娘さん視点
私が住む国には変わった伝統がある。
王族に新しい子が生まれたらその時一番の占術師に伴侶を占わせる。
伴侶とされた者と結ばれれば国は繁栄する。まあほとんど伝統なだけで無理やり結ばせるということはしない。
伴侶候補の恋愛を邪魔してはいけないという規定もあるらしく、他に好きな人間がいると申告すれば即刻王宮から出られる。
私は一般庶民だけど、第一王子の伴侶に占われた。
そんなわけで、15歳から20歳までお互いを知るためにという理由で私は王宮で暮らしている。
ちゃんとした教育も受けられるので、結婚しないとしてもそれなりの職には就けるはずだ。
王子の方も絶対私と結婚する、なんてことは思ってないので結婚しなくてもなんの問題もない。
だと言うのに私は…恋をしてしまった。
王子…ではなく国王に。
現国王は36歳で王妃は数年前に亡くなっている。
仲は良かったそうで今でも王は新しい王妃を迎えていない。
私は知ってる。
あの方がまだ亡くなった王妃様を愛していることを。
私は今18歳。
あと2年ここにいる権利がある。
あの方のそばにいられる権利。
でも私はそれを放棄する。
こんな虚しい片思い、早く断ち切ってしまった方が傷は浅くてすむ。
…もう手遅れかもしれないけど。
「慕う方がいます」
1年前に職を辞して田舎に帰った騎士に焦がれているという設定にして王宮を去ることにした。
城下町の実家に帰るまでの短い道のりについてきたのは、友人になった騎士の男。
一応騎士団副団長という偉い立場のはず。
「なんであんな嘘ついたんだ?」
「嘘じゃないわ。決めつけないでよ」
「じゃああいつのどこに惹かれたんだ?言ってみな、好きなんだろ?」
にやにや顔が腹の立つ。
「容姿よ」
「ほーう」
「人格も好きね」
「ははっ」
「なによ」
「お前あいつのこと覚えてないだろ。あいつの見てくれは、悪いが褒められたもんじゃねえよ。熊みたいな大男だぞ?性格は朴訥として純粋、ちょっと小心者で女性は苦手。ほら、お前の好みからかけ離れてんだろ」
全く覚えてなかった。そんな人だったっけ。
「ほら吐いちまえよ」
「…好みが変わったのよ!」
「ふーん」
そこで一旦黙る。
このおしゃべりな男が黙るときは何かを考えている時だ。
「なんで諦めるんだよ」
「は?」
諦める…だと?まさかこの男私の気持ちをしってたの?
「お前らしくないんじゃね?」
「…あんたにだってわかるでしょ。相手にされるわけないじゃない」
「そうかー?」
「…あの人は私のことなんて娘くらいにしか思ってないわよ!そうよ、私は逃げたのよ、それの何が悪いの!?振り向いてもらえないなら諦めるしかないじゃない!!」
堰を切ったようにこらえていた言葉が飛び出す。ヒステリックに叫ぶ今の私はとてもあの人に見せられたもんじゃないな。
「娘って…お前、国王が好きだったのかよ」
生まれて初めて殺意を覚えた。
「…」
「睨むなよー。ちょっとしたカマかけだろ?…でもそうかー、なるほどねー」
「誰かに言ったら殺すわよ」
「おおー怖っ。言いふらしたりなんかしねえよ、約束する」
「絶対だからね。…ああ、もう着いたわ。ありがと」
「おう。じゃ、元気でな」
「あんたもね」
「おっと、そうだ。これからどうすんだ?」
「知り合いが手伝いとして雇ってくれるから、明日にでも行くわ」
「それどこ?」
「何で言わなきゃ…」
「いいだろー。で、どこ?」
「…山向こうの街。店自体は街から外れたところにあるらしいけど、詳しくは知らない」
「そうか。じゃ、元気でなー」
ひらひらと手を振り、あっさりと奴は来た道を戻っていった。
これから私はあの人を忘れて生きていく。
忘れて…生きていかなきゃいけないんだ。
3年ぶりに帰った我が家。
自分の部屋もどこか冷たくて、私の居場所はここじゃない気がした。
私がまずしたことは、暖炉に火をくべることでも埃っぽい部屋を掃除することでもなく。
冷たいベッドで思いっきり泣くことだった。
ひとしきり泣いた後、夜遅い時間ということは分かっていたけど、私は行動を開始した。
もったいないので晒すことにしました。