グルル王国騎士団団長、ガロン・サイズル
グルル王国騎士団、団長ガロン・サイズル。
二十三歳の時に災害クラスの魔獣を一人で倒し、二十五歳という異例の若さで騎士団団長に就任した経緯をもつ現三十二歳の男だ。
団長就任後もその活躍は目覚ましく、国からの信頼も厚い。国に魔獣が攻めてきた時は幾度も前線に立ち、その天性的な洞察力からいくつもの犯罪組織を潰してきた。国からも、そして国民からも英雄と称されるように、その名にふさわしい活躍をしてきたのだ。
ーーだがそんな完璧とも思えるガロンにも、欠点は存在した。
それが対人、対話能力の欠如である。もちろん、形式的な場でも立ち回りはしっかりとしている。ここで問題なのは、友人と呼べる人が数えるくらいしかいないことだ。
幼い頃から親にひたすら戦いの知識を詰め込まれてきたガロン。本人も強くなりたいという願望があったため、特に拒絶することはなく、その教育を受けてきた。周りが学校に行っている頃にも、ガロンは親に連れられて、魔獣と戦ったり、ギルド員と試合をしていたりしていた。当然、学校には行っていない。最低限の教養や教育を覚えただけだ。
そんな幼少期を過ごしたガロン。成人してからも友達ができるわけもなく、今に至る。
「更に困った事なのは、団長が英雄なんて呼ばれてる事だよねー。皆畏れて、誰も話しかけて来ないんだよ」
「俺は英雄だなんて思ってないが」
「他人の認識の問題ですからね。いくら団長さんが否定しても、周りは謙虚だなと、受け取ってしまいますよ」
実際イトだってガロンに会う前はそう思っていた。いざ会ってみたら、その認識は簡単に覆されたわけだが。なにせ初対面の時に話しやすいからと、結婚相談されたのだ。
何故その軽さを他人に発揮しないのか。
「何だったら見合いでもしてみます? 確か団長の権力って、そこらの貴族よりありましたよね?」
「あぁ。俺はいらんのだがな」
眉をひそめるガロンだが、国としてはそうもいかないのだろう。騎士団の団長ともなると、ある程度強引に押し進めないとならない事もあるだろうし、相手が貴族だった場合、それこそ権力を行使する必要だってある。
まぁこの団長さんだから、ということもあるでしょうね。色々な意味で。イトは紅茶に口をつけながら思った。
「今こそその権力を使って、見合いを計画するべきじゃないですかね、団長。たださえ出会いがないんですし」
「しかしだな、俺はそういうのは……」
「見合いというのも、立派な手だと思いますよ団長さん。無理矢理はあれですけど、互いの合意を得られたのなら、それはそれで一つの形になると思います」
「むぅ……」
団長改造計画、とは内容が違ってくるかもしれないが、無駄に長ったらしく話すよりはマシな手だ。そもそも、頑固なガロンを変えるという方向性に現実味がなかったのだ。
ガロンは顔も悪くはない。肩書きも立派。実力だって国民のほとんどが認める程だ。これだけの要素があれば、引く手は数多のはず。今までは単純に出会いがなかった。それだけの話だ。
まぁ多少はガロンの性格も敬遠されがちな状態を作り出していたが、話せばそれも関係なくなる。現に、イトという例もある。ちょっと潔癖の気があるが、そこも可愛いと思ってくれる物好きだって、一人はいるはずだ。
「というわけで、団長の好みを聞こうかねー。僕の交友関係からピッタリの人物を見つけ出すよ」
「ギン、そんなものがあるなら俺は必要なかったじゃないですか」
「そんな事ないよイト。イトがいれば、団長も真面目に取り合ってくれるからねー」
つまりギンだけだと団長さんは冗談半分に話を聞くわけですか。ここにきてギンの信用度がだだ下がりだ。よく団長さんもギンなんかに……いや違うか。
