暇を持て余す魔道具師と来客
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展開はとてつもなく遅いですが、これからも続けていきたいと思います。
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「構わない」
「え?」
二人で仲良くテーブルを囲む昼時。本日のメニューは、ムム特製野菜入りスープとパンといった、質素なものとなっていた。
ここで驚きなのは、昨日カロアに教わったばかりだというのに、ムムはすでに新しいメニューに挑戦している、ということだ。元々ムムの覚えがよかったのか、或いはカロアの身をていした教育の賜物か。どちらにせよ、最近まで暗黒物質しか生み出せなかったことを考えれば、すごい進歩だ。
質素ながら十分に満足できる味のそれを食べながら、ムムはイトが別のことに驚愕してるなど露知らず、その問いに構わないと返した。
「何日でもいい。イトの満足いくように。それでいい」
「で、でもそれだと、ムムさんはその間仕事ができなくなりますよ? それでもいいんですか?」
「いい。休暇」
ハム。ムムはパンをちぎり、スープに浸しながら口に運んだ。ややスープを吸いすぎたのか、口の端からスープが垂れるも、彼女は気にした様子もない。
「それより腕。早く治せ」
「いや、完治を待ってたら本当に何日かかるか分かりませんよ?」
ナイフでパンを切るイトは苦笑した。魔法陣で治癒できるとはいっても、それはあくまで表面的なもの。イトの傷は、本来なら半月かけて、施術院にも通いつつ治療するような傷だ。いくら対処が早かったとはいえ、このままだとイトのいう通り、何日かかるか分かったものじゃない。
そんなイトの考えを知ってか知らずか、ムムはフン、と鼻を鳴らして言った。
「依頼人は私。私がいいならいい。気にしない」
「いや、そうは言いますが……」
イトがこうまで了承を渋るのは訳がある。基本的に戦いを生業とするギルド員は、その力と体、そして知恵を資本とする。知恵は一度蓄えられて消えないが、体や力はそうはいかない。
力は使わなければ鈍るもの。体も同じく、だ。同じ戦いを生業とする職業で、グルル王国には騎士団も存在するが、彼らの仕事は守る事が多い。国に攻めてくる魔獣の撃退、国内の治安維持、昔は戦争などもあったが、今の時代はどこの国とも友好関係にある。簡単に言えば、騎士団は受けの仕事が基本なのだ。
ギルド員はそういかない。騎士団のように仕事を待つのではなく、取りに行くのがギルド員の仕事だ。言うなれば、攻めの仕事。依頼さえあればどこであろうと向かい、どんな魔獣が相手だろうと戦って勝たなければならない。当然、依頼は魔獣討伐ものばかりではないが、依頼の半数以上を占めるのは魔獣討伐関連だ。
だからこそ、ギルド員は上記にあげた三つを大事にする。財産、と称しても問題はないだろう。魔獣との殺し合いで生き残るために、ギルド員はその財産を命の次に置いている。そしてそれは、ムムも同じだろう。
彼女はギルド員として名を上げている。だから、その力が鈍るのは職業生命に関わってくる事になるのだ。それがムム自身の問題ならまだいい。しかし、今回はイトの不注意が原因になっている。
「いい。しつこい」
が、ムムの考えは変わらない。彼女は最後の一欠片のパンを口に放りこむと、スープを皿ごと飲み干して立ち上がった。
「わらしはもうイトのふきしはつかへなひ。ははらまふ」
「いや、何言ってるのか分かりませんから」
イトがツッコムも、ムムは皿を持って、キッチンへ行ってしまった。バタン! と扉も閉められてしまい、ムムの姿は見えなくなる。つまり、二度言うつもりはない、ということだろうか。
「…………えぇ~……」
一人残された居間で、イトは間抜けな声をあげる。追いかけて問い詰めてもいいだろうが、あのムムが同じ事を言うとも思えない。それどころか、無理に訊けば返り討ちという名の制裁を与えられるに違いないだろう。ここ数日で、傷口に何度も攻撃を加えられている身としては、痛みに尻込みせざるをえない。
「…………………………はぁ」
ムムとは何年も付き合ってきているが、未だに理解し難いところがある。
イトは重々しいため息をつきつつ、残ったパンを口にした。
☆
ムムから仕事禁止令が下されたので、イトは一気に暇になった。斧の修復、というより作り直しも、当然ながらできない。店の表にも『休業中』と、看板を立てているため、元から少ない客は、尚更来ないだろう。いつものイトなら、客が来ない時は本を読んで暇を潰しているのだが、ムムの斧を手にかけているためか、ゆっくりと休んでもいられないのだ。それはあくまで、気分的な問題になるのだが。
カウンターで肘を立てつつ、本を開くイト。姿勢は変わらず、視線は文字に落とされているが、ページがまくられる事は一切なかった。
「はぁ……こんな事になるなら、さっさと施術院に行けばよかったですね」
ムムは工房にはいない。改めて傷を治すのに数日、斧の作り直しに二日はかかると伝えたら、
「そ。なら散策」
と言って、さっさとどこかに行ってしまった。散策というにはここら辺を見て回るのだろうが、残念なことに辺りは草原だ。見て面白いものなど、あっただろうか?
「まぁ、ムムさんですからね……」
彼女のことだ。ほとんど出ないとはいえ、魔獣が出ても問題なく倒せるだろう。仮に迷子になっても、視覚を持たない彼女なら帰ってこれるだろう。ムムは目が見えないかわりに、他の感覚器官が常人より遥かに発達しているのだ。それでどうやって視ているのか、イトには想像もつかないが、彼女が迷子になったという話は、これまで聞いたことがない。
まぁ、ムムがここにいたからどうという話でもあるのだが。
基本口数が少ない彼女といても、暇が潰れるとは思えない。そもそも話す話題もたいしてない。イトはパタリと本を閉じ、一つ伸びをした。
「んん……おや?」
背筋を反らし、溜まった空気を吐き出した時、店の扉が開き、一人の人物が入ってきた。
「よっ。元気かい、イト」
首元まで伸ばした金髪に、緩んだ目つき。白のシャツに紺のズボンをはき、腰には細長い剣を提げている。イトと似たような、人の良さそうな笑顔を浮かべた男が、片手を挙げてイトに挨拶をした。
イトはその姿を認めると、破顔して迎えた。
「久しぶりですねギン。お変わりないようで何よりです」
立ち上がり、椅子をカウンターの前まで置くと、イトは座るように勧めた。
「ありがとさん。そっちも、お変わり……って、あれれ?」
ギン、そう呼ばれた男は椅子に座ると、腰に携えていた細長い剣を外して置いた。と同時に、イトの左腕に巻かれた包帯に目を止めた。
イトはその視線に気づくと苦笑した。
「まぁ、ちょっと色々ありましてね。丁度暇してましたし、あなたの用件を聞きがてら、こっちの話も聞いてくださいよ」
イトの申し出に、ギンは笑顔で頷いた。