頭を傾けた。ギンはそれに苦笑しつつ、ガロンとイトに視線を向ける。


「…………」


「…………」


意味は、言わずとも分かった。要するに、ルルをガロンお見合い計画に巻き込んでいいものか? その是非を問われているのだ。


数秒の思考。


張本人であるガロンは目を瞑り、頭を横に振った。駄目だ、という事だろう。女性の意見はもらいたいが、ルルの意見は必要ない。厳しいが、ルルを混じえれば結果は悪化の一途を辿るだろう。


イトもまた、ガロンと同じ意見だった。会って一時間とたっていないが、ルルの性格は大体把握した。恋愛事に、それも他人のそれに巻き込んではいけない。イトは首を横に振った。


「…………」


ギンは静かに頷いた。それからにこやかにルルに笑みを向け、


「昔からの知り合いなんだよ、ルル。僕とイトはギルド員時代から仲が良くてねー、今も付き合いがあるんだよ」


「ほむほむ」


「団長は、イトのお客さん。僕もだけど、武器はイトに作ってもらってるんだよー」


「成る程、だよ」


ふむふむ。ルルは腕を組み、何度か頷いた。


「よーく分かっただよ。つまりーーガロンのお見合い計画が進められているんだよ?」


「何で分かったんだよ!?」


流れを無視とはこのことか。ゆるゆるの笑みを浮かべ、隠し事を見抜いたルルに、ギンは声を大きくしてツッコんだ。


「……まさか、ルルさんは読心術の使い手だったんですか?」


「そんなわけないだよ。小生は甘いものが大好きなんだよ? 愛しているんだよ? この世の甘いものは何もお菓子だけじゃないだよ。恋愛だって、甘いものに含まれるだよ」


「……暴論だ」


確かに。イトも全く同じ思いを抱いた。無茶苦茶な性質にもほどがある。何故恋愛が甘いものと決めつけているのだ。


「細かいことは放っておくだよ! 小生の鼻は確かに、ガロンから甘い匂いを嗅ぎとっただよ!」


「団長さんに、恋愛の甘い匂い、ですか」


「……無理が、あるよね」


「む? 小生の鼻を否定するだよ?」


大きな瞳を細め、三人を睨むように射抜くルル。長身でガッチリ体型のお固いガロンに、ルルの言うような恋愛の甘い匂いがするのだろうか?


「小生の鼻に間違いはないだよ! 何せ小生は恋愛の達人と言われる女だよ? 全てを任せるだよ!」


「イト、こいつ、殴っていいかな?」


「それより、何時の間にかルルさんがこの計画の進行役になっていることが気になるんですが」


「恋愛の達人には誰も触れないのか」


三人がかりでようやくツッコミが間に合った。確かにルルの鼻は、甘いものに関しては信用を置けるものがある。物質的な甘いもの、に関しては、だが。


しかし恋愛の甘い匂いとなると、誰が信用できるというのだ。ましてや恋愛の達人だなんて……鼻で笑ってしまうレベルだ。


「三人は何も言わず、小生に任せればいいだよ!」


「最悪の結末しか思い浮かばないんだけどねー」


「というより、具体的に何をするつもりなんですか?」


よくぞ聞いてくれただよ! ルルは赤い目を輝かせ、指をズビシと立てた。


「ガロンと同じ、恋愛の甘い匂いを出してる女を探すだよ! 同じ匂いの人達は絶対に上手くいくだよ! 小生、断言するだよ!」


「匂いって……」


「その方法だと、時間はどの位かかりますか?」


「それは分からないだよ。小生が世界中を旅して、またここに戻って来るまでに見つかればいいだよ」


はぁ。ため息の音が二つ重なった。


「それは、ちょっと気の長すぎる話ですね」


「下手すれば何十年、だよねー……」


「恋愛に早さは求めちゃいけないだよ!」


そういう話ではない。色々と欠陥が多すぎるのだ。それも、無視してはいけないレベルの欠陥が。


「悪いが、俺もそろそろいい年なんだ。あまり悠長にしている暇はない」


「ワガママ言ってはいけないだよガロン。ワガママは嫌われるだよ」


「どの口が言ってんだよ」


全くもって話が進まない。三人でいた時もたいして中身のある話をしていたわけではないが、ルルが来てからそれに拍車がかかった。


それに、そろそろ日も暮れてきた。イトの宿泊場所はギンがとってくれているとはいえ、ここに長居もできないだろう。さっきから、店にとって迷惑な事しかしていないだろうし。


