プロローグ
その瞬間、世界が、大きく開けた。
街外れに広がる、美しい森。その奥に隠されていた、意外な世界。
そこでは、天から降り注ぐ光を存分に受けて、大きな桜が、沢山の花を咲かせていた。
しかし、平野に咲くそれは、春の桜ではなく――、
「コスモス……」
ぽつり、と。コスモス畑に足を踏み入れた少女が、胸に手を置き、呟いた。
白いフリルの愛らしい漆黒のワンピースがよく似合ったその少女は、自慢の栗色の長い髪をくるり、くるりと指先に遊ばせながら、ゆっくりと、平野の奥へと足を進ませる。
どこまでも広がる、コスモス畑。咲き乱れる、秋の、桜。
土緑色の茎から、幾つも幾つも伸びている深緑の葉が、まるで、
高台から見える、海の、煌めきみたいだよね。……なんて言ったら、言い過ぎかもだけど。
太陽の光にきらきら、とっても、綺麗。
緑の絨毯の上に、鮮やかな花飾りが添えられて。風に揺られて、楽し気な香りが漂う。
心が、まるで踊らされるかのよう。
「えへへ……っ、」
まさかこんな所に、こんなステキな場所があっただなんて。
美言ったら、凄い発見しちゃったもんねっ! と、少女は少しだけ悪戯っぽく、黒い瞳を輝かせた。
深緑の海に、美言の姿が溶け込んでゆく。
また秘密が、一つ増えちゃったもんねっ。
美言がこの月代の街に住み始めてからは、もう五年の歳月が経つ。彼女の愛するこの街の秘密は、美言の中にいくつも秘められて大切に隠されていた。
一面の桜。一面の秋の大きな桜。
世界に、白色フリル模様の黒い花が一輪、ふわりと咲いた。緑の海に舞う桜の花弁の中で、ワンピースを風に遊ばせた美言が、くるりと笑顔の花を開かせる。
ねえっ。
白いコスモスの花言葉は、美麗、純潔、優美っ。ねえ、美言にピッタリな花言葉じゃない?
美言の指先に触れられて、白い桜が優雅に頭を下げる。
ピンクは、少女の純潔ねっ。
美言は高いんだもんねー、と話しかけられて、ピンクの桜が苦笑する。
それから、紅は、調和に、愛情っ!
じっと見つめられた紅い桜が、美言を静々と見つめ返す。
「ほんっとうに、綺麗……」
くすくすと笑いながら、コスモスの間を、花から花へと飛び回る。
ねえ。知ってる?
誰にとも無く、問いかける。
オトメには、秘密が、たーくさんっ。ね、この場所は、誰に教えてあげようかなっ。
秘密はね、大切な人に、こっそり教えてあげるの。秘密は、大切な人としか、共有できないもんねっ。
だから。
今度先生の体調が好い時に、一緒に、ピクニックしに来ようかな。
「そうしたら先生、喜んでくれるかなぁ」
秋桜の海を、風が天へ向かって駆け昇って行く。
そのくすぐったさに促されるかのようにして、美言は、青く高い空を見上げて、更に微笑を深くした。