あなたと、もう一度あの丘へ
魔王を倒したら、二人であの丘へ帰ろう。
王都を見下ろす丘の上で、アレンとエルシーはそう約束した。子供のころに二人で作ったブランコは、もう誰も乗れないほど古くなっていた。木の根元には、春になると小さな白い花が咲く。
「そのときは、私から話したいことがあるの」
「今じゃ駄目なのか?」
「今は駄目。ちゃんと帰ってから」
エルシーがそう言うと、アレンは理由を聞かなかった。いつものように、先に約束の方を信じた。
「分かった。じゃあ、絶対に帰ろう」
彼の手が差し出される。エルシーはその手を握った。
帰ったら、好きだと言おう。
いつも隣にいるのが当たり前で、言葉にするのを先延ばしにしてきた。けれど、今度こそちゃんと顔を見て伝える。エルシーはそう決めていた。
約束は、果たされなかった。
魔王が倒れた玉座の間に、女神の光が降り注いだ。世界を救ったはずの仲間たちが、一人、また一人と倒れていく。
アレンの頭上に、光の槍が現れた。
エルシーは彼を突き飛ばした。代わりに、槍が自分の胸を貫く。
膝が折れ、冷たい床が近づいた。視界の端でアレンが振り返る。彼が何かを叫んでいるのに、声はもう聞こえない。
ごめんね。まだ、話してないのに。
床に転がった黄金の王冠へ、倒れた魔王の手が伸びた。帰りたい。まだ終われない。その思いだけは、エルシーにも同じだった。
「「ア、レン……」」
二つの声が重なったとき、世界は白くほどけた。
◇◇◇
アレンが森の古い礼拝堂で黒猫を見つけたのは、十歳のころだった。
泥だらけの小さな身体には、ぼろぼろのマント。額には輪の形の模様があり、尻尾の先には淡く光る輪が浮いている。首に下がった菱形の飾りが、歩くたびに揺れた。
アレンは持っていたパンを半分に割り、猫の前へ置いた。
黒猫は近づかない。鼻先を向けたまま、じっと彼を見ている。そこでアレンは自分の分を先にかじった。
「大丈夫だよ。ほら」
ようやく黒猫がパンへ口をつけた。小さな前脚で押さえ、夢中でかじる。
「お前、ひとりなのか」
黒猫は食べる手を止めて、アレンを見上げた。
「じゃあ、うちに来るか」
答えはなかった。その日は礼拝堂に残して帰ったのに、翌朝にはアレンの枕元で眠っていた。
窓は閉まっていた。どこから入ったのか、アレンには分からない。けれど、それから何度外へ出されても、猫は朝になると戻ってきた。
ミルと名づけた。
黒猫には、それが何を意味するのか分からない。ただ、アレンが「ミル」と呼ぶと耳が動くようになった。呼ばれたあとに伸びてくる手は、たいてい温かかった。
ときどき、アレンの隣には赤い髪の少女がいた。
少女は彼を「アレン」と呼び、アレンは彼女を「エル」と呼ぶ。二人が並んで座ると、ミルは真ん中の狭い場所へ入っていった。
「またそこに座ったの?」
少女が笑ってミルを抱き上げる。
「そんなにアレンが好きなの?」
ミルは答えられない。抱かれた腕も温かくて、喉が鳴った。
「俺のところに来たんだから、そうだろ」
「私にだって懐いてるわよ。ね、ミル」
少女の指が、耳の後ろをかく。
どちらの声も近くにあると、ミルは安心して目を閉じられた。
◇◇◇
大きくなったアレンは、騎士になるための旅に出た。エルシーも同行し、ミルは当然のようにアレンの外套へ潜り込んだ。
旅先で、エルシーは毎晩手帳を開いた。
誰が傷つき、誰が手を差し伸べたのか。村で耳にした話が、目の前で見たことと違っていれば、その違いも書き残す。眠くて文字が揺れても、彼女は「あと一行」と言って頁を閉じなかった。
そんな夜は、アレンが湯を沸かす。
「もう遅いぞ」
「あと一行だけ」
「さっきもそう言った」
