現場
俺のマンションに着くと野次馬だらけで 多くの警察官も集まっていた。
(これだけいながら・・・何故 逃げられるんだよ <怒)
エントランスに入ると マンション管理人が事情聴取を受けている。
アドレナリンの関係か・・・俺は刑事が車から降ろそうとする車椅子を
「必要ないです。」
と断り エレベーターに飛び乗る。
後から来た刑事が
「あ 指紋取った後 まだ白くなってますから 気をつけて。」
犯人が押したであろう 「閉」と「1F」のボタンに白い粉が付着していた。
「あそこに設置されている防犯カメラにも おそらく写っているでしょうから 後で坂本さんや妹さんにも確認してもらうと思います。」
「病院にも 写っている防犯カメラは ないんでしょうか?」
「そうですね それも確認してみましょう。病院に現れた人物とこちらに進入した人物が同じかどうかの確認もできますしね。」
俺の階に着いてみると まだ 現場検証をしている多くの係員が沢山残っている。
「坂本さんをお連れした。妹さんは中か?」
「はい刑事 中にいらっしゃいます。」
担当警察官達の顔に緊張が走る。
先程俺に 車椅子を差し出してくれた時とは別人のように強面になったのだから まあしかたないだろう。
玄関に入ると やはり複数の警察官がいて パジャマ姿の美幸は その間で小さくなっていた。
「美幸・・・」
「兄さん!?」
立ち上がり様 美幸は俺に抱きついて泣き出した。
柔らかい衝撃にも 息が詰まるほどの痛みが走ったが
「ごめんよ・・・美幸。」
そっと震える小さな背中を撫でて 抱きしめた。
「兄さん・・・兄さん・・・」
周りの警察官達の存在など 気にならなかった。
愛しい者を取り戻した安心と喜びに そっとその髪に顔を埋める。
「・・・坂本さん 申し訳ないが 妹さんにもう少しだけ お話を伺いたいんだが・・・」
少し遠慮がちに刑事が背後から声を掛けてきた。
「・・・美幸 話し できるかい?」
「うん・・・ 兄さんの顔を見たら 少し怖くなくなったから 大丈夫。」
そう言いながらも 小刻みに震える美幸。
俺はそっと肩を抱き寄せ ソファに座らせた。
「ショックを受けられているようですし 手短に伺いますから・・・
美幸さん 覚えていること何でも話してくれますか?」
美幸は俺の手をキュッと握りながら こくりと頷いた。
「私 兄さんと携帯でおしゃべりしている内に
いつの間にか眠ってしまったんですけど・・・
突然 男の人の 整髪料の香りに気がついて 目が覚めたんです。」
「整髪料?」
「はい 中年の男の人がつけるような・・・汗とタバコと整髪料が混じった あまり気分の良い匂いではないです。
兄さんはタバコも吸わないし 整髪料も使わないから・・・ びっくりして・・・」
ブルルッと大きく肩を震わさせた後
「目を開けると・・・ サングラスをしてマスクでほとんど顔を覆った人が 歌ってたんです。」
と説明する美幸。
(あの時だ・・・)
「それじゃあ どんな顔をしていたかは わからないか・・・
で 彼が歌っていたのは なんと言う曲か覚えてますか?」
「え・・・っと 聞いたことあるんですけど 題名は・・・」
と困惑する美幸に
「大丈夫 俺も聞いていたから・・・
それは 竹田の子守唄です。
俺が妹に歌って聞かせている途中から 被せるように歌ってきました。」
「竹田の子守唄と言うのは 元々民謡だったのをカバーされて フォークシンガーが歌っていたが たしか放送禁止になった曲なはずだよね?
