警察
コンコン
「はい・・・どうぞ。」
ガチャ
「兄さん・・・」
美幸が息を飲んでいるのがわかった。
「ごめん・・・ 学校は まだ授業中だろ?
俺のことなら 心配いらない。
もどってもいいよ。 美幸。」
時計は11時にさしかかったところで 制服姿の美幸が眩しい
「私の学校のことなんて
それより 兄さん どうしたの? こんな・・・ かわいそう・・・」
派手に包帯を頭に巻いているので 大したことないのに 美幸が不安そうに唇を震わせている。
「ああ ちょっと階段から 転げ落ちたんだよ。でも 見た目ほどひどい怪我じゃないから・・・ごめんな。」
美幸はそっと俺の手をとり 両手で包み込むようにして頬に当てると
「びっくりした・・・本当に 心臓が止まるかと思ったの・・・」
鼻の頭が少し赤い
俺のために・・・愛しいという気持ちが 湧き上がるが 満身創痍の今は 抱きしめてやることもできない。
その気持ちが伝わったのか?
美幸は唇を 俺の頬に軽く押し当てる
「美幸・・・」
「兄さん・・・」
間近で見つめあい 再び 柔らかな感触が唇に重なってきた瞬間
コンコン
パチリと美幸の目が見開いて瞬き 瞬時に身体が遠ざかっていく。
「あ どうぞ・・・」
美幸は真っ赤な顔をしながらも 立ち上がって ドアを開けた。
「●×警察ですが・・・」
「はい・・・?」
部屋に入ってきた刑事らしき人は
「すみません 病室にまで押しかけてしましまして
あの そちらの方は?」
「あ 私 妹です。」
美幸が答える
「一応 お名前伺っておいていいですか?」
なんだろう? ちょっと ムッとしたが それも仕事なのだろう。
「坂本 美幸 高校一年です。」
美幸は素直に答えていた。
警察は美幸の話をメモすると
「・・・実は あなたが駅の階段から落ちた時の状況を 伺いたいんです。」
と頭を下げた。
「はぁ・・・一番上から 落ちたと思います。
途中 親切な方が 私の身体が転がっていく先に鞄を放り込んでくださって それがクッションになりました。
ああ 救急車を呼んでくださった方だと思います。
お礼がしたいな・・・ きっと その方の鞄ダメにしてしまったと思うんです。
弁償もしないと・・・ ご存知なら教えてほしいんですが。」
「まあ なんていい人なのかしら・・・」
美幸もそう言って 両手を祈るように組み合わせた。
「目撃者からの通報で あなたにワザとぶつかっていった男がいると 複数警察に電話があったんです。
何か 覚えてらっしゃらないですか?
ああ それから 個人情報になるので 直接はお教えできませんが 鞄を弁償されたいというのであれば その方 気にしなくていいとおっしゃってましたよ。」
「そうなんですか 命の恩人なのに
ワザとですか そうだったかな? ・・・えっと。」
ぼんやりと麻酔の効いた頭をめぐらして 記憶をたどると
(ちょっとばかり イケメンだからって・・・)
という 憎々しげな声と 電車で乗り合わせた 不機嫌そうな男の顔が蘇ってきた。
「そういえば・・・ 背中をドンっと ぶつけられたのかもしれません。」
俺は その当時のことを 少しずつ思い出しながら 警察に話した。
「最近多いんです。
いずれも中年の背の低い男が絡んでいるようです。
あなたの場合も 特に知り合いからの怨恨っていう線はではなく 通り魔的な被害といえそうですね。」
「はぁ・・・」
通り魔被害なんて ニュースの中でだけの話だと思ったが 実際こうして自分が被害にあってみると
運が良かったとしか言いようがない。
もし 親切な人と行き会わなかったら・・・
もし その人が大きな鞄を持っていなかったら・・・
もし 階段に踊り場がなかったら・・・
「それでは 大変な怪我をされているところ お邪魔してすみません。」
警察は ちらっと 美幸を見たが 特に何もコメントは加えず 部屋を去っていった。
「兄さんが 誰かから 恨みを買うなんてありえないよね。」
美幸は面白くなさそうに そう言って 再び俺の側に腰掛けた。
「ああ その恨みっていうのなんだけど・・・」
と俺が言うと
「え・・・何か心当たりがあるの?」
美幸は顔を一瞬にして強張らせる
「いや ただ 俺 電車に乗っている最中に一度含み笑いをしているんだよね。」
「含み笑い?」
美幸が首を傾げるので どう説明したものかと迷ったが
「ああ 思い出し笑いってんじゃないけど
その含み笑いを自分のことを笑ったんだろうと 勘違いした人がいたんだろうな。」
「でも だからって ここまでしなくてもいいじゃない。」
「きっと たまたま ストレスが溜まっている頃に 能天気な俺と 乗り合わせてしまったんだろうな・・・」
俺がそういうと 美幸は まだ怒りが収まらないようで
「でも もし 死にたい・・・って思うほど 追いつめられた人がいたとして
そんな中で 含み笑いしているのを あ 今 笑われた?と うたがってしまうこともあるんだろうな。」
「でも 含み笑いって 誰でもするよね?
