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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第三十五話 もう一人の大人



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第三十五話 もう一人の大人


 黒い森に、静かな雨が降り始めました。


 ポツ……。


 ポツ……。


 花音は楓夏を見つめています。


「楓夏が生まれた夜、私が見た人……」


「誰なの?」


 楓夏が尋ねました。


 花音はしばらく黙っていました。


 そして、ゆっくり口を開きます。


「相馬先生」


「相馬先生……?」


 父親の顔色が変わりました。


「花音、それは本当か?」


「うん」


「……そうか」


 父は目を閉じました。


 美咲が驚いて尋ねます。


「あなた、相馬さんを知ってるの?」


「ああ」


 父は静かに答えました。


「昔、俺と一緒に森の研究をしていた人だ」


「研究?」


 楓夏が首をかしげます。


 父はうなずきました。


「森には、人間には知られていない不思議な力がある。相馬は、その力を科学的に調べようとしていた」


「悪い人なの?」


 楓夏が聞くと、父はすぐには答えませんでした。


「最初は、違った」


「最初は?」


「あいつも、この森を守りたかった」


 蒼空が口を挟みます。


「じゃあ、どうして黒い石の人たちと?」


「相馬は、娘を亡くした」


 全員が黙りました。


「事故だった」


 父は続けます。


「それ以来、相馬は変わってしまった」


「さっきの人と同じ……」


 楓夏がつぶやきます。


 父はうなずきました。


「過去を変えたいと思うようになった」


 花音が突然言いました。


「でも……私が見た相馬先生は、楓夏を抱いていた」


 楓夏は驚きました。


「私を?」


「うん」


「何をしてたの?」


「泣いてた」


「先生が?」


「そう」


 花音は目を閉じました。


「そして、こう言ってた」


 花音は、当時の声を思い出すように言いました。


「『この子だけは、絶対に守る』って」


 楓夏は胸元を押さえました。


「守るって……」


 父が顔を伏せました。


「相馬は、君を利用しようとしたんじゃない」


「じゃあ?」


「君の力を封じようとしたんだ」


「どうして?」


「黒い石の力から、君を守るために」


 楓夏は混乱しました。


「じゃあ、相馬先生は悪い人じゃないの?」


 父は苦しそうに答えます。


「分からない」


 その言葉に、楓夏は驚きました。


「分からない?」


「あいつが今、何を考えているのか……俺にも分からない」


 そのとき。


 森の木々がざわめきました。


 楓