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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第三十九話 選ばなかった未来



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第三十九話 選ばなかった未来


 黒い扉の前で、楓夏は立ち尽くしていました。


 目の前にいる少女。


 自分と同じ顔。


 同じ声。


 同じ瞳。


 けれど、その瞳には深い悲しみが宿っています。


「あなたが……私の選ばなかった未来?」


 少女はうなずきました。


「そう」


「どうして私を止めるの?」


「あなたが、この扉を開けるから」


「開けたら何が起こるの?」


 少女は答えません。


 代わりに、楓夏の仲間たちを見ました。


 花音。


 美月。


 凛。


 悠真。


 ひかり。


 そして――蒼空。


「あなたは、みんなを守りたいと思っている」


「うん」


「だから危険なの」


「どうして?」


「守りたいという気持ちは、いつか『失いたくない』に変わるから」


 楓夏は黙りました。


「失いたくない……」


「そう」


 少女が一歩近づきます。


「あなたは未来を見ることができる」


「うん」


「だったら、誰かが傷つく未来を見たらどうする?」


「助ける」


「誰かが死ぬ未来を見たら?」


 楓夏は答えられませんでした。


 少女は静かに言います。


「未来を変えようとするでしょう?」


「……うん」


「そして、何度も何度も未来を変えようとする」


 少女の顔が悲しく歪みました。


「そのうち、あなたは『正しい未来』を自分で決めたくなる」


「そんなこと……」


「本当に?」


 少女の目が赤く光ります。


「あなたは優しい。だからこそ怖いの」


 楓夏の胸が痛みました。


 すると花音が前に出ます。


「楓夏は、そんなことしない」


「花音……」


「未来を決めるのは楓夏一人じゃない」


 花音は楓夏の手を握りました。


「私たちも一緒に選ぶ」


 美月もうなずきます。


「そうだよ」


 凛も。


「未来が怖くても、自分たちで決めればいい」


 悠真が笑います。


「失敗したら、そのとき考えればいい」


 ひかりは少女を見つめました。


「あなたも、本当は一人になりたくないんでしょう?」


 少女の表情が変わりました。


「……違う」


「嘘」


 ひかりが優しく言います。


「あなたの心、泣いてるよ」


 少女は胸を押さえました。


「やめて……」


「悲しいんだね」


「やめて!」


 少女の周囲から黒い風が吹き荒れます。


 木々が大きく揺れました。


 ――ゴオオオオッ!


「みんな、下がって!」


 楓夏が叫びます。


 黒い風が少女を包み込みました。


「私は、あなたが選ばなかった未来!」


 少女の声が響きます。


「あなたが仲間を守れなかった未来!」


「違う!」


「花音を失った未来!」


 楓夏の顔が青ざめます。


「やめて!」


「美月も!」


「やめて!」


「凛も!」


「悠真も!」


「ひかりも!」


 次々と仲間の姿が消えていく映像が浮かびます。


 最後に――。


「そして、あなたの両親も!」


「やめて!」


 楓夏は耳をふさぎました。


 その瞬間。


 ペンダントが強く輝きました。


 未来の映像が消えます。


 楓夏は荒い息をつきました。


「……怖い」


 花音が楓夏を抱きしめます。


「大丈夫」


「みんながいなくなるのが怖い」


「うん」


「私、みんなを失いたくない」


「うん」


「でも……」


 楓夏は涙を拭きました。


「みんなの未来を私が決めるのは違う」


 少女が顔を上げました。


「……何?」


「未来は、私だけのものじゃない」


 楓夏は仲間たちを見ます。


「花音ちゃんの未来は、花音ちゃんが決める」


「うん」


「美月ちゃんも」


「うん」


「凛ちゃんも、悠真くんも、ひかりちゃんも」


 五人がうなずきました。


「だから、私は未来を変えるんじゃない」


 楓夏は少女を見つめます。


「未来を一緒に作る」


 少女の赤い瞳から、涙がこぼれました。


「……そんなこと、できるの?」


「できるよ」


「どうして?」


「だって、あなたも私だから」


 楓夏は手を差し出しました。


「一緒に来ない?」


 少女はその手を見つめました。


「私を……?」


「うん」


「私は、あなたの未来を壊すかもしれない」


「それでもいい」


 少女は震える手を伸ばしました。


 指先が触れた瞬間――。


 まぶしい光が二人を包みました。


「……あ」


 少女の身体が少しずつ透明になっていきます。


「消える……」


「待って!」


 楓夏が手を握ります。


「あなたはどこへ行くの?」


 少女は微笑みました。


「消えるんじゃない」


「え?」


「あなたの中に戻るの」


 光が強くなります。


「私は、あなたが怖がっていた未来」


「……」


「だから、忘れないで」


 少女は最後に言いました。


「未来は、怖いからこそ大切なんだよ」


 少女の姿が消えました。


 楓夏の胸に、一つの新しい光が宿ります。


 すると――。


 黒い扉が、ゆっくり開き始めました。


 ギィィィ……。


 その向こうには、真っ暗な洞窟。


 奥から冷たい風が吹いてきます。


 祖父が険しい顔をしました。


「ここから先は、私たちも知らない」


 相馬がうなずきます。


「伝説では、この先に『記憶の湖』がある」


「記憶の湖?」


 楓夏が尋ねます。


「そこには、この土地に生きたすべての命の記憶が眠っている」


 蒼夜が洞窟を見つめます。


「じゃあ、黒い石の本体も……」


「ああ」


 相馬が答えました。


「その湖の底にある」


 楓夏は一歩踏み出しました。


「行こう」


 花音が隣に並びます。


「うん」


 五人の仲間も続きます。


 蒼空と蒼夜。


 両親。


 祖父。


 相馬。


 全員が洞窟へ入っていきました。


 最後に楓夏が振り返ると、森の木々が優しく揺れています。


『いってらっしゃい』


 楓夏は笑いました。


「行ってきます」


 そして洞窟の奥へ。


 しばらく進むと、暗闇の先に青白い光が見えてきました。


「湖……?」


 光の向こうに広がっていたのは――。


 巨大な地下湖。


 水面には星空が映っています。


 しかし、その星空の下には無数の人影が浮かんでいました。


 楓夏が息をのみます。


「人が……いる」


 祖父が震える声で言いました。


「違う」


「え?」


「人ではない」


 湖の底から、無数の声が響きます。


『覚えている』


『全部、覚えている』


『ここで生きた者のことを』


 そして――。


 湖の中央に、一人の少年が立っていました。


 楓夏と同じ年くらい。


 白い服を着ています。


 少年は楓夏を見ると、静かに笑いました。


「やっと来たね」


「あなたは誰?」


 少年は答えます。


「僕は、この湖を守っている」


 そして――。


「君が生まれた日のことも、全部知っているよ」


 楓夏の胸が高鳴りました。


「私が生まれた日に……何があったの?」


 少年は湖の中央を指差します。


「それを知りたければ――」


 水面が大きく割れました。


「湖の底へ来て」


 その瞬間、楓夏のペンダントが光り――。


 湖の底から、巨大な白い扉が浮かび上がりました。


 扉には、たった一つの言葉。


「真実」


 楓夏は仲間たちを振り返ります。


 そして、静かにうなずきました。


「行こう」


 こうして楓夏たちは――。


 自分が生まれた夜の、本当の秘密へ向かうのでした。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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