そんな 腹立たしく思われるなんて よっぽど 兄さん ニタニタしていたのね?」
美幸は思わず苦笑してこちらを伺うように見る。
「う・・・ まぁ な
だってさ 俺 今 美幸がいてくれて・・・ すごく幸せだから。」
(あーっ 恥ずかしい!!!)
「そんな・・・」
美幸も視線をどこに向けたらいいのか困ったように 顔を逸らせた。
「だから・・・思い出し笑い?」
チラリと頬を染めながら こちらを見る美幸
「・・・うん そうだよ。」
俺も すっごく 顔が赤いと思うけど 幸い 包帯や絆創膏で 半分ほど隠されている。
「嬉しい・・・」
再び美幸の笑顔が近付き 唇と唇が重なり合った。
(美幸・・・)
甘い吐息が 俺の唇の隙間から流れ込み
もっと抱き寄せようと 痛む腕を伸ばしかけた。
コンコン!
「・・・」
俺と美幸の双方の視線が
離れがたいように絡み合い
だがすぐにそれは 断ち切られて
「はい どうぞ・・・」
と美幸は ドアを開いた。
「坂本くん!」
「よお 圭吾 お前 大丈夫かよ!?」
大沢 千秋と 黒田先輩だった。
「椅子 どうぞ。」
美幸が ふたりに椅子を勧め
「兄さん 私 一旦家に帰って 必要な物用意して また 夕方くるね。どうぞ ごゆっくり。」
と頭を下げた。
「美幸ちゃん 学校途中で 来たのね。びっくりしたでしょう。」
「ああ 美幸ちゃん 大変だったな。気をつけて行くんだよ。」
美幸は「ありがとうございます。」と礼を言うと 病室を出て行き
黒田先輩 千秋が 入れ替わりに俺のベッド脇に 座った。
「すみません ご迷惑かけちゃって・・・ 早朝会議大丈夫でしたか?」
今一番大事な時なのに・・・
そんな中 抜け出して来てくれた先輩に すごく申し訳ない気持ちで一杯になった。
「馬鹿 そんなの気にしてる場合じゃないだろ? どうなんだ 身体の方は!?」
この黒田先輩は大学の先輩で 今は直属の上司でもあるが 結構面倒見のいい人である。
「この辺 結構切って 出血は多かったみたいですけど 後は脳震盪起こしたくらいで 頭は能天気なまま大丈夫です。
あとは左腕にヒビが入ってて 右足を捻挫してて まあ あとはほとんどかすり傷で 派手に包帯やら絆創膏で包まれて 大袈裟に見えてるだけですから。」
「駅の階段から 落ちたんですって? 危ないな~ 本当にびっくりしたわ。」
とさりげなく千秋が俺の手を握った。
「さっき 警察の人がナースセンターにいたけどさ・・・」
黒田先輩が 千秋の様子を見てちょっと驚いたように 言葉を途切れさせた。
「あ ・・・実は」
俺は何気なく 千秋の手を外して 先程の警察とのやり取りを話した。
「まあ ひどい 怖いわね・・・ 逆恨みもいいところじゃないの。」
千秋は 顔を曇らせた。
「まったくだな。でも 俺も 大沢くんに手を握られちゃったら にやけて歩き回るかもしれん。あぶない あぶない。」
と 何を思ったか 手の平の汗をズボンで拭う。
「ああ 黒田主査なら 大丈夫ですよ。」
千秋はニコニコと笑顔で答え
「え そう?」
と 黒田先輩は ちょっと肩透かしを食ったように 行き場を失った手を鼻に持っていって ニ三度擦すると 肩をすくめて 笑った。
黒田先輩はまた仕事に戻るようで 残りたそうだった千秋にも
「大丈夫 今また 美幸が来てくれるから 君は先輩の車で送ってもらいなよ。今日はありがとう。」
千秋の家は この病院からはかなり遠くなるのだ。
「・・・また 来るから。お大事にね。」
「圭吾 仕事のことは心配しないで ゆっくり養生しろよ。」
あんなこと言ってるけど きっと 俺が抜けた穴は結構大変に違いない・・・。
幸い ヒビが入ったのは左腕だ
なんとか 一日でも早く退院したいと思った。