愛妹弁当
「坂本くん お蕎麦屋の割引券まだあるんだけど 行かない?」
同期の大沢 千秋隣の部署から顔をだした。
新人研修で一緒になって以来 たまに 昼を一緒にしている。
「ああ 今日は弁当があるんだ。」
「え? まさか 自分で作ったの?」
俺の机の上に出された弁当包みを見て 目を丸くする千秋。
「こいつね 先月から 妹と同居してるからね。 大沢くん 良かったら 俺一緒に行くけど。」
と 黒田先輩が立ち上がった。
「黒田主査 いつもお肉系でしょ? お蕎麦なんて 物足りないんじゃないですか?」
と千秋が苦笑すると
「大丈夫 蕎麦だけじゃなくて 他にも注文するから。」
俺は おもむろに包みを解いて 蓋を開ける。
「わぁ すごい! 色々入ってる~ ・・・優しい子なのね 妹さん。」
と弁当を見て 千秋は褒めてくれたので
「ああ まあ 高校生だけど 料理はある程度作るかな。」
と 何でも無いように答えた。
だが
「なーにが ある程度だよ。 こいつ 昔ッから 妹のことになると ベタ褒めで 今朝も 美幸の味噌汁が美味くってとか アイロンのかけ方が上手だから 着心地がいいとか 煩い 煩い・・・」
と 黒田先輩に暴露される。
「ちょっ 先輩 そんなに 俺 言ってないでしょ?」
「言ってるよ 美幸ちゃんが来てから ほぼ毎日 妹自慢を聞かされてる。」
呆れ顔で 黒田先輩は ぼやくが 少し大袈裟だと思う。
「へえ・・・ 坂本くんって シスコンだったんだ。
マザコンではないなとは 思ってたけど こんなところに落とし穴があったか。」
「は? なんだよ 落とし穴って。」
「営業部のエースでイケメン 身のこなしもスマート。
しかも 彼女はいない。
狙っている女の子は 結構 いるのよ。」
そう言う大沢千秋こそ 飾らない性格とモデルのような容姿で 目をつけている男性社員は多い。
「狙われてるなんて 感じたこと 一度もないけどね。」
俺は構わず 美幸特製愛情弁当を食べる。
(う・・・まい)
「あ~あ にやけた顔しやがって。
無駄 無駄 大沢君。
君が日参しても とんと気づかないこいつはほっといて 昼に行こう。」
黒田先輩は 時計を気にして 千秋を急かすのだが 千秋は尚も
「ねえ 妹さん いつまでいるの?」
と 聞いてくる。
なぜ そんなに俺の妹に こだわるのか?
「いつまでって とりあえず 高校卒業するまでだろ?」
「え・・・ じゃあ しばらく 同居ってこと・・・?」
「ああ こっちの第一志望校に 合格してたんだ。Y高だぞ すげえだろ?」
「それも3回は聞きました。こいつの妹の話なら 俺がエンドレスで聞かされてるから 教えてやるよ。」
そう言って 黒田先輩は半ば強引に千秋を昼にと連れ出した。
一人残ったおれは じっくりと 美幸の弁当を楽しめた。
(シスコンか・・・ 当然だ。 美幸を妹に持って シスコンにならない奴がいるなら お目にかかりたい。)
帰り 俺は 空の弁当を鞄に入れて ケーキ屋に寄る。
「えっと 抹茶ロールに 抹茶プリン・・・ どれがいいかなぁ。」
もちろん 美幸のお土産である。
毎日 買って帰るわけではないが 今日は弁当を褒められたという口実ができたし・・・
「太るじゃない~~」
と言いながら 嬉しそうに食べる美幸を見るのは楽しいのだ。
「坂本くん・・・?」
「よお 千秋 なあ どれが美味いかな?」
「めずらしいね スィーツの店に立ち寄るなんて。」
「ああ 俺が食べるわけじゃないよ。」
「やっぱり妹さんにかぁ・・・ かなり重症のシスコンね。」
「別にいいだろ? なあ やっぱり この抹茶DXにしようかな。」
「こちらの抹茶DXですね?」
店員が トングを構える。
「ちょっと これから 晩御飯食べた後に それはキツイでしょ?
いくら高校生だからって 太ったら 妹さんに 恨まれるわよ。」
「う・・・ そ そうかな?」
「こっちの 抹茶白玉黒蜜がけ でいいです。」
「え? これかぁ なんか 地味じゃないかな・・・」
「一番カロリーが低いでしょ? そういう方が 喜ぶわよ。」
550円のDXから いっきに380円へと 節約にもなった・・・
「ねえ 今度 その美幸ちゃんに会ってみたいな~。」
「なんで? 別に普通の高校生だよ・・・」
「Y高校に一発で入って お兄さんのためにお弁当を作る女の子が普通?