私の子供の頃にはやった歌だが なぜ坂本さんは 知ってるんだね?」
「僕の母がよく 歌って聞かせてくれた子守唄だからです・・・」
では この刑事は俺の親世代と同じくらいなのかもしれない。
「犯人も歌えたと言うことは あまり若い世代ではないのか・・・」
刑事がメモをしている。
「それから 整髪料の香りですが 汗の匂いとタバコの匂いも混じってると・・・ 喫煙者ね。
その人物は それからどうしたの?」
「私に携帯を押し返すようにして・・・ すぐ ベランダに出て行ったんです。」
目が覚めると 知らない人物が目の前にいたのだ そうとう怖かったのだろう 唇が紫色にかわり 顔も真っ白だ。
「ただ 携帯を返して ・・・そのままベランダに出て行ったと?」
刑事の質問に 美幸はただ何度も頷いていたが
「何か 他に何も?」
と尚もしつこく訊ねようとする姿勢に俺はカチンときた。
「何もないって 言ってるじゃないですか。 やめてください こんなに怯えているのに。」
と刑事の疑わしい視線が美幸をこれ以上追い詰めないようにと両腕で包み込むようにして 抱き締める。
「すみません 坂本さん ほんのささいな情報がけっこう重要だったりするものですから。
美幸さん 申し訳ない もう まもなく私たちは引き上げますが 引き続き 周辺警護を続けます。」
と言いつつも それから 警察官たちが皆出て行ったのは 1時間以上も後の話で 美幸と二人きりになれたのは真夜中の2時もまわった頃だった。
「やれやれ・・・つかれたろ? もうこんな時間か 明日は俺は仕事休むから 美幸も早起きする必要はないよ。
それに まだ犯人も捕まっていないんだ・・・美幸も明日は休んだ方がいい。」
「警察の人達が警護してくれるんでしょう・・・ 私は心配ないわ。
兄さんこそ 大丈夫? 本当はまだ病院に居なきゃいけなかったんでしょう?」
「平気さ お前の顔を見たら もうすごく元気が出たよ。
じゃあ もう おやすみ・・・」
心配する美幸を安心させるように おでこにキスをして それぞれの寝室に下がった。
(可哀相に・・・ 俺のところにくるならまだしも 関係のない美幸のところにまで・・・)
こんなに はらわたが煮えくり返る思いをしたのは 初めてだった。
コンコン・・・
ビクッ!
ドアを叩く音に 先程の病院のトイレでの出来事を思い出し 震え上がったが
「・・・兄さん 入っていい?」
「美幸? どうした 眠れないのかい? いいよ 入ってお出で。」
考えてみれば 当然だ。
あんなに怖い思いをしたのだ・・・
「・・・ごめんね。」
ドアから顔を覗かせた美幸は 部屋に入いると 枕を小脇に抱えて
「今日は こっちで寝てもいいかな? あの部屋 アイツの体臭がまだ残ってるようで・・・なんだか 嫌なの。」
と 苦笑する。
「ああ そうか だよね。
いいよ 俺が 美幸の部屋で休もう。」
兄のくせに そういうところが まだまだ気が回らず 自分に舌打ちしたい気分だ。
「あ・・・いいの 兄さんは ここにいて。」
と 俺を制す美幸。
ドクドク・・・
俺は自分の都合のいい想像を打ち消すように
「じゃあ この辺に 寝袋出すから お前はベッド使っていいよ・・・
たしか クローゼットに一昨年キャンプで使った 寝袋 あったと・・・」
俺は クローゼットを開けて 固定された左手を使わず 右手だけで 寝袋を探し始める。
「兄さん・・・ お願い 私は兄さんにくっついて眠りたいの・・・だめ?」
「俺 包帯だらけだから 美幸寝相悪かったら 悲惨だろ?痛てて・・・」
笑って 包帯だらけの両手を持ち上げてみせる。
「寝相なんて 悪くないよ・・・ 兄さんのベッド ダブルでしょう?
私が寝ても そんなに窮屈じゃないでしょ?」
「俺はいつも ベッドで大の字になって寝るから ダブルなんだ。
二人でなんて 寝られない。」
「そうか・・・ごめんなさい わがまま言って。
わたし やっぱり リビングのソファで寝るから いいよ。
寝袋は必要ないわ・・・ オヤスミナサイ。」
真っ赤になった美幸は 俯いたまま部屋を出て行こうとする。
俺はあわてて 美幸の腕を取り
「待てよ ここにいろ。一人は嫌なんだろ?」
と 引き止めた。
「ううん もう 大丈夫。 ごめんなさい・・・兄さん まだ 体中 傷だらけなのに・・・」
俯いた美幸の頬を涙が伝う。
それを見た瞬間
俺の中で 我慢という名の戒めの糸が
プツリと音を立てて切れた。
「バカヤロ・・・」
「に 兄さん?」
俺は 部屋を出て行きかけた美幸を強引に中に引き戻すと そのままベッドに放り投げるようにして押し倒し
「人の気も知らないで・・・」
次の瞬間 貪るように 妹の唇に喰らいついていた・・・
彼女の全てが欲しかった・・・ ずっと
片手でしか 抱きしめられずにいるのが もどかしい
その震える唇に夢中になって 何度もキスを降らせて
ふと気づくと
美幸は 目を閉じたまま 身体を強張らせていた。
「美幸・・・。」
彼女の髪をかきあげて その名を呼んだ。
「兄さん・・・」
つぶらな瞳が 2~3度瞬いてから 俺をじっと見つめ返す。
見詰め合っていると たったいま 濃厚なキスしたばかりなのに
なぜか 照れてしまって つい 目を逸らしてしまう。
「あ えっと・・・
ごめん 悪かった。 つい 理性が吹っ飛んでしまって・・・
大の字で寝てるなんて嘘だよ。
本当は 背中を丸めて 小さくなって寝てるんだ。 クスッ
おまえが 多少寝相が悪くても 心配ないよ。」