「明日は仕事だからさ、今日中にどうするかだけは決めたかったんだけどねー」


「休暇はそうとれないからな。それに、イトにあまり迷惑もかけられまい」


「俺の都合はいいんですけど……」


とりあえず、方向は団長さんのお見合い計画でいいんでしょうか。イトが訊くと、ギンは背もたれに寄っかかり、頭の後ろで腕を組んだ。


「それしかないろうねー。まともに出会いを求めてたら、それこそ何年後になるか分からないし」


「騎士団の悩み、だよ」


「お前を騎士団に入れた覚えはないがな」


得意げに言い放つルル。そろそろ会話に割り込む癖をなんとかしてもらいたいところだ。似たり寄ったりの事を三人が思っていると、不意に四人に声をかける人がいた。


「あの……ちょっとすまない」


随分と長身の女性だ。男性の中でも背が高い方であろう男三人に匹敵するかもしれない。栗色の髪を短く切り揃え、その上に白い帽子をチョコンと乗せている。シュッとした顔立ちに、睨みつけているような鋭い双眸が特徴的だ。


それよりも、あれ? とイトは違和感を覚えた。


女性が着ているのは白い調理服だ。おそらく、ここの料理人だということは察しがつく。しかし、なぜか臀部のところが不自然に盛り上がっているのだ。何か、細長いものがとぐろを巻くように。怪訝な目をイトが向けていると、女性は一度頭を下げて紹介を初めた。


「いきなり申し訳ない。私はここの調理を担当している、ニニ・ロウニャクという者だ。そこの、赤い女性に話があってお邪魔した」


「おお! 小生に話だよ!? 小生人気者だよ!」


うるさい。ギンとガロンが目線でルルに訴えかけると、なぜかニニが苦笑した。


「いや、構わないよ。この人がうるさいっていうのは、知っていたからね」


「ルルさんと面識が?」


「む? 小生一度会った顔は忘れないだよ! 多分!」


なら言うなや。ギンがルルの脳天を軽くはたくと、ニニは笑みを崩さずに答えた。


「料理人、特にお菓子を作る人達の間ではルル・クルビアの名前は有名だよ。この世のありとあらゆる甘味を食した存在としてはもちろん、天性とも言うべき舌を生かして送る助言は、その料理人を一流へ昇華させると言われているんだ。赤い女を見たら捕まえろ。料理人の中では有名な言葉だよ」


「どこの説明師なんだよ! あんたはルル大好きかっ!」


「料理人の憧れだぞ? 当たり前だろう」


「まともな奴だと思った僕の心を返せ!」


力尽きたようにテーブルに突っ伏すギンを横目に、イトは乾いた笑顔を浮かべた。


「そ、それで、ニニさんはルルさんに何の用ですか? やっぱり、料理関連の質問をしに?」


「あぁ。こんな機会はそうないからな。是非とも、助言を頂きたい」


そう言うニニの目は真剣だ。決して酔狂や、遊びでルルに言を貰いにきたわけではないのだろう。


うるさくて赤いだけの女かと思えば、料理人からは絶大な信頼を得ているようだ。人は見かけによらないと言うが、ルルはまさにそれが当てはまる。帰ったらカロアさんにも聞いてみようか。今までカロアの口からルルの話を聞いたことはないが。


