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イトさんの怒り


『いいかイト。魔道具作りは体が資本だ。貧弱な野郎には魔道具なんか作れやしねぇし、作れたところで駄作だ。これをよく覚えておけ』


『で、でも師匠。素手で木を倒すのは体力つくりになるのでしょうか……』


『口答えをするな弟子が!』


『あうっ!』


『よぉく覚えておけ。師匠の言う事は絶対だ。口答えするなら相応の腕を身につけな。ガキ弟子』


『ご、ごめんなさい師匠……』


『泣くなっ! 腐っても男だろうがお前は』


『……は、はいっ……ぐすっ』


『…………』


『……う……ぐすぐす』


『……………………後、木倒し五本、ノノガット五匹捌けたらお菓子をやる』


『え?』


『菓子が欲しけりゃ早く動けバカ弟子! ほら! さっさとしねぇと日が暮れんぞ!』


『は、はいっ!』



ガタン。何かを乗り越える衝撃でイトの体が揺れ、深く沈めていた意識がゆっくりと浮上した。


「…………ん」


……なんとも、懐かしい夢を見た。


あれは、師匠に弟子入りして二年目か三年目の事だったか。まだイトが六、七歳の時だった。


今思ってもとんでもない内容の鍛錬だったが、なんだかんだ師匠は優しかった。あの後、結局全て終わらせたのは夜遅くになってしまったけど、師匠は悪態をつきながらも美味しいご飯に甘いお菓子を作ってくれた。そういえば、師匠の作るご飯は何故か温かかったな、イトはふにゃふにゃの意識でそう思い出した。


昔の事を思い出しながらも、まだ明瞭にならない意識でイトは目をこすり、ほとんど無意識に欠伸をする。定期的に訪れる小さな揺れは、まだ微睡みの中にいるイトに快適な眠気を誘うが、彼はなんとか踏ん張り目に当てていた手で頬を軽く張った。


「ん」


程よい痛みは宙を漂う意識を覚醒させるのにちょうどいいようだった。他人からは糸目と言われる目を開け、ふと視線を横に逸らせば、窓からは景色が流れていく様がぼやけて映った。


……あぁそうだ。イトは緩んだ思考を張り詰めさせ、ようやく現状を認識した。


「……魔道車に乗ってるんでしたっけ」


グルル王国のみならず、世界中で最も普及している乗り物は馬車である。しかし、限られた上級階層の人間達は、俗に魔道車と呼ばれる乗り物を使う事がある。


四角い車輪が四つついたもの。見た目は陳腐なものに思えるが、使われている技術はまだまだ未開拓の領域だ。いや、構造自体は単純なのだが、魔道具師の絶対数が少ない事と、歪ともとれる形に整えられた外枠を作れる技術を持った鍛治師が少ないことで、製造されている魔道車の数は多いとは言えない。

加えて、操作にかなりの癖があり、動力が魔力であることも使い手を選ぶ要因の一つだ。魔力を貯める魔石を使ってはいるので多少楽にはなっているが、それでも動かすにはそれなりの魔力を使わなければならない。そして金額が高い。屋敷が二つくらい買えるくらい高い。簡単にまとめれば、力と財力を持つ貴族か、国でしか買えない物。それが魔道車だ。