ギン何かに相談しなきゃいけないほど、ガロンも切羽詰まっていたというわけか。悲しい現実だ。
「さて、それじゃ始めようかねー」
能天気なギンの声を聞いて、イトはため息一つ。くしくも団長と同じタイミングでため息の音が漏れたのは偶然か否か。
「まず、初めに団長の好きな年齢層だねー。年下か年上か、あるいは同年代か」
緩んだ三日月のような目で見られ、ガロンは疲れきった声音で答えた。
「年下は好かんな。いや、好かれた事がないから無理だ」
「あぁ……そうでしたねー……」
「……言わなくても、大体想像つきますよ」
説明するまでもないだろう。怖すぎて近寄られる事がない。近寄られたとしても、まともに対応された事がないのだろう。
英雄、何て呼ばれてるのに人生ハードモード。イトは何とも言えない気持ちに苛まれた。
「そ、それじゃ年上ですか? 団長さんの年だと難しいと思いますけど」
「年上は無理だ」
「へ? 何でですか団長」
「……昔、年上の女に痛い目にあわされてな。今でも夢に出るんだ」
「…………」
「…………」
一体何があったというのか。夢にまででるのだから相当な事だろうとは思うが。
英雄と呼ばれる男の心に傷をつけた女。どこの誰かは知らないが、度胸のある女だ。魔女じゃないんだろうか。何百年と生きる魔女ならそういう事をしそうなものだが。
ここは聞かずが吉だ。下手にむしり返して傷を抉る必要もない。
「……じゃ、候補は同年代って事で」
「あぁ。そうしてくれ」
最初の質問から難易度高かった。これでは、理想の相手を聞き出すのにどれだけ時間がかかることやら。
イトは空になったカップに視線を落とし、この数時間でドッと疲れの溜まった身体の息を入れ替える。
その間にも、ギンはガロンに次々と質問をしていた。
「背は大きい方がいいですかねー」
「俺よりデカイ女がいたら凄いと思うがな」
「髪の長さとか、定番ですよねー」
「どっちでも構わん。髪で人は見ない」
「顔の作りとか」
「顔で女を決めるなと、親から散々言われてる」
「性格は? 強気とか、夫をたてるとか」
「俺相手に強気にでれる奴がいたら見てみたいものだがな。まぁ、うるさい奴は勘弁だ」
中身のない質問だった。すっからかんである。振ったらカラカラ音でも鳴りそうだ。
訊く質問は間違っていないと思うが、答えが酷すぎた。本当にガロンは結婚する気があるのか、疑いすら持ってしまうほどだ。
「どうしましょうか、これ。ギン、この内容で相手は見つけられそうですか?」
「あぁ……難しいかなー……」
ダメもとでの質問だったが、やはり無理らしい。いかに交友関係が広くとも、そもそも見つけ出す条件が曖昧じゃどうしようもないのだろう。
はぁ。三人から同様にため息の音が漏れる。
「いや、何で団長がため息つくんですか」
「いや、自分のダメさにな」
「自分でダメとか言ったら俺たちはどうすればいいんですか」
肩を落とし、イトはふと窓に目を向ける。昼を回ってから結構経つのに、道を行く人波は途切れない。ここら辺は城の周りだからか、貴族の屋敷や大手の商店が並ぶ土地だというのに、人達の年齢層も職も様々だ。
自警団の格好をした一団もいれば、馬車で荷を引く商人もいる。何かの見学で来ているのか、子供を複数連れて歩く女性の姿も見られた。観光には一番勧められる場所、と言われるグルル王国だけある光景だ。
そんな中、イトの視線を横切る集団があった。白のマントを纏い、銀の鎧を装備した五人組。そのマントには、グルル王国の騎士団の紋章が縫い込まれていた。
「ギン、団長さん。あれ」
すぐに二人に異変を知らす。二人もイトの言わんとする事は分かったのか、顔を見合わせて頷いた。
「それじゃ、休日だけど行きますか団長」
「くだらんことを言うな」
店を出た二人の後を、イトは走って追いかけた。