「よく覚えてるわね。自分の荷物をどこに置いたかは忘れるのに」
「エルが探してくれるだろ」
「まったくもう」
エルシーは呆れた声を出しながら、彼が置いた湯飲みを両手で包んだ。
ミルは机へ跳び乗り、開いた手帳に前脚を置く。
「こら。まだ乾いてないのよ」
エルシーがその脚をそっと持ち上げる。アレンが笑い、エルシーもつられて笑った。
ミルには何がおかしいのか分からない。でも、二人が笑うと、そこから動きたくなくなった。
雨の日には、三人で宿の小さな軒下に入った。アレンは自分の外套をエルシーへかけ、エルシーはその端でミルの背を覆う。
「アレンが濡れちゃう」
「俺は平気だ」
「平気って言えば寒くなくなるわけじゃないのよ」
エルシーは外套を返そうとする。アレンは受け取らず、代わりに彼女が濡らしていた髪を指さした。
「エルが風邪をひいたら困るだろ」
「まったくもう」
ミルは二人の腕に挟まれ、雨音を聞きながら眠った。
別の町では、旅商人と話し込んでいたエルシーの長靴を、ミルが前脚で叩いた。
「待っててね、ミル」
ミルはその足元に座った。少女の声が遠くなると落ち着かず、振り返るまで見上げていた。
先に歩き出したアレンを追うと、エルシーも急いで話を切り上げた。
「もう、急に行かないでよ」
「ミルが先に走ったんだ」
「あなたについていっただけでしょう」
エルシーが手を伸ばす。ミルは自分からその腕へ収まった。
アレンとエルシーの間。ここなら、二人の声がどちらも聞こえた。
◇◇◇
ある日、エルシーが保存食の残りを確かめ、アレンに声をかけた。
「買い出しをお願いできる?」
「分かった、すぐ戻る」
「私はミルと待ってる。じゃあ、お願いね」
「お菓子も買っていいか?」
「一つだけね」
アレンが宿を出ると、エルシーは寝台に腰を下ろした。膝の上のミルを撫でながら、閉まった扉を見る。
「あの人、一つって言っても大きいのを選ぶのよね」
ミルは顎を上げた。指先が首の下へ回り、気持ちがいい。
「……ねえ、ミル」
撫でていた手が、ゆっくりと止まった。
「私ね、アレンのことが好きなの」
ミルは耳を動かした。
「誰にも言ってないの。アレンには、なおさら言えなくて」
エルシーの声は、いつもアレンをからかうときより小さかった。
「子供のころからずっと一緒にいたでしょう。変に意識されたら、今みたいに話せなくなるかもしれない。そう思うと、どうしても言えない」
エルシーが苦笑する。
「でもね、怖いからって、このまま何も伝えずに終わるのも嫌なの」
顔を上げたミルと目が合った。エルシーは笑おうとして、うまく笑えなかった。
「だから全部終わって帰ってきたら自分から言うつもりなんだ」
その言葉が、どこか深いところへ落ちていった。
魔王を倒した玉座の間。アレンを突き飛ばした手。胸を貫いた光の槍。
帰ったら言おうとした言葉。
私は、帰れなかった。
ミルの小さな身体に、忘れていた光景が一度に押し寄せた。エルシーの膝の温かさと、冷たい玉座の間の床が重なる。
私も、そう約束したのだ。
世界はあの日へ向かう前まで巻き戻った。アレンも、目の前にいるエルシーも何も覚えていない。死んだはずの私だけが、猫の身体で彼らの旅についてきた。
爪がエルシーの服にかかった。
「痛いよ。どうしたの?」
「別に、ミルからアレンを取り上げようとしてるわけじゃないのよ?」
彼女が背を撫でる。
鏡を見ているわけではない。私の前にいるのは、あの日の私ではなく、この世界でアレンと歩いてきたエルシーだ。まだ何も知らない顔で、同じ言葉を口にしている。
女神を信じないで。帰ったらでは遅いかもしれない。今ここで伝えて。
