ヤキモチ
「食欲ないね 夏バテ?」
千秋が 心配そうに覗き込む。
「あ ああ 多少ね。
これでも だいぶ 良くなってきたから 大丈夫だ。」
ちょっと ぼんやりしていたようだ・・・
頼んだ ざるソバは 団子のようにくっついてしまい 水で濡らした箸で 苦労してほぐしながら 食べる。
「今日 美幸ちゃんにお弁当作って貰えなかったから 拗ねてるんじゃないの? 子供ね。」
千秋は からかうようにそう言ったので
「なんだよ~ そんなんじゃないよ。 美幸が弁当作れなかったのは・・・」
(ウ・・・ ここで ボーイフレンドが来たからなんて言ったら
今度はヤキモチ焼いてるからだなんて 言われちゃあ たまらない。)
「何よ?」
俺が一瞬 固まってたので 先を促す千秋。
「ああ 美幸は進学校の生徒だからな 夏休みは講習やら 宿題やらで 色々忙しいんだ。
それに 夏休みくらい のんびりさせてやりたいしな。ハハハ・・・」
「なんだか わざとらしい 笑い方。」
(ウ・・・・・
す 鋭いな・・・
女って どうしてこう 勘がいいんだろう?)
とりあえず これ以上つっこまれたくないため 再び 伸びたザルそばと格闘をする俺。
「坂本くん お盆休みは帰省するの?」
「ああ そのつもりだけど?」
「良いな~ たしか仙台だったよね? 私 自分家から 出勤してるし 祖父母も亡くなって もう居ないから そういう帰省とか したことないんだよね。」
「交通費とか 土産とか それなりに面倒くさいぞ。」
なんとか ソバ 食べ終える。
仕事を終えて 帰ると カーテンの引かれぬ窓は暗く
美幸がまだ帰ってないことを告げていた。
「もう 8時じゃないか・・・」
高校生なのだから これ位の時間は当たり前かもしれないが
美幸は女の子だ。
親から 預かっているという責任もある
きちんと片付けられたテーブル
「あ・・・そうか 外で食べてきてと言われたんだっけ。」
俺は スーツの上着とネクタイだけを外して
再び 外に出る。
(面倒だな・・・ コンビニで弁当でも買うか・・・)
「美幸 じゃあ またな
また 連休にでも会おう。」
「うん ホテルまで帰れる?」
「ああ おまえんちの最寄の駅のビジネスホテル選んだから 心配すんな。」
美幸と翔だった。
俺は慌てて マンションのエントランスの支柱の影に隠れる。
(な なんで 隠れてるんだ・・・俺?)
とっさの自分の行動を 情けなく思いながらも
そっと 美幸と翔の様子を伺う。
「じゃあ 気をつけて帰ってね。」
「ああ・・・」
美幸が手を振って
マンションに向かって歩いてくる。
俺の目の前まで来た時
「美幸!」
「え?」
振り向いた美幸は 駆け寄ってきた翔の野郎に抱きしめられた。
(こ こいつ~~~ 何しやがるッ)
「・・・美幸 楽しかったよ。」
「しょ 翔くん ど どうしたの?」
美幸は驚きと羞恥で顔を真っ赤にしている。
「ん・・・!」
美幸の小さな顔を 翔の頭が覆い
つまり 俺の大事な妹が こいつに唇を奪われている瞬間を 俺は目の当たりにしているのだ。
(美幸・・・)
俺の心の呼びかけが届いたのか
一瞬 翔の肩越しに美幸と目が合った。
「キャッ!」
我に返った美幸は翔を突き飛ばす。 (当然だ。)
「ごめん いきなり・・・でも 好きなんだ。
・・・また メールする。」
結局 翔の方は俺に気づかないまま 照れ隠しか 逃げるように走り去ってしまった。
「・・・」
後に残された 俺と美幸
少しの間 気まずい空気が流れる。
「・・・お帰り。」
「兄さん・・・」
ピクッと美幸の肩が震える。
「外で食べてくるの 忘れてたんだ ちょっと 弁当買ってくる。」
「え・・・あ いいよ 何か作るよ 私。」
「いいよ 疲れてるだろ? 先に家に入ってろ。」
美幸は 一瞬固まったが
「兄さん ねえ 大丈夫だから・・・ 一緒に帰ろう。」
歩き出した俺の腕を 美幸が取った。
「ねえ 遅くなってごめんなさい・・・」
美幸が不安そうな顔で 俺を見上げる。
「別に・・・ 高校生じゃ これくらい 普通だろう? 翔も送ってくれた様だし。」
俺は つい目を逸らしながらも 妹に引っ張られるように 向きを変える。
「うん でも もっと本当は早く帰るつもりだったの
私も 東京はまだ馴れてなくて 帰り道少し迷っちゃって・・・
ごめんなさい・・・」
「いいさ 君はまだ 高校生なんだから 勉強ばかりじゃなくって
いろいろ経験した方がいい。」
ピクッ
俺の手を取る美幸の体が一瞬強張った。
(ちょっと 意味深な 言い方だったかな?)
再び 微妙な空気のまま 部屋に着いて
「・・・すぐ 作るから 着替えて待っててね。」
俺の手から 飛び立つように美幸は 先に台所へと離れていった。
おかしな喪失感を抱いたまま 俺は 自室に入り 着替える。
「簡単なもので良いぞ・・・」
「大丈夫。」
居間に戻った俺に 美幸はにっこりといつもの笑顔を見せてくれた。
10分ほどで 出てきたのは 野菜たっぷりの あんかけ焼きソバ
「ごめんな デートから帰ってきて早々 作らせちゃって。 美味そう~。」
俺は熱々の麺を 野菜あんに絡ませながら 口へ運ぶ
「美味い!」
ふと いつものように向かいに座る美幸は
複雑な顔で 俯いている。
「どうした? 美味しいよ。さすがだな 美幸。」
「・・・デートって そんなんじゃないよ。」
下を向いたまま 美幸は 少し 強い口調でそう言う。
「デートって 言われるのが 恥ずかしいのか?」
俺が 苦笑して そう言うと
「だって 翔くん ここまで送ってくれたけど その少し前までは 他の同級生達と一緒だったし
皆で 遊んでただけで・・・」
瞳を潤ませながら 興奮状態にある美幸
「・・・翔は そんな風に思ってないだろう? キスくらい 良いじゃないか。」
「キスくらいって・・・ 私 初めてだったのに・・・あんないきなり するんだもの。」
怒っているように 唇が震えている。
「・・・嫌だったんだ?」
「・・・」
美幸は しばらく黙りこみ
薬指で涙を拭った後
「私・・・ 先にシャワー使ってもいいですか?」
と 立ち上がった。
「あ ああ もちろん。」
「じゃあ・・・」
浴室へ向かう美幸からは キスの感想がどうだったかなんて 推し量られる要素はなかった。
食べ終えた皿を洗いながら
(兄に初体験を見られて 動揺したのかな・・・
ちょっと 悪いことしてしまった。)
と 反省する。