抹茶クレープ
「暑い~~っ」
バイトが休みの今日は
ひさしぶりに街に出て 本を(ちゃんとした経済誌で エロ漫画の類ではないので念のため・・・)買ったり 友人と会ったりしてきた。
今年の企業の求人状況は かなり厳しくてこの時期こうしてのんびりしていられる学生はごく一部である。
俺が特に優秀というわけではなく
ただ 単に内定先の企業にサークルの先輩がいて 推してくれただけだと思う。
とにかく 大学4年のこの夏を 俺はお気楽にすごしていたのである。
午後 電車に乗ると 制服姿の学生達が多く目に付き
(ああ 美幸の制服と同じだな・・・ 学校って この辺りだったか)
と思い出した。
キョロ
つい 気になって 周りを見回すが 混雑している車両は 小さい美幸を見つけ出すことなど不可能な話だ。
だいたい この電車に乗っているとは限らないし
こんな 年上の義兄がいると 周りに知られるのは 嫌かもしれない。
俺は 電車の揺れに任せて ぼんやりと街並みを眺めていた。
「もう~全然できなかったよ~ 年号覚えられない。」
「マジむかつくね あのややこしい 問題。」
そういえば 美幸も最近テスト勉強していたかもしれない。
時々 わからなくなると部屋を訪ねてきていた。
ゲーム機もクローゼットにしまって 試験中は やらないようにしているようで
俺の中学生の頃と違って 真面目な子である。
プシューッ
ホームに出て 人の流れに乗り 改札を目指していると
ギュッ
とシャツを後方に引っ張られた。
「な・・・美幸。」
「めずらしいですね。お出かけなんて。」
外で見る制服姿の美幸は 普段見慣れているはずなのに 俺をどぎまぎさせて
一瞬 言葉につまる。
そんな 俺の戸惑いに気づかない義妹は 俺の横を並んで歩く。
「勉強教えてくれて ありがとうございます。テストなんとかなりそうです。」
「そう 良かったね。」
俺達二人は 傍から見たら どう見えるんだろう・・・
10センチほどの距離
丁寧な口調
(ああ そうか 家庭教師と生徒ってところかな・・・)
そう思いつくと 少し気が楽になった。
「暑いよな~今日は 集中できたかい?」
「私 割と暑いの平気なんです・・・ 義兄さん 結構汗かいてますね。」
駅を出て また暑くなったこともあるが 義妹と外を並んで歩くという 別な意味での緊張も汗を引き出す要因になっているらしい・・・
「ああ そうだな。早く帰ってシャワー浴びよ。」
俺は少し早足で歩く。
「ま 待って 義兄さん。」
小走りに追いかけて来た義妹
「あ ごめん つい。」
身長差30センチはあるかもしれない義妹が 俺が早足になると追いつけるわけなかった。
「ねえ 義兄さん そこに 寄って行きませんか?
私 奢ります。 勉強教えてもらった お礼がしたいです。」
21歳の俺が 中学生の義妹に奢ってもらうわけにはいかない。
「いいよ そんなの気にしなくても。」
「駄目です。家まではまだ15分も歩かないとならないでしょ?」
美幸は俺の手を取り 強引に引っ張った。
「・・・わかった じゃあ 俺が奢るから 寄って行こう。」
「え それじゃあ お礼になりません。」
「いいよ。いつも おいしい手作りの晩御飯食べられるようになったのは 美幸のおかげだから 俺の方が本当はお礼しなきゃ いけないんだ。」
「義兄さん・・・」
真っ赤になって 照れる美幸は本当にかわいい。
だが 店に入って 俺はひどく後悔することになる。
「美幸~ 誰? その人ぉ~」
「背高い~ 大人~♪」
「私の兄さんだよ。」
「キャー なんか いい男。」
俺は逃げ出したくなったが 義妹がニコニコ楽しそうなので ぐっと堪える。
「あんまり似てないんだね~ 美幸は丸顔だけど お兄さんはもこみちみたい~~。」
(もこみち? 誰だそれは・・・)
「そう? そういえばそうかも・・・」
と 美幸が照れ笑いをしているところを見ると そう変な奴ではないらしい。