「だそうだ。ルル、どうなんだ?」


「んー……そうだね、だよ」


腕を組み、唸り声をあげるルル。大きな眼を閉ざして数秒。スッと目を開けると、不意に立ち上がった。


「……ニニ、だっただよ? 君の名前は」


「あ、あぁ。そうだが」


ニニの腕をとり、指の先から肘までじっくり見るルル。イトとガロンは怪訝な視線を向けていると、ルルは薄いニニの胸元に鼻を近づけ、離れてから、


「……イト、一つ聞きたいだよ」


「え?」


ルルの視線はニニ向けられたまま、彼女はイトに問いかけた。


「イトはここのパンケーキを食べただよね? その感想を教えてもらいたいだよ」


感想。質問の意図はよく分からないが、イトはパンケーキの味や食感を思い出した。


「美味しかったですよ。甘すぎず甘くなさすぎずで。食感も、柔らかくて良かったですし」


「あとは? だよ」


「え?」


冷たく、重い。さっきまでの弾んだ、軽い声音ではないルルの言葉に、イトは問いかけられた内容を理解するのに一瞬の間が生まれてしまった。


「あとはどうだったと、聞いているだよ。美味しくて、柔らかくて、あとは?」


再度問われた言葉に、イトは返す言葉が中々出てこなかった。


あのパンケーキは、確かに美味しかった。甘すぎず、それでいて飽きず。食感も楽しめた。


正直、イトとしては、あのパンケーキにそれ以上いうことは、ない。


「……特には、言うことはありません。美味しかったですし、俺としては十分です」


「……ふむ、だよ」


ルルはニニを視界から外し、テーブルに置いてあるパンケーキを乗せていた皿に指を這わせた。僅かに残っていた蜜を指で掬い、小さな舌でそれを舐めると、ルルは口元をへの字に曲げた。そしてゆっくりと、言葉を紡いだ。


「……小生は、甘いものが大好きだよ。甘ければ、それがどんな酷いお菓子であっても愛せると、自負しているだよ」


ニニもイトもガロンも、何時の間にか復活していたギンでさえ、ルルの語りに耳を傾けていた。


「小生は、甘いものに対しては平等でありたいと思っているだよ。甘いものは全て等しく、愛したいと思っているだよ。……でも、小生はやっぱり人間なんだよ。どうしても、好きなものに順位ができてしまうだよ」


ルルは指を二本、ニニに向けて立てた。


「ニュフルレ、アニルガ、これが何の名前か、ニニは分かるだよ?」


ニニは一瞬逡巡して、答えた。


「タテア永世中立国と、カルルア共和国にある菓子屋と喫茶店の名前、だ」


「そうだよ。今、小生が食べた中で一番と思える甘いものを出す店だよ。タテア永世中立国にあるニュフルレは、人の手で作られたと思えないほどの精巧さで飴を美に創り上げ、人の心に感動を与えてくれるだよ。もちろん、味は最高だよ。小生、何度食べても涙がでてくるだよ」


そして、ルルは続ける。


「カルルア共和国にある喫茶店、アニルガ。ここはもう言うことはないだよ。一切飾らないケーキで、休みにきた人たちに極楽の時間を味合わせてくれる店だよ。ケーキは計算し尽くされた味と、作り手の心がこもっているだよ。だから、アニルガに来る客は絶えないだよ」


言いたい事は分かるだよ? ルルの問いに、ニニは首を横に振った。


「ニニの作るパンケーキは確かに美味しいだよ。……でも、それだけだよ。美味しいだけならそこらにたくさんあるだよ。正直、ニニの作るパンケーキは、それくらいの価値しかないだよ」


静かな店内に、歯を食いしばる音が鈍く響いた。


「小生は甘いものにはワガママだよ。それは認めるだよ。だから、小生の意見を無視したいならしてもいいだよ。普通の人なら、今のままのパンケーキでも十分喜ぶと思うだよ。現に、イトは満足してただよ」


確かにと、イトは頷いた。一般的な舌を持つイトは、あのパンケーキに何の文句もない、それどころか今までで一番美味しいパンケーキだと思っていた。ルルのような舌が肥えた人でなければ、文句をいう事もおこがましいと思えるだろう。


でも、と、ルルはニニに赤い瞳を向けた。


「ニニはそんなので終わりたくないだよね? 小生にこんなに言われて、悔しいだよね? ……なら、ニニにはできるだよ」


ふにゃり。ルルは引き締めていた顔を緩め、崩れた笑顔でニニを見つめた。


「小生はできる奴にしかこういう事は言わないだよ。ニニなら必ず、人に感動を与えるパンケーキを作れるだよ」


甘いものを愛する彼女は、甘いものに嘘は絶対つかない。


ゆえに、ルルの言葉に裏はない。ニニは瞳を潤ませて、大きく頭を下げた。


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