言いたいことは山ほどあった。でも口を開いても、声にならない。額の輪が熱を帯び、身体がこわばるだけだった。
私は膝から飛び降り、彼女を振り返った。
「変な子。さっきの話、アレンには内緒よ」
しゃがんだエルシーの指先へ、額を押し当てる。
あの日の私は、帰ってからでも遅くないと思っていた。彼の隣にいられる明日は、まだいくらでもあると思っていた。
最後まで、言えなかった。
扉の向こうでアレンの足音がする。エルシーが慌てて立ち上がった。
「二人で何を話してたんだ?」
「べ、別に何でもないわよ。さあ、行こう」
彼女はアレンの手から荷物を受け取り、先に部屋を出た。
私だけが寝台のそばに残り、二人の背中を見ていた。
もう二度と、私にはあんな思いをさせたくない。
◇◇◇
思い出してからも、ミルの身体はミルのままだった。
アレンの肩に乗れば、目の前には彼の頬がある。手を伸ばせば髪に触れられる。けれど、アレンが私を見るときの目は、エルシーを見つめるときのそれではなかった。
「眠いのか、ミル」
彼は私の額を撫でる。私はその手に頭を押しつけた。
好きだった。今だって好きだ。それなのに彼の目には、私が猫としてしか映らない。
かつて私が歩いていた場所には、もう一人のエルシーがいる。アレンの隣で地図を広げ、彼と口げんかをして、笑っている。
雨の日、宿の軒下で分け合った外套を思い出す。そのとき彼が見ていたのは、雨に濡れたエルシーだった。私はその腕の中で、何も知らずに眠っていた。
知ってしまうと、同じ景色が違って見えた。
ある夜、エルシーが手帳を閉じずに眠ってしまった。私は机に跳び乗り、頁の端を踏まないように彼女の手元へ近づいた。
寝顔は見慣れているはずなのに、どこか幼く見える。あのとき死んだ私よりも、ずっとたくさんの明日が残っている。
アレンがそっと毛布をかけた。
「今日は頑張りすぎたな」
起こさないように声を落としている。彼の指がエルシーの肩から離れるのを、私は机の上で見ていた。
そこにいたかった。彼にそんな声で呼ばれるのは、私でありたかった。
そう思った自分が悲しかった。
エルシーが目を覚まして私を抱き上げると、知らずに強ばっていた身体から力が抜けた。彼女は理由も聞かず、いつものように「おいで」と言ってくれる。
この子から何かを奪いたいわけではない。
彼女が生きて、あの日の続きを歩けるなら。その隣に私がいなくても、アレンと笑っていられるなら。
少しずつ、そう思えるようになった。
◇◇◇
旅の終わりが近づいたころ、私たちは王都の小さな丘へ立ち寄った。
大きな木の枝から、古い板切れがぶら下がっている。幼いころ、アレンと私で作った遊具だ。足元には、小さな白い花が咲いていた。
「まだ残ってたんだな」
アレンが縄へ触れる。
「乗ったら切れるわよ」
「乗らないって」
「昔なら、先に乗ってから言ってたのに」
二人が木の根元へ座った。私も草の上を歩き、間にできた隙間へ入る。
ここを知っている。
同じ風。同じ木陰。前はアレンの肩がもっと近くにあった。振り向いた彼と目が合えば、笑って返せた。言えなかった気持ちを知られないまま、ただ彼の隣にいられた。
今は、すぐ隣にいても見上げるしかない。アレンにとって私は、森で拾ってきた猫のミルだ。名前を呼ばれるたびにうれしくて、少しだけ悲しい。
私は二人の間で、前脚を胸の下へしまった。
「全部終わったら、またここに来よう」
アレンが言った。エルシーが私の背を撫でる手を止める。
「……約束よ」
顔を上げた。
あの日も同じことを言った。帰れると思った。でも私は、約束を守れなかった。
エルシーの指がアレンの手へ伸び、触れる直前で止まる。気づいたアレンが自分から手を重ねた。
