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特に何も起こらない話


更新は週に一回くらいにすると思います。

今更ですが。


リアルが忙しくなったらそれも守れるか分かりませんが、気長に待っていてくれると嬉しいです。



ギンとムムの敵対問題(一方的)は解決(強制的に)したものの、車内の気まずい空気は未だ払拭されていなかった。


車外から周りの羨望の眼を受けつつ魔道車を進めるギンは、今すぐにでも車を放り出して逃亡したい気持ちを収め、ようやくギルドの前にたどり着いた。


「ムムちゃん、着いたよ」


「ん」


グルル王国の王都に本部を構えるギルド。各所に支部を置く手広さを持つギルドの本部だけあって、外見にも力を入れているかと思えばそうでもなかった。


見た目は大きめのパン屋。看板に一応『ギルド本部』と書かれているが、誰がどう見てもその外装はパン屋であった。ガラス張りの内側には実際に焼きたてのパンが並んでいたりする。当然、中は依頼の受付、無期限の依頼が揃っている棚、二階への階段などもあるが、どうしても目はパンの方にいってしまう。


ギルドに憧れを抱く若者も少なくはない。田舎から出て来て、さぁ行くぞ、と意気込んで見たギルドの姿がこれだと、ガックリ肩を落とす若人もよく目にする光景だ。というより、付近の住民はそれを楽しみにしていたりしている。


「久しぶり。忌まわしい職場」


「そんな風に思ってたんですかムムさん」


「僕もここにはあまりいい思い出はないけどねー」


ちなみに、ギルドを初めて見た時の三人の印象はこうだ。ギンは例に洩れずガックリ肩を落とし、ムムは無反応、イトはパン屋だと本気で思っていた、である。


イトに関しては、初めにギルドを見たのが遠目からだったのと、そもそもギルドに入るつもりはなかったからだろう。まぁ、ギルドに入ろうとここにやってきても、しばらくはパン屋と勘違いして辺りを彷徨うことになっただろうが。


「ま、なんにせよムムちゃんとはここでお別れだねー」


「そうですね。三人で会うのは久しぶりでしたから、何となく寂しい気もします」


ギンが魔道車の上に括り付けていたムムの斧を持ち上げながら言うと、イトは少し力のない笑みで答えた。


喧嘩をよくしたとはいえ、何だかんだ付き合いの長い三人だ。ギンが騎士団に、イトが魔道車の工房を始めてからその縁は途切れつつあったが、まだ仲の良い三人組。

諍いはあったものの、ここ数日はイトにとって楽しいものだったのだろう。


「ま、イトの気持ちも分かるけどねー。また会えないわけじゃないし」


「ん。生きてれば会える」


ギンが目を緩めて言うと、ムムも長い黒髪をたなびかせてウンウンと頷いた。


「大丈夫。イト強い。私強い。ギン。……。強い」


「何で僕のトコだけ間を置いたのかね……」


斧をムムに渡したギンは弱々しくツッコンでから、明るく、まぁ一理あるかな、と続けた。


「僕は副団長、ムムちゃんは売れっ子のギルド員、イトは魔道具師。それぞれやってる事は違うけど、こうして会うこともできるわけだし、ムムちゃんの言葉を借りるけど生きてれば会えるよ。またね」