「魔女の傑作、でしたね。興味深いんですが、俺には作れませんね」


開発したのは魔女の一人、ホウカだと言われているが、それも確かな情報ではない。


そんな独り言を呟くイトに、前から声がかかった。


「イト。やっと目が覚めたと思ったら何を言ってんのさ」


「ギン。……あぁ、そういえばいましたっけ」


「え? 起き抜けの暴言なにそれ!」


ギャーギャー言ってるギンの姿を見ることで、イトはやっと何で魔道車に乗っているかを思い出した。


ーー団長改造計画。


以前ギンが言っていた事である。何とも阿保らしい名前の計画を実行するため、ギンはまだ日が高いうちにイト工房にやってきて、


『イト。行くよー』


なんて抜かしたのである。常識外れもいいとこだ。


しかし、イトも伊達にギンと何年も付き合っていない。彼の奇襲癖にも慣れっこで、たいして動揺もせず、用意をして魔道車に乗り込んだのだ。


「全く。イトまで僕に暴言吐くようになったら、いい加減立場ないよ」


「すいません。王都では気をつけた方がいいですかね?」


ちなみに、運転手はギン。魔道車の取り扱いは国が認めたものしかできなかったはずだが、流石の副団長、といったところだろうか。


「いや、だいじょーぶだよ。何かの式とかなら話は別だけど、今回は私用だしね」


「ん。こいつに遠慮はいらない」


「ムムちゃん。いい加減、僕泣いちゃうよ?」


イトの隣に座っていたムムの言葉に、ギンはハンドルを握りながら一人涙した。


更に補足を加える。何故ムムが魔道車に同乗しているのかは、斧が見事に直り、現場復帰しようと王都に一緒に向かっているからである。彼女は魔道車を見るなり一言、


『乗せろ』


ギンとイトに逆らう力などなかった。立場やら実力やらを無視するなら……間違いなく、間違いなくこの場で一番の権力者はムムであろう。


この事実に戦慄したイトは声を上擦らせながら、言葉を捻り出した。


「ムムさん、ギンに乗せてもらっているんですから、もう少しお手柔らかに……」


「やだ。死んでもやだ」


イトの助け舟も関係ねぇと、ムムは即答した。……ついでに、前でギンが泣いてたりしたのだが、ムムが小さくした舌打ちによって沈静化していた。ムムさん怖い、イトは心の中で呟いた。


「…………」


「…………ぐす」


「……チッ」


……なんとも、形容し難い空気が車内を満たす。ギンは涙目だし、ムムはギンがいるだけで機嫌が悪いし、イトは内心オロオロしているだけだ。


いかん。この面子でまともに喋れるのはイトだけだと、彼は額に脂汗を流しつつ、


「……そ、そういえばギン。今日は仕事ないんですか? 朝から家に来てましたけど」


「え? あ、あぁ、そう。今日は非番だよー。団長は仕事だけどねー」


「クビになれ。そのまま」


「…………」


「…………」


ぶった切った。魔道車の上に乗せている斧を使わずして真っ二つにした。話の腰を。会話の流れを。


見事としか言えない手際にイトは息を詰まらせた。背を向けているから見えないが、ギンの肩が揺れている。多分、魔道車の揺れではないだろう。この数時間で、ギンの精神はゴリゴリに抉れていたのだ。


「……ぎ、ギン。騎士団の仕事は大変ですか? 工房にいると王都の情報があまり入ってこないので」


「……え? あ、うん。そうだねー。王都は平和だよ。大きな事件もないし、魔獣もでかいのは攻めてこないし……」


「何かしくじれ。そして路頭に迷え。くたばれ」


「…………」


「…………………………生きるのやめようかなぁ」


「ギン!!」


流石に言いすぎだ。イトはギンに生きてください! と励ましてから、ムムを睨みつけた。


「ムムさん! 言っていい事と悪い事があります! それくらい分かりますよね!」


「…………やだ」


ムムは顔をふいっと逸らす。子どもかい。あながち間違っていないかもしれないが。


「謝りなさいムムさん! それぐらいの分別はもっているはずですよ!」


「…………もってないもん」


口をすぼめ、徹底的に顔を合わせないムム。ギンはすでに苦笑い。イトは変わらず目を尖らせている。


「こっちを見てくださいムムさん! 人と話すときは何て習いました?」


「習ってない。知らない」


「嘘をつくんじゃありません! 俺が昔言ったはずですよ」


「…………言ってない」


「ムムさん!」


「…………ふんっ」


こうして口喧嘩するのは何年ぶりだろうか。基本的に仲の良かった三人組だったが、たまにこうして仲違いする事もあった。ギンとムムの喧嘩は実力行使なのが多かったが、イトが喧嘩をする場合は口喧嘩がほとんどだった。ギンは後ろで繰り広げられる光景を聞き流しながら、懐かしがっていた。


しかし、そんな喧嘩もそろそろ終わりを告げる頃合いになったようだ。今のイトは、例えるなら噴火寸前の火山。爆発する前に謝れば許してもらえるが、ここで駄々をこねると鎮火不可能になってしまう。そして、完全激怒状態のイトは噂に聞くイトの師匠でも止められないらしい。……ふと、そんな事を思い出したギンは過去を振り返り、ぞくっと背筋を震わせた。


