真っ赤な甘い変人
「まったく、何でこんなことになってるのかねー」
イト達三人が騎士団の後を着いて行くと、そこには人だかりができていた。大きな商店の並ぶ通り。そこで騎士団の五人が何かに対峙し、それを周りの人が囲んでいる状態だ。何だこりゃ、だとか、ナニコレ、だとか聞こえるあたり、周りは完全に野次馬と化しているらしい。ギンはそれを見て、肩をすくめて足を止めた。
「喚くな。行くぞ」
ガロンは動じず、イトと一緒に人垣をかき分けて進んで行った。ギンも非番なのに、とボヤキ続く。
「だから違うだよ! 小生は変人じゃないだよ!?」
「自分の格好をよく見ろ! おかしな要素しかないぞ!」
真っ赤なコートに真っ赤なフードを被っている。コートの合間から見えるのは真っ赤なシャツと真っ赤なズボン。
赤尽くしの小柄な女が騎士団の男と口論をしていた。
「いや、何ですかあれは」
よく見ると、女の長い髪も赤で、大きな瞳も赤かった。どこまでも赤い女だ。徹底している。しすぎな気もするが。流石に肌は白かったが。
初見のイトと違いギンとガロンは顔を知っているのか、赤い女を見ると揃ってため息を漏らした。
「……団長。僕、行きたくないんですけど」
「耐えろ。これが終わったら話の続きを飯の美味い所でやる。奢ってやるぞ」
顔から伺える疲労度が一気に増していた。勤務終わりのような、一仕事終えましたみたいな雰囲気を感じられる。ギンはともかくガロンまでもがガックリとしている様子に、イトは目を疑った。
「どんな方なんですか、あの人」
「話せば分かるよー……。イトも来る?」
オススメはしないけどねー。とクタクタの笑みを浮かべるギン。ムムの事といい、どうしてかギンは女運に恵まれないようだ。顔も良く、地位も力もあるのに残念な奴だ。というより団長さんと同じじゃ、イトは思った。
友人の境遇に同情しつつ、イトは頷き二人に着いて行った。
「小生はただ道を歩いていただけだよ! 何で不審者扱いされなきゃならないだよ!」
「自分をよく見つめろ不審者! 通報されて何の問題もない姿だ……」
「ハイハイ、そこの君、もう下がっていいよー」
「ぎ、ギン副団長!? それにガロン団長も!?」
言い争いの中にギンが割り込むと、騎士団の五人は目を見開いて瞬時に整列した。イトはそれを見て、感嘆の声を漏らした。
「流石副団長、ですね」
「ある程度規律は守るように教えてるからねー」
「ある程度で終わらすなと、あれ程言っただろう」
ガロンのキツイ眼差しを受けつつも、カラカラ笑うギン。何となく和やかな雰囲気の中に、一人の団員の強張った声が割り込んだ。
「だ、団長と副団長は、ど、どういった御用でここに来られたんでしょうか? お二人は今日、休みをとっていたと記憶しておりますが」
「トップの二人が同時に休むわけにはいくまい。有事の際は動くと、行き先も伝えておいたはずだが?」
「は、はひっ! そ、そうでした……」
見ていて可哀想になるくらい緊張している団員。実際、イトがガロンと騎士団員のやり取りを見るのはこれが初めてだったが、ギンが散々言っていた事も、ようやく本当に理解できた気がした。てかあの鋭い眼光を受けて、まともに対応できる団員はそうそういない。イトだって少し怖い。
加えて、英雄と呼ばれる男が目の前にいる。ガロンを目指して騎士団に入った人もいるだけに、いざ立ち会うと頭が真っ白になってしまうのだろう。
「ハイハイ、団長はちょっと下がってくださいねー」
「ギン」
緩衝材の役割をこなすのがギンなのか。ギンはガロンを押しのけ前に出て、緩い笑顔を貼り付けて団員に話しかけた。
「僕らが来たのはたまたまだよ。喫茶店で話してたら君たちが走ってるのが見えてねー。ここに来たってわけ」
「そ、そうでしたか……」
いくらか緊張が解れたように見える団員。あの無駄な軽さがこうして役に立つとは、何があるか分かりませんねと、イトは見ながら思った。
「イト? 今僕の事バカにした?」
「はて? 何の事でしょう」
ここでまさかの読心発動。屈託のない笑みを浮かべるイトに、ギンは怪訝な表情をしつつも、団員に向き直った。
「というわけで、ここは僕らに任せていいよ。君たちは巡回に戻りな」
「は、はい! で、では、これで失礼します」
「あんたらも、見てないでさっさとどっかいってねー。見せ物じゃないからさ」
竜の鳴き声は辺りの魔獣を去らせると言うが、この状況もそれに似ていた。ギンの一声で野次馬は散り、騎士団の五人も礼をして帰っていった。
「すまんな、ギン。俺の仕事なのに」
「気にしなくていいですよー、団長。むしろ、団長にやらせると面倒な事になるかもしれないんで、僕にやらせてください」
「それはそれで傷つくんだがな……」
苦い顔をするガロンに、苦笑するイト。英雄と呼ばれることの弊害が、こんなところにも生まれているとは。国を救ったという偉業を成し遂げたとはいえ、それが順風満帆な人生に繋がるわけではないらしい。悲しすぎる現実だ。イトは何も言えなかった。