「使うな。勝手に」


「イタっ! イタイッてムムちゃん」


じゃれ合いを始めた二人を見ながら、イトはフフッと軽やかに笑い、なんて事ないように、




「ーームム。すぐに手を出す癖いい加減直せ」




「っ!?」


「っ!?」


何という唐突。


まさかの激怒イト降臨。いい話ぽかったのに。何故なんの脈絡もなく。瞬時に固まる二人。両者全身から嫌な汗が吹き出し、筋肉が強張って指先一つ動かせなくなってしまう。


僅か一秒とかからずにそんな状態へ移行した二人を、イトはたっぷり五秒間、二人からしたら永遠ともとれる説教への待ち時間が経過してから、ようやくイトは口を開いた。




「…………フフッ。嘘ですよ。ギン。ムムさん」


へ? 全く同じタイミングで、二人はポカンと間抜け面を晒した。


それが、更にイトの笑いを誘った。


「俺だってたまには冗談の一つくらい、言いたくなりますよ。いつも二人だけで楽しそうに遊んでますから、ちょっと羨ましいんですよ」


いや、少なくともムムは半ば本気で蹴ってきてましたよ。ギンは軽やかに微笑むイトに苦笑した。


「遊んでない。勘違い」


「おや? そうだったんですか。てっきり、俺は兄妹喧嘩みたいなものだと思ってましたよ」


「ありえない」


口をへの字に曲げるムム。だったらムムちゃんは僕の事をお兄ちゃんて呼ばないとねー、とギンが調子に乗ったところで、ギルド本部から一人の女性が出てきた。


「ムムさん。本部長がお呼びです」


ピンク色の制服を着た、恐らくは受付嬢だろう女性がムムに言伝を伝える。ムムは小さく舌打ちをすると、地面におろしていた斧を持ち直した。


「もう行く。またね」


本部長直々の呼び出しとなるとムムでも逆らえないのだろう。不機嫌を隠す事のしない声音で二人に告げると、受付嬢と共にさっさと中に入ってしまった。


「……ありゃ、行っちゃったね」


「ムムさんも多忙ですからしょうがないでしょう。ランクが八にもなると、指名依頼もくるでしょうし」


「指名ねー。よく僕のトコにも来てたなー」


しみじみと語るギン。指名依頼は本来複数で組んで活動している者たちにくる事が主だが、ムムのように一人で動いているギルド員に依頼される事も稀にある。


ギンなどはギルド員時代、色々有名だったから、指名依頼を受ける事も多かった。


「ギンが騎士団に入る直前まで、そういう依頼はありましたよね。全部こなしてましたけど」


「けじめって奴だよ。少なからず、頼ってくれる人はいたからねー」


言いつつ、腰に付けた剣を触るギン。さて、と言い直し、柔和な笑みをイトに向けた。


「そろそろ行こうかねー。団長も待ってることだろうし」


「え。待たせてたんですか……」


不意に明かされる衝撃の事実。上司を待たせる部下ってどうなんだろう。イトは疑問に思いながら、魔道車に乗り込んだ。



魔道車は国から借りていたらしい。


城に魔道車を返したギンとイトは、城の近くにある喫茶店に来ていた。


「喫茶店……『コロロコロコロコロロコロ』。何か覚えやすいんだかそうじゃないんだか、分かりにくい名前ですね」


「ははっ。最初に見た人は皆そう言うんだよねー。ま、実際は普通の喫茶店だし、何よりここのパンケーキは絶品だよ」


店内は余計な装飾のなくし、落ち着いた雰囲気を作り出している。客もこの雰囲気を気に入っているのか、無為に大声をだして話す人もいない。ギルドの近くに昔からある酒場とは大違いだ。イトは内心苦笑しながらギンと四人がけの席に向かい合って座った。


「遅れたと思ってたけど、団長はまだ来てないみたいだねー」


「あ、やっぱりそうなんですか」


ギンが場所を間違えたとかじゃなくてよかった。イトはそう口にはしない。


「ま、団長来るまでゆっくりしてよっかね。あ、そこのおねーさん。紅茶二つとパンケーキ二つねー」


「俺の注文は聞かないんですね……」


「イトも紅茶好きでしょ? 大丈夫だいじょーぶ」


「何がですか……」


ニコニコ笑うギンに、イトはため息を返した。


「にしても、あの時間厳守の団長が遅刻とは、珍しい事もあるものだねー」


「あれ? 団長さんてそうだったんですか?」


そうだよー。ギンはメニューの紙に目を落としながら答えた。


「他人に強要することはしないけどねー。あの人はほぼ必ず時間は守るよ」


「へぇ。流石団長さん、ってことですかね」


「違う違う。あの人元々の気質だよ」


何でもかんでもきっちりしてるからモテないんだよ、あの人はね。ギンが続けると、イトは苦笑した。


「それが団長さんの魅力だと思いますけどね」


「そう言えるのは心が広い人だけだよ。団長は考えも固いから」


「誰の考えが固いって?」


唐突に入り込む低音の声。二人が振り向くと、そこには茶色のコートを羽織った団長の姿があった。


ギンはその姿を認めると、茶化した声音で笑った。


「あれ? 団長今日は随分遅いですねー。調子でも悪いんですか?」


「仕事が急に入ってな。遅れて悪かった」


「あ、ギンのウザさには怒らないんですね」


ムム相手だったら斧で細切れもありえたのに。団長の変な懐の深さに感心するイト。


「ま、それはそれとして、団長も早く座ったらどうですか? そこにいたら従業員さんの邪魔になりますよー。…………威圧感で」


「聞こえてるからな」


鋭い目つきをギンに向けながらも、団長はギンの横に座った。イトとは、向き合う形になる。


「とりあえず、今日はこいつのワガママに付き合ってくれて感謝する、イト。お前も店の仕事があっただろうに」


「いえ、団長さんにはいつもお世話になってますからね。まさかいつも相談されている結婚相談がそこまで深刻なものと思わなかったので」


「え? 団長イトにも相談してたんですか?」


にやけ顔のギンに、団長は横目で鋭く射抜く。子供がやられたら卒倒ものだ。


「ま、まぁまぁ。ギンがウザいことはいつもの事ですし。それより、話し合いましょう」


「そうだな」


「あれ? 何で僕こんなに扱い酷いの?」


自業自得だろ。全然学習しない奴である。


また涙目になっているギンは放っておき、イトは従業員が今持ってきた紅茶に口をつけた。


「団長さんも、よくここをお使いに?」


「いや、滅多に来ないな。外で食うのは好かん」


「なら、食事はどのように?」


「自炊だ」


天下の騎士団団長さんがまさかの自炊。ギンが団長の横でお腹を抑えて笑っているのを見やりつつ、イトはパンケーキを口にした。


「んん。美味しいですね。焼き加減が絶妙です」


上にかかる蜜も丁度いい甘さだ。パンケーキ自体も甘さは控えめ。ナイフをいれるとストンと切れるのに、口に入れると程よい弾力を味わえる不思議な焼き加減も味覚と食感を楽しませてくれる。疑問なのは、こんなに美味しいパンケーキがあるわりに、客の入りが少ない事か。静かで店の雰囲気には合っていると思うが。


「団長は何か頼まないんですかー? イトが食べてるパンケーキ、オススメですよ」


「いらん。もう飯は食ったからな」


ギンも頼んだパンケーキを食べている。しかし食べるペースが早い。もう半分なくなっている。


「仕事があったんですよね? 一度家に帰ったんですか?」


「いや。弁当を持って行った」


「ぶふっ!」


噴き出すギン。確かに、いるだけで自然に威圧感発している人が自作の弁当を食べてたら笑えるだろうが、上司にする対応じゃないだろ。


「ギン。そろそろ失礼ですよ?」


「構わん。いつもこんな感じだ、こいつは」


それはそれで問題だろう。自由でいいのかもしれないが。


「いや、いいわけないですよ」


「気にしないよイトー。それより、さっさと話しようか」


「あなたの事を言っているんですけどね、俺は……」


「こいつと付き合いが長いんだろ? 慣れろ」


はぁぁぁ。完全に毒されている団長とその元凶にため息を送り、イトは紅茶に口をつけた。

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