「美幸 ・・・とりあえず 座ろう。」
俺はキャピキャピ騒ぐ女子中学生達のエネルギーから逃れるように 店の隅っこの方の席を目指した。
「はい じゃあね。」
転校してきて半年
どうやら 新しい学校でも何とかやっているようで 俺は内心ほっとしていた。
「ごめんなさい 義兄さん。うるさかったでしょ・・・?」
「そんなことないよ・・・ ただ美幸以外の あの位の年頃の女の子となんて 話す機会がないから 戸惑っただけ。」
「そうか 怒っちゃったかと思いました。」
ほっと胸に手を当てる美幸。
「怒る? 俺は 美幸に腹をたてたことなんて ないよ?」
「うん そうですよね。 義兄さんはいつも優しいもの 怒ったところなんて 見たことないのにごめんなさい。
でも 本当はしょっちゅうお部屋に訪ねてくる私のこと 煙たく思ってないかなって 不安になるんです。」
「そうか 俺の何かが 美幸を緊張させているんだな・・・
でも 全然 そんなことは ないから 勉強以外でも おしゃべりしに来ていいよ。
女子中学生の会話についていけるよう 訓練するから。」
「クスッ 義兄さんったら。」
やっと ホッとして美幸は笑った。
「それより 何か頼もう 俺はアイスティーにするかな・・・ パフェでも サンデーでも何でも頼んでいいよ。」
メニューを美幸の前に広げて見せた。
「え・・・ 義兄さんが アイスティーなのに 私がそんなの頼めません。」
さっき俺達に声を掛けてきた子達は そんなのを頼んでいたから きっと美幸も食べたいはずである。
「気にするなよ。 俺があんまり甘いもの食べないこと知ってるだろう?
好きなのを頼みなさい。」
「・・・本当に いいんですか?」
「ああ バイト代入ったばかりだから 大丈夫だよ。」
「じゃあ・・・ エット・・・抹茶クレープ・・・」
まだ遠慮がちではあったが 俺は義妹の好きなスィーツを知ることができた。
「えへへ おいしいです。ありがとう義兄さん。」
満足そうにクレープを頬張る美幸は 子供らしくて微笑ましい。
「今日でもうテスト終わったんですよ。」
「そうか じゃあもう のんびり出来るな。」
「うん また一緒にゲームやりませんか?」
「ああ じゃあ 簡単な初期の頃のゲーム機出してみようか。」
「本当!? 義兄さんの部屋のテレビ画面 大きくて 一度やってみたかったんです。」
そういえば 俺の部屋では勉強を教えるだけで ゲームをしたことはなかったかもしれない。
「わぁ 楽しみ。」
店を出たところで また容赦ない陽射しが俺たちを襲う。
「美幸!」
振り向くと そこには 小麦色に日焼けした美幸と同じ制服の少年が立っていた。
「・・・角谷くん。」
「明日また遊びに来いよ 相手してやっから。」
(ああこの子か 美幸に初めて声をかけてくれてTVゲームを教えてくれた子って・・・)
「うん でも 私まだ へたっぴーだよ。」
「ああ だから 教えてやるって。」
「うん ありがとう。じゃあ またメールするね。」
「ああ じゃな。」
手を振った角谷くんが 美幸の横に立つ俺をギロっとひと睨みしたのに気づき
「あ にいさん 同じクラスの角谷くん 連打がすごく早いんだ。」
「へえ そうか 美幸と仲良くしてくれて ありがとう。」
俺は年上の余裕を見せてそういうと
ちょっと 角谷くんは顔を赤らめて
「失礼しました。 角谷 翔です。よろしく。
美幸の 彼氏かと思って びっくりした~。」
と ペコリと頭を下げて 爽やかに笑った。
「やだなー クスクス 角谷くんったら・・・
でも 彼氏じゃないけど
私 兄さん大好きだよ。」
「そ そう・・・なんだ。」
ちょっと 角谷くんは固まり
俺はもっと固まった。
別に何でもなさそうに ニコニコしている義妹と違って 俺は再び目力強く 俺を見る少年に戸惑い
これから家に帰って 普段どおり美幸と会話ができるのかどうかと 不安になった・・・