第九十七話 過去からの呼び声
前書き
この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。
森の声。
魂の記憶。
ご先祖様から受け継がれる想い。
そして、まだ誰にも決められていない未来。
私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。
もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。
楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。
けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。
大切な人を想う気持ち。
失った人への愛。
自分では変えられない過去。
そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。
どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。
それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。
誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。
その先に、どんな未来が待っているのか――。
楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。
あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。
そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。
第九十七話 過去からの呼び声
『あなた自身の過去を迎えに来て』
その声が消えたあとも、楓夏の胸の紋章は淡く光っていました。
「私の……過去?」
最初の守り手が、ゆっくり頷きます。
「第二章の扉が開いたのです」
楓夏は空を見上げました。
そこには、今までなかった月が浮かんでいます。
昼間なのに――。
青白い月。
そして、その月から一本の光の道が森へ続いていました。
「この先に何があるの?」
「あなたが生まれる前の記憶です」
楓夏は驚きました。
「生まれる前……?」
「ええ」
「魂の最初の母より、さらに前」
***
楓夏たちは光の道を進みました。
森の木々は、これまでとは違う姿をしています。
葉の一枚一枚に、誰かの記憶が映っているのです。
笑顔。
涙。
出会い。
別れ。
そして――。
まだ生まれていない赤ん坊の姿。
結花が不思議そうに尋ねます。
『ここは、赤ちゃんが生まれる前の場所?』
「たぶん」
楓夏が答えました。
すると、一枚の葉が目の前に落ちてきました。
そこに映ったのは――。
幼い楓夏。
そして、その隣に知らない少年がいました。
「……誰?」
凪人が覗き込みます。
「楓夏に似ている」
零も驚きました。
「まさか……」
最初の守り手の表情が変わります。
「その子は――」
言葉を止めました。
「知ってるの?」
楓夏が尋ねます。
女性はしばらく黙ったあと、答えました。
「あなたの魂の兄です」
***
「魂の……兄?」
楓夏は葉を見つめました。
少年は楓夏と手をつないでいます。
『お姉ちゃん』
葉の中から声が聞こえました。
『また会えるよね?』
幼い楓夏が笑います。
『うん!』
しかし――。
映像が突然途切れました。
「どうして?」
楓夏が尋ねます。
「その子は、あなたより先に転生したのです」
「転生……?」
「別の時代へ」
最初の守り手が続けます。
「そして――」
「今も、この世界のどこかにいる」
楓夏は息をのみました。
「今も?」
「ええ」
***
すると、森の奥から足音が聞こえました。
誰かが近づいてきます。
少年の声。
「ずいぶん探したよ」
楓夏が振り返ります。
一人の青年が立っていました。
黒い髪。
優しい目。
そして――。
楓夏と同じ始まりの紋章。
「……あなたは?」
青年は笑います。
「昔、約束しただろう?」
「約束……?」
「また会おうって」
楓夏の胸が熱くなりました。
知らないはずなのに――。
懐かしい。
涙が自然に流れます。
「……お兄ちゃん?」
青年は頷きました。
「やっと思い出したね」
***
凪人が驚きます。
「魂の兄……」
青年は凪人を見る。
「君が、楓夏の今の大切な人だね」
「……はい」
「ありがとう」
「何が?」
「楓夏を守ってくれて」
凪人は少し照れながら答えました。
「僕も、楓夏に守ってもらっています」
青年は笑います。
「そうか」
結花が青年の服を引っ張ります。
『お兄ちゃんってことは、私のおじさん?』
青年が笑いました。
「そうなるのかな」
『じゃあ、よろしくね!』
「こちらこそ」
***
しかし、楓夏は一つ疑問に気づきました。
「どうして今、私の前に現れたの?」
青年の表情が変わりました。
「それを伝えるためだ」
「何を?」
青年は空を見上げます。
「君の過去には――」
月が黒く染まっていきます。
「まだ、一つだけ封印された記憶がある」
「封印?」
「あの記憶を思い出せば――」
青年は楓夏を見つめます。
「なぜ君が、始まりの紋章を持って生まれたのか分かる」
楓夏は息をのみました。
「私が……選ばれた理由?」
「そう」
青年が手を差し出します。
「でも、思い出す覚悟はある?」
楓夏は迷いませんでした。
「ある」
青年が微笑みます。
「なら、行こう」
***
青年が手をかざすと、森の中央に巨大な鏡が現れました。
鏡には――。
まだ何もない世界。
その中心に、二人の小さな魂が浮かんでいます。
一つは楓夏。
もう一つは青年。
そして二人の前に――。
一人の女性が現れました。
楓夏が目を見開きます。
「この人……」
以前見た「魂の最初の母」です。
しかし、今回は違いました。
女性は泣いています。
「どうして泣いてるの?」
すると女性が、二人の魂に向かって言いました。
『ごめんなさい』
楓夏の胸が痛みます。
『あなたたち二人を、同じ未来に生まれさせることができない』
「……え?」
青年の表情が険しくなります。
女性は続けました。
『一人は、未来を始める者になる』
『もう一人は――』
そこで映像が途切れました。
「……もう一人は?」
楓夏が叫びます。
鏡に黒い亀裂が走りました。
そして――。
どこからともなく、あの声が聞こえます。
『もう一人は――』
『未来を終わらせる者になる』
楓夏の隣にいた青年が、突然胸を押さえました。
「……っ!」
「お兄ちゃん?」
青年の身体に、黒い紋章が浮かびます。
楓夏は息をのみました。
「その紋章……」
青年は苦しそうに笑いました。
「そう」
「僕が――」
そして、静かに告げます。
「未来を終わらせる者だ」
――第九十八話へ続く。
後書き
『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話。
長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。
最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。
物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。
けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。
私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。
過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。
楓夏が最後にたどり着いた、
「未来は誰かに決めてもらうものではない」
という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。
そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。
大切な人との思い出。
亡くなった人から受け取った愛。
家族の絆。
言葉にできなかった想い。
それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。
もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。
楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。
そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。
物語は終わりました。
けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。
悠真がどんな人生を歩むのか。
結花がどんな大人になるのか。
凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。
それは、誰にも決められていません。
だからこそ、未来には無限の可能性があります。
この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。
もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。
立ち止まってもいい。
遠回りしてもいい。
時には、最初から選び直してもいい。
あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。
最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。
心からの感謝を込めて。
そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。
ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。
もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。
「大丈夫。
未来は、これから自分で選んでいけるよ」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
全100話――完結。