そうかな~?
今日 黒田主査から聞いたところによれば 色白で可愛い子なんですってね。」
「俺そんなことまで 言ってたかな・・・」
とにかく 今は 美幸のことで頭がいっぱいだから つい口に出してしまっているのかもしれない。
「今週の土曜日に 美幸ちゃんを誘って TDL行かない?」
「ディズニイーランドぉ? あいつ 行くかな・・・?」
「行くわよ。ね じゃあ またメールするから。」
「ああ じゃあな。」
自分のマンションが近付いてきて その部屋に明かりがついていることの嬉しさ・・・
こんな幸福が 永遠に続いてくれたらって思う。
「ただいま。」
「お帰りなさい 兄さん。」
髪をポニーテールに結んで エプロンをつけた姿は 本当に食べちゃいたくなるほど可愛い。
「はい お土産。」
「兄さんったら 気を使わないで 私自分の分を作るついでに作っているだけなんだから。」
「今日はお前のお弁当褒められたから そのお祝いだよ。」
「はずかしいな・・・ あんなあり合わせのお弁当なのに・・・ あ 白玉だぁ! 嬉しい 私これ大好き。」
箱を覗いた美幸は歓声をあげた。
「そ そうか? もっとクリームとか フルーツとか いっぱい載った方がいいのかと思ってたけど・・・」
「そういうのも好きだけど カロリー高いでしょ? ありがとう兄さん。ご飯の後に戴くね。」
「千秋の言うこと聞いてよかった・・・」
俺がふと漏らした呟きが聞こえてたのか
「誰ですか? 千秋さんって・・・」
「ああ 同期の女の子なんだ。 美幸の弁当褒めてくれた人だ。
そういえば 美幸に会いたがってて 今度の土曜日一緒にTDLに 行かないかって 誘われてるんだけど 行けるかい?」
「その人って・・・兄さんの恋人ですか?」
じっと 美幸は俺を見上げる。
「ただの同期だよ。黒田先輩が あんまりお前のことを彼女に吹き込んだらしくって ものすごく出来る妹だって 興味もっちゃったのかもな~。」
「兄さんったら その人は あたしを口実に 兄さんをデートに誘いたかっただけなんじゃないですか?」
なぜか 機嫌が悪い 美幸。
「え・・・? そんなことはないと思うけど・・・」
たしかに なんで わざわざTDLなのかとも 思ったけれども・・・
だが
「いいわよ。土曜日 行きましょう。TDL。」
と美幸はにっこりと笑って応えてくれたので 俺は少しホッとした。
「兄さん・・・ その千秋さんって どんな人なんですか?」
「千秋か? そうだな 経理課で 沖縄出身なんだけど ハーフなのかなぁ 背は高いよ。」
「背が高くて ハーフですか・・・」
「あ 入社式の写真があるけど 見るかい?」
「見てもいいんですか?」
少し美幸が身を乗り出す。
「ああ そんなに大きくは写ってないけど。」
俺は 引き出しから 集合写真を出して 見せる。
「・・・もしかして この人?」
「ああ よくわかったな。」
「だって 凄く綺麗だもの・・・ 兄さんに対して そんな風に 積極的になれるなんて きっと凄く自分に自信のある人だわ。」
「ど どういう意味だよ。 まあ 美人っちゃあ 美人かもな。」
東京ガールズコレクションとかで舞台に立っていそうなタイプではある。
「スタイルもいいし・・・
いいな 背が高くて 顔も小さい・・・」
美幸とはまったく違うタイプかもしれない だが 千秋なんかより美幸の方が 俺にとってはタイプだ。
「千秋はそりゃあ かっこいいかもしれないけど 美幸の方が断然かわいいって。」
と 俺が言うと
「子供っぽいとかじゃなくて?」
「千秋は 23歳なんだぞ 比べるのがおかしいだろ?」
「でも・・・」
「俺は 美幸の方がずっと 好みだな。」
「え?」
美幸の大きな目が 長い睫毛をパチリとはためかせる。
(うっ・・・つい 本音を口走ってしまった・・・)
「い いや 俺はあまり背の高い子より 小さい女の子の方がタイプだなってことだ。」
「う うん。」
変なことを言って 汗っかきな俺は どっと 脇が湿ってきた。
「風呂に入ってくる。」
「はい・・・」
通り過ぎた美幸の耳が赤い
あまり 変なことをいうと
「兄さん なんだか キモいから やっぱり一緒に暮らせません・・・」
なんて ことになりかねない
この幸福な日々を
少しでも長く保つため
重々気をつけねばならない・・・と俺は思った。