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心に虹を架けて  作者: 宙埜ハルカ
第一章:風を感じて
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#01:出会いは初夏の風と共に

このお話は、以前ブログで「風を感じて」というタイトルで連載していたお話を、大幅に改稿してお送りします。

R15は恋愛小説なので、保険のために付けました。当分はそのような展開はありません。


2012年1月27日再び全面改稿しました。よろしくお願いします。

 校門から続く桜並木がすっかり緑に染まった梅雨前の6月の初め、友人との待ち合わせの時間に遅れているのが気になって、いつもなら通らない植木の中の近道を通り抜けようとした。その抜け道は結構人が通るのか、その部分だけ獣道のように向こう側の通路まで続いている。


 私は焦っていた。

 それは、約束の時間を20分も過ぎていたから。

 日本文学講座の教授から、次回のプレゼンの資料を教授室まで取りに来てくれと言われ、授業後に取りに行っていたせいだった。

 せっかちな友人はきっと不機嫌になってる。

 教授室を出た時に彼女の携帯を鳴らしたが、話中だった。こんな時に限って……と心の中で舌打ちすると、とりあえず「少し遅れる」と一言メールを送り、駆け出した。

 

 ここを抜けるといくらかショートカットできる。

 普段しない近道をするため、腰まであるつつじの植木に囲まれた木立の中を駆け抜けようとした。そして、あっ、と思った瞬間、木の根っこにつまずき、派手に転んでしまったのだった。


「痛っ!」

 肩にトートバックをかけ、片手にさっき教授から預かった資料の入った紙袋、もう片方に携帯電話を持っていたせいか、うまく手をつく事ができず、カバンも紙袋もぶちまけ、膝と腕を強打した。かろうじて顔は守れたが……。

 しかし、しばらく何が起こったのかわからず倒れた姿のまま動けなかった。ほんの数秒のことだったと思うが、前から来た人に声をかけられ、はっと我に返った。


「大丈夫ですか?」

 人に見られた!

 その恥ずかしさで、あわてて飛び起き、散らばった資料とカバンを拾い上げ、「大丈夫です」とぺこりと頭をさげ、まともにその人の顔も見ず、駆け出した。

 手にしていた携帯電話をいつの間にか手放していた事に気づかずに……。



 待ち合わせの学食の前に友人の松本有里(まつもとゆり)がいた。携帯で誰かと電話している。

 やっぱり長電話してるから、話し中だったんだ。

 そう思いながらも、遅れたのはこちらの方で、私は走る速度を緩めず、息を切らして「有里、待たせてごめーん」と彼女の前まで走り込んだ。

 電話をしながらこちらを見た有里は、明らかにホッとした表情をし、自分達の声が相手に聞こえないよう携帯のマイク部分を手で押さえると、「加奈、携帯、落とさなかった?」と訊いて来た。


「えっ? 携帯?」

 有里の唐突な問いかけに驚きながらもトートバッグの中を探し、携帯電話が無い事に気づき、「無いよ」と泣きそうになった。


「加奈の携帯に電話したら、携帯を拾ったって人が電話に出て……」

 有里が、声を潜めて「男の人よ」と言いながら、携帯を差し出してきた。

 えっ? 男の人?

 

 何がなんだかわからないまま、有里の携帯を受け取った加奈子は、恐る恐る「もしもし……」と電話に出た。

 携帯電話の向こうから聞こえてきた声は、丁寧な語り口調の優しい低音。どうやら、さっきの抜け道で転んだ時に落としたらしい。


「あ、ありがとうございます。すぐに行きます。今どこですか?」

 電話に出るまでは訳がわからず、なんとなく怖いような胡散臭いような……と思っていたのに、彼の一生懸命な説明の仕方に誠実さを感じた。そして、さっき転んだ場所で待っていてくれるとの事なので、有里と一緒にすぐに向かう事にした。


「ねーねー、加奈。信用していいの?」


「大丈夫だと思う。私が転んだ時に声をかけてくれた人みたいだし……」



 通路から茂みの中の抜け道に曲がった時、木立の中に木を見上げている長身の男性がいるのが見えた。背が高い割に顔が小さく、モデル体型?