「今度はルナたちも誘おう。みんなで戻ってこよう」
「そうね」
エルシーは笑った。でも、彼に触れられた方の指を、しばらく動かさなかった。
アレンは彼女を見ている。その瞳も、手を伸ばす先も、今はもう私ではなく、隣の少女へ向いている。
まだ何も経験していない、過去の私へ。明日が来ることを信じている私へ。
胸が苦しかった。できることなら、あの場所へ戻りたい。
けれど、同じ約束をしたエルシーの顔を見ると、それ以上に思う。
もう二度と、私にはあんな思いをしてほしくない。彼の隣で生きて、今度こそ自分の口で伝えてほしい。帰れなかった私の分も、幸せになってほしい。
私は二人の手へ前脚を載せた。
「ミルも来たいのか?」
「もちろん。三人でね」
エルシーが笑う。私はその手に前脚を重ねたまま、アレンを見上げた。
彼も笑っていた。
この笑顔を、もう一度ここで見たい。今度こそ、エルシーが隣にいるままで。
◇◇◇
魔王の城で、私はアレンの肩にいた。
彼は魔王に剣を向けず、かつて聞かなかった話を聞いた。牢に残されていた天使の紋章も、女神が隠した歴史も、ここへ来るまで私たちが見たものとつながっていく。
魔王はアレンたちとともに玉座の間へ戻った。
扉が開く。天井から、白い光が降り注いだ。
知っている。あのときと同じ光だ。
アレンが剣を抜く。エルシーは彼をかばおうと、一歩前へ出た。
まただ。
一度目の私は、ここでアレンを突き飛ばした。次の光が胸を貫いた。
その私の背を、今は小さな身体で見ている。
アレンが彼女の名を呼ぶ。
私は肩を蹴った。エルシーの肩へ跳びつく。驚いた彼女が身を引くと、光の槍が、たった今そこにあった胸の高さを通り過ぎた。
私の額の輪に、光が触れた。
熱くない。代わりに、身体の輪郭が少しずつほどけていく。エルシーを押した前脚が透けて、毛先から光に溶けた。
アレンの肩へ戻りたい。
最初に浮かんだのは、その小さな願いだった。呼ばれれば耳を動かし、手を伸ばされれば頭を預ける。そんな毎日を、まだ手放したくなかった。
でも、振り向いたエルシーは生きていた。
この子がこの先も生きて、私の知らない明日へ行けるなら。アレンに想いを告げて、幸せになれるなら。
私はもう、それでいい。
声にはならない。だから彼女の肩に残った前脚で、最後に一度だけ触れた。
彼の声が好きだった。困った人を見れば走り出すところも、自分のことは後回しにするところも、私の好きだったアレンのままだ。
そして、彼の隣で笑っている私が好きだ。
だから、どうか伝えて。私の分まで生きて、彼と帰って。
◇◇◇
「ミル?」
エルシーが振り返ったとき、光の槍は消えていた。
床を見ても、ミルはいない。アレンの肩にも、魔王の足元にも。ぼろぼろのマントも、首飾りも落ちていなかった。
「ミル、どこ?」
呼んでも返事はない。エルシーは膝をついて、足元の石の隙間まで探した。
額に触れた光の感触だけが、まだ肩に残っている。その感触を失いたくなくて手を押し当てると、覚えのないはずの景色が流れ込んできた。
森の礼拝堂で、アレンから半分のパンをもらった日。
アレンと自分が並んで歩くのを、低い目線から追いかけた日。
宿でアレンへの気持ちを打ち明けられ、声も出せずに服へ爪を立てた夜。
丘で二人の間に座り、かつて自分がいた場所へもう戻れないと、寂しく思ったこと。
どれも、エルシーの知らない時間だった。それなのに、そこにあった気持ちは、確かに自分のものだった。
アレンが駆け寄る。
「エル、怪我は?」
「ないよ」
彼は胸をなで下ろし、すぐに周囲を見回した。
「ミルは?」