「…………む、ムムちゃん、そろそろ謝った方が」


幾度もイトに土下座をした経験をもつギンは、ちょっと助けてあげようかなぁ、なんて思ってムムに助言を与えようとしたがーー、




「……分かりましたムム。意地でも謝らない気ですね?」




………あかん。ムムは顔を背けたままビクン、と肩を揺らし、ギンはこれからの惨劇を予想し、事態を聞きたくもないと、騎士団の中で一番の泣き虫の事を思い出していた。


尖らせていた双眸を緩め、いつも以上にニコニコするイト。口元に浮かべる笑みは、まるで母のような慈愛を感じさせるが、瞳が笑ってなかった。目が見えず、顔を背けているムムでさえ額に脂汗を浮かべ、指先が震えている。


「ムム、あなたは人に対して言ってはいけない事を言ってしまいました。それは分かりますよね?」


「…………し、しらな」


「分かりますよね?」


声音はあくまで柔らかい。しかし、そこにおよそ感情と呼べるものは一切含まれていなかった。


「い、イト? 私」


「返事は?」


「…………」


「ムム? 返事はどうした?」


「………………はい」


弁解させる事すら許さない。普段は自分の道をまっしぐらなムムでさえ、逆らうという選択肢はなかった。


「ムム、あなたはギンにくたばれ、と言いましたね? これはつまり、ギンに対して死ねと言っている事と、同義なのですよ? 分かります?」


「……は、はい」


「はい、はキチンと一回だ」


「……はい」


よろしい、とイトは満足気に頷く。


「ギンはギルドに入りたての頃に一からマナーを教えてくれた、恩人です。それだけではありません。魔獣との立ち回り、応急処置の仕方、想定外の事態への対応の仕方、色々ギンから学んだはずです。それなのに、その恩人に向かって死ねとは何事ですか?」


「…………はい」


「ムム、あなたは確かに強いです。ギルドランク六の俺とは比べ物にならないくらい強いです。……が、今の強さは自分の力だけで手に入れたわけでない事を、あなたも知っているはずですよね?」


「…………はい」


「ギンがいなければ、あなたは間違いなくランク八にはなれなかったでしょう。いえ、もしかしたら死んでいたかもしれません。昔のあなたは、自分の力を過信していたところもありましたから」


「…………はい」


「……さっきからはいばかりですね。自分の言葉で答えろムム」


「……ご、こめんなさい」


ビクン! と身体を跳ねさせるムム。恐怖で口が開けない、とは言えない。


「……まぁいいです。それより、あなたの過信を正してくれたのは、他でもないギンです。無闇やたらと突っ込むあなたを力ずくで止めてくれたのは、ギンでしたよね? 極端にいえば、ギンはあなたの命の恩人なのです」


「…………はい」


「その恩人に、あなたは何て言いましたか? 答えてください」


「…………」


「……答えろ」


「ひっ!……く、くたばれ。言った」


よくできました。イトは笑顔でムムの頭を撫でた。


「あなたはギンに酷い事を言ってしまったのです。恩人のギンを、傷つけてしまいました。では、あなたはどうすればいいでしょう」


「……あ、謝る?」


「そうです。ムムとギンの繋がりは、そうやすやすと切れるもののではないと、俺は思っています。そうですよね? ギン」


「はい!? ……あ、うん。そうだねー……」


いきなり振られたギンは、脳内で考えていた騎士団一泣き虫の訓練メニューの構築を中断し、慌て気味に答えた。


「そこまで分かったなら後は行動だけです。さ、ギンに謝ってください」


最早生き地獄のこの状況から抜け出すにはどうすればいいか。流石のムムでも理解していた。


「…………ごめんなさい」


「い、いいよムムちゃん。許したげる」


か細い声だったが、聞き逃す程ギンも空気が読めないわけじゃない。引きつった笑みで許すと、イトは満面の笑みで頷いた。


「うん。二人が仲直りしてよかったです。これからはあまり喧嘩しちゃ駄目ですよ?」


「そ、そうだねー」


「……………ん」


ハンドルを操作しつつ、ギンは思う。


イトの幼子に聞かせるような言い方、一から十まで何が悪かったのか説明してくれる優しさ、時折見せる荒れた口調。


二十を過ぎてこれらをやられるのは、精神的に結構クル、よねぇ。


ぐったり憔悴気味のムムを一瞥したギンは、ようやく王都の入り口が見えてきたことに、ホッと息をついた。

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