「加奈、彼かしら? 背が高くて、ちょっとカッコイイじゃない!」

 その男性は遠目でも、眼鏡をかけているが整った顔立ちをしているのが分かった。


「もお~有里ったら、すぐそうやって品定めする!!」

 私は、有里のはしゃぐ声を(いさ)めながら、さっき転んだ事を思い出し、見られた恥ずかしさがよみがえってきて落ち着かなくなった。


「ねぇ、有里から声をかけてくれない?」

 私は足を止めて有里の方に向き直ると、こんな時に頼りになる友達に懇願した。ただでさえ男性が苦手な上、先程転んだのを見られたと思うと、このまま逃げ出したい程なのだ。


 その時、二人に気づいた彼が、ゆっくり近づいてきた。

 ああ、本当にカッコイイ人だ。

 優しく微笑む彼に見惚れそうになったが、どんどん近付いて来たので我に返り、思わず有里の後ろ回って、彼女の背中を押した。


「もう~加奈の携帯でしょ!」

 そう言いながらも有里は、彼の方に向き直ると笑顔を見せている。こんな時有里は誰とでもフレンドリーに接する事が出来る。


「すいません。携帯を拾ってくださった方ですか?」

 有里は先程より少し高めの余所行きの声で、二人の前まで来て立ち止まった彼に話しかけた。

 彼は、「はい」と言いながら、有里の斜め後ろにいる私の方へ携帯を差し出した。


「これはあなたのですね」

 彼が、女性なら誰もが見惚れる極上スマイルで私を見ている。

 私は一瞬、フリーズしていた。


「あ、ありがとうございます」

 あの転んだ時に顔を見られていたんだと思うと、頭に血が上ったように急に顔が熱くなった。それでも、慌てて頭を下げながらお礼を言うと、携帯を受取った。

 私の事、覚えていたんだ……ちょっと嬉しい。


「転んだ時に怪我をしたみたいだね。血が出てるよ」

 彼が私の腕を指差して、少し眉間にしわを寄せた。私は彼の長い指の先へと視線で辿った。


「あ、やだ……」

 今頃になって転んだ時の痛みが甦ってきた。血を見て思わず顔をしかめる。するといきなり彼が私の怪我をしていない方の手首を掴むと、「早く手当てをしないと」と引っ張っていく。


「たいした事無いから、大丈夫です」

 彼の突然の行動に、私は驚き、慌てた。それでも彼は長い脚でどんどんと歩いて行くので、私はは引っ張られるまま小走りでついて行くしかなかった。


「あっ、待って、どこへ行くの?」

 有里はいきなり目の前から親友が連れ去られて行くのに驚き、慌てて後を追いかけてくる。


 しばらく行くとフェンスで囲まれたテニスコートの横に、水飲み場があった。彼は水道の蛇口に近づき、私の腕を持って傷口を洗い流してくれた。


「僕の弟がね、傷にばい菌入って化膿して大変だったんだよ。だから、早く処置した方がいいと思って……」

 彼は強引に引っ張って来た訳を説明し、ポケットティッシュで周りの水をふき取って、バンドエイドを貼ってくれた。


「これでいいですね」

 手当ての終わった彼は、安心したように優しく笑った。その笑顔にドキッとしてしまい、慌てて「あ、ありがとうございます」とお礼を言うと、彼は私の慌てぶりが可笑しかったのか、クスッと笑った。私は彼のその柔らかい微笑みに、又頬が熱くなるのを感じていた。

 男の人にこんな風に接してもらった事がなかったからか、鼓動がドンドンと早くなっていくのが分かる。どうにもコントロールできない自分の反応に戸惑う事しかできなかった。


「あの~何学部の方ですか?」

 有里が、いつものように親しげに彼に問いかける。その積極性が羨ましいけれど、今はなんとなく二人の間にあった空気を壊されたようで面白くなかった。


「僕は台湾からの留学生です。」

 え? 留学生? そう言えばこの大学は留学生のための日本語と日本文化を学ぶコースがあったっけ……。

 でも、日本語で話してる。


「えー? 日本語お上手ですねぇ」

 同じように驚いた有里は、素直にそれを口にした。


「母の方の祖母が日本人なんですよ」


「あ、そうなんですか……それで、日本語がお上手なんですね。あの、私たちはこの大学の2年生なの。私は経済学部の松本有里です」

 有里は嬉しそうに自己紹介した。そして、催促するように有里が肘でつつくので慌てて「あ、私は……文学部の山口加奈子です」と私も自己紹介した。

 彼は優しく微笑みながら「ユリさん?」「カナコさん?」と一人一人指しながら尋ねた。「そーです」と、とっておきの笑顔で答える有里の横で、私はいつもの反応がドンくさい自分に苛立ちながら、笑うタイミングを逃してしまい、ただ頷く事しかできなかった。


「僕はチェンと言います」

 チェン? 

 ああ、やっぱり日本人では無い名前だ。って、当たり前だよね。


「チェン君ですか? 私、留学生の人と話をしたの初めてなの。よろしくね」

 有里は初めてと言いながらも、いつものように笑顔で会話を続けている。

 有里はどうしてあんなに自然に会話ができるんだろう?

 はぁ~、私ってダメだよね。いつも男の人を前にすると緊張しちゃって……ましてや外国の人だと思うとよけいに……。

 でも、こんなにいろいろお世話になったのに、お礼言うだけでいいのかな……何かお返しできないかな……。

 

「それじゃあ、午後の講義が始まるから……」

 そう言って彼が立ち去ろうとしたので、私は鞄の中に入っていたキャンディを一掴み取り出すと「今日はお世話になりました。これお礼です」と言いながら差し出していた。


「加奈~大阪のおばちゃんじゃないんだから……」

 横から有里が呆れたように突っ込みを入れる。

 それでも彼はちょっと驚いた表情を見せた後、すぐに両手を差し出すと笑顔でキャンディを受取ってくれた。「どうもありがとうございます」と丁寧にお礼を言って……。


「こちらこそありがとうございました」

 私はまた深々と頭を下げて、去ってゆく彼を見送った。横では有里が「又見かけたら声をかけてくださいね!」なんて、機嫌良く手を振っている。

 私は、彼の後姿を見つめながら、心の中に爽やかな初夏の風を感じていた。


新連載を始めました。

これも虹シリーズの一つです。

「いつか見た虹の向こう側」同様、このお話の中にも「にじのおうこく」という絵本(児童書?)が出てきます。

どうぞよろしくお願いします。

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