エルシーは肩へ触れた。姿はどこにもない。でも、あの子が見ていた景色も、抱いていた痛みも、胸の中から消えていなかった。
「……帰ったら、話すね」
アレンは彼女の顔を見て、頷いた。
「うん。一緒に帰ろう」
アレンは剣を握り直し、魔王や仲間たちとともに女神へ向き直った。エルシーも彼らのもとへ駆ける。ミルを探し続けたい気持ちを抱えたまま、それでも今生きている人たちを守るために。
長い夜の末に、女神の光は退けられた。
夜が明けるころ、彼らは城を出た。エルシーは道中で知った、女神が隠していた事実を手帳に書き残した。
ミルのことだけは、まだ書けなかった。
猫の姿でアレンのそばにいたのが、かつての自分だったこと。寂しくても、今の自分に幸せになってほしいと願ってくれたこと。どう記せば、その子がたしかに生きていたと伝わるのだろう。
彼女は白い頁を一枚残し、手帳を閉じた。
◇◇◇
丘へ戻った日は、よく晴れていた。
大きな木の下に仲間たちが集まる。アレンの肩は空いたままだった。
エルシーはその隣を歩いた。足元の草を見ていると、黒い小さな身体がすり抜けていきそうな気がした。
でも、そこには何もいない。
木の根元まで来たところで、アレンが足を止めた。
「ミルは来られなかったな」
エルシーは胸に手を当てる。
丘の草の匂いを覚えている。アレンの膝から彼を見上げた高さも、二人の手に前脚を重ねたときの気持ちも。ミルが最後に触れた、自分の肩の温かさも。
「ううん、いるよ。ちゃんとここに」
アレンは、彼女が胸に当てた手を見た。
「……そうか」
彼の声は優しかった。エルシーには、彼が「心の中にいる」という意味で受け取ったことも分かる。
いつか、ちゃんと話そう。あの子が何を見て、何を願ったのか。アレンにも知ってほしい。
「あとで、聞いてくれる? ミルの話」
「ああ。全部聞くよ」
エルシーは頷いた。猫として過ごした日々も、一度目の自分のことも、話す時間はこれから作れる。
でも、今すぐ伝えなければいけない言葉がある。
帰ってから、と先延ばしにしたまま死んだ私がいる。
あの部屋で「帰ったら言う」と、同じ約束をした私がいる。
そして、私たちの未来を願い、この丘へ戻れなかったミルがいる。
エルシーは木の下で立ち止まり、アレンへ向き直った。
「ねえ、アレン」
「どうした?」
先にこの丘で約束をした自分も、ミルとして二人の間に座った自分も、ずっと彼が好きだった。彼の目にもう映れないと悲しかった気持ちまで、今は自分のこととして分かる。
エルシーは胸に触れた。
分かってるよ。今度こそ、ちゃんと伝えるね。
アレンの襟元へ手を伸ばす。彼が少し身をかがめたところで、そっと唇を重ねた。
離れると、アレンは目を丸くしていた。驚いた顔を見て、逃げたくなる。けれど、エルシーは手を離さなかった。
「死ぬ前からずっと、あなたのことが大好きでした」
「……え?」
「いつか、ちゃんと話す。でも、好きだってことだけは、今伝えたかったの」
アレンの手が、エルシーの手を包んだ。
「俺も、エルが好きだ」
顔を赤くしたまま、彼は続けた。
「ずっと一緒にいたから、伝えなくても分かってるつもりだった。ごめん」
「ううん。今、聞けたから」
エルシーは笑った。目の端が熱くなり、うまく笑えているか分からない。
それでも、手を握り返すことはできた。
風が大きな木の枝を揺らした。白い花が、二人の足元へ落ちる。
もう一度この丘へ帰りたかった少女と、そんな未来を彼女のそばで待ち続けた黒猫は、
ついに同じ春を迎えた。
読んでいただきありがとうございます。
長編の「2度目の世界は黒猫と」の方も是非読んでいただけると嬉しいです。




