天使のお仕事
――はい、次の方ぁー
長い長い行列が僕の目の前にある。
この行列、全部一人でさばかなきゃいけないのか…
思わずそう思ってしまうほどには、長ったらしい行列だ。正直、終わりが見えない。どうやら、どれだけさばいても、次から次へと増えていっているらしい。僕はみたことがないけれど、行列の整理をやっている友人の話だから、確かだと思う。これが全部死人だっていうんだから、下の世界はよっぽど危険な世界なんだろうな。
「あの、私は」
――はいはい、次の方ですね、一応聞いておこうかな。何か覚えてることはある?
だいたいの死人は何も覚えていない。当たり前だ、死んでしまったんだから、すべてはリセットされる。僕は死んだことがないから知らないけど、だいたいの人は下の世界との境界を越えたあたりで忘れるみたいだ。たまにほんの少しだけ覚えてる奴らは、境界のあるあたりで頭が痛くなったっていう。それで何かを忘れたんだ、自分は何を忘れたんだ、そう僕に尋ねてくる。僕はいつも答えない。うるさいやつがいたときだけ、こう答える。必要のない何かですよ、って。まぁ、どうせこいつも何も覚えてないんだから、こう、マニュアル仕事でつらつらいろいろ考えながらできるんだよね。
――はい、何も覚えてないんだな、じゃあ、この水晶に手をかざして
「いえ、ですから、私の名前は美里ですし、ほかにもいろいろ覚えています。ここは何なんですか?」
――覚えてることあったのか…ん?名前…名前!?
「はい、美里といいますけど、それが何か」
驚愕だった。基本的に名前や住所などといった個人を特定し得るものは、境界を越えたときに一番始めに忘れるものだ。今までの経験上、間違いはない。そんな簡単に個人が特定できるなら、僕や同僚たちの仕事は必要ないのだから。
僕ら天使の仕事は、いわゆる、死者の受け入れだ。誰が死んだのかを調査して特定し、その過去を調べる。調べた過去を簡単にまとめて、裁判を担当する悪魔に手渡す。その中でも僕の仕事は死者の特定だ。正しくいうと、死者を特定できるまでの情報を、特殊な水晶を使って手に入れる。この美里?とかいう死者にいったように、水晶に手をかざさせるだけの簡単な仕事だ。
それが、名前を覚えてるだって?僕らの仕事全否定じゃないか!っていやいや、そうじゃない!
異常だ…!
この死者は本当に死んでるのか?それは僕の考えることじゃないな。でもこのまま通していいのか?生者を通したりなんかしたら、責任問題だぞ…。とにかく話を聞かないと何も始まらない。
――とりあえず、お話を聞かせていただいても?
「そうですね、いろいろお聞きしたいこともあるし…」
僕が話したことはこうだ。
ここは死者が来る場所で、下の世界ではあの世と呼んでいるところである。僕たちが境界と呼んでいるあたりで、普通のやつは大概の記憶を失う。まれに覚えているやつもいるが、個人を特定できるようなことは覚えていない。僕たち天使は、ここで死者の受け入れを行うのが仕事で、僕が知る限り今まで一度も、名前を覚えたままここにやってきたやつはいない。
だいたいこんなことを言った。ここが、あの世…。そうつぶやいた美里はだいぶ混乱しているようだった。これじゃ話を聞けるのは大分先かな。別室に案内して、落ち着かせた方が良さそうだ。上司に報告する必要もあるし、僕も少し考えたかった。今日のノルマもまだ大量に残ってるし…うん、そうしよう。
――混乱しているようだな、僕もまだ仕事があるし、しばらく別室で休むといい。
「あ、はい、ありがとうございます…?」
僕は美里を別の部屋に案内し、上司に美里のことを報告し、それから仕事に戻った。美里のことは、どうせ上司がなんとかするだろう。またマニュアル仕事が始まる。長い長い列に、思わず溜息が漏れるが、僕にはどうしようもない。気分を切り替えて、いつものように次の死者を呼ぶ。
――はい、次の方ぁー