ギンはそれを見やりつつ、さて、と一息おいた。
「放っておいてたけど、とりあえず話を聞こうか、ね」
「おぉ! やっと小生に注目してくれただよ!」
空気と化していた真っ赤な女は、大きな赤い瞳に喜色の色を滲ませ、キラキラと輝かせた。
「もう、ずっと放置されてたから小生はいらない子何だと思ってただよ! ギンもガロンも、そこの三つ編みの人も全然こっちを向いてくれないから、小生の心は悲しみの雨に打たれ溶かされてただよ!」
「あーそうだねー。だから少し声の大きさを下げてくれないかなー」
「むむ!? 小生の声が大きいと? そんなわけないだよ! 小生は生まれてこの方うるさいなんて言われた事一度もないだよ? ギンの耳が狂ってるに違いないだよ!」
「……なんですか、この人」
怒涛の攻撃のような調子で紡がれる言葉の波に、イトは弱々しくギンに訊いた。
「……見ての通りなんだけどね……。とりあえず、紹介しようかね」
ギンはゴホンと咳払いした。
「まず、イト、こっちの真っ赤で目に悪い女はルル・クルビア。生粋の甘いモノ好きで、うるさい」
「ギン!? うるさいって酷いだよ! 小生はただ思った事を口にむぐっ!」
「ギン、続けろ」
「助かります、団長」
ガロンに口を抑えられ羽交い締めにされたルル。それでもまだムームー言っている辺り、こいつはかなり図太い神経を持ち合わせているようだ。
「甘いモノ好き、ですか」
「そう。世界中の甘いモノを求めて旅してるバカだよ。一部の貴族の間では、全ての甘いモノを知る者、なんて呼ばれてるみたいだけど」
「……なんですか、その微妙な呼び名」
かっこいいんだかダサいんだか、はっきりしない二つ名だ。甘いモノ、の部分を変えれば、もっとマシなように聞こえるだろうが。
「ま、甘いモノ好きの変人って覚えておけば、何の問題もないよ」
「むぐぅっ! ぷはぁ! ギン! 小生のどこが変人なのだよ!」
「全部だよバカ。てか団長、何してるんですか」
「すまん。いまいち加減が分からなくてな……」
やはりこの女はただ者ではないようだ。手加減していたとはいえ、ガロンの拘束から抜け出すとは。小さい体のどこに、そんなパワーが隠されているのか。
息を乱し、肩で息をするルル。フードでは隠しきれない前髪を揺らし、イトに目を向けた。
「それでだよ! ギン、この三つ編みの人の紹介をお願いするだよ!」
「三つ編みって……」
さっきも思いましたけど、その斬新な呼び名は何ですか。ズビシ、と指を向けてくるルルに、イトは苦笑を浮かべた。
「はいはい。それじゃイトの紹介もしようかねー。あと人に指を指すな」
手刀を軽くルルの頭に落としたギン。そのまま言葉を続けた。
「この三つ編みはイト・ウルブド。魔道具師だよ」
「魔道具師!? あの絶滅危惧種の魔道具師だよ!?」
「魔道具師は絶滅危惧種になっていたのか?」
「いや、団長さん本気にしないでください」
全体的に見れば、確かに魔道具師の人数は少ないが、そんな珍獣みたいな扱いは勘弁してもらいたい。会って数分とはいえ、ルルの思考回路がまったく理解できないイト。理解したい、とも思わないが。
「それで、ルルが捕まってたのは、いつものだよね?」
「そうだよ!? ギン、ギンも副団長なら部下にちゃんと言わなきゃダメだよ! 小生はいたって普通の旅人だよって!」
「いや、どう見ても普通には見えませんけどね」
これが普通なら一体普通の定義はどうなってしまうのだ。
「まったく、とんだ人騒がせだったな」
「あの五人も新人でしたからねー。中堅の奴らならこれの存在も知ってるはずなんですけど」
「これって……」
まぁ、会う度こんなうざったい絡まれ方をされたら、これ扱いにもなりますか。何時の間にか、地図を出して辺りを見回していたルルに視線を向けていると、不意にルルはイトの手を握った。
「ところでだよ。フンフン。イト、イトから匂うこの甘い匂いは何なのだよ?」
「匂い、ですか?」
胸元に鼻を押し付けて、クンクン嗅ぐルルを手で離しつつ、イトは首を傾げた。
「そうだよ。あま~い、いい匂いだよ。ギンからも、同じ匂いがするだよ」
「甘い匂い……多分」
「『コロロコロコロコロロコロ』、だねー。イト」
「あぁ、あのパンケーキか」
パンケーキ。団長が呟くと同時に、ルルは真っ赤な瞳をギランと輝かせた。
「パンケーキ!? パンケーキだよ!? あのフワッと甘くてトロッと甘い、あのパンケーキだよ!?」
「……あ、やっちゃったねー。迂闊だったよ」
「へ?」
ギンが頭を抑えると同時に、ルルはイトの肩にガッと手を置き、
「イト!! 小生をそこに連れていくだよ!!」
あぁ……そういうことですか。
理解したイトの視線の先には、揃って頭を抱えるギンとガロンの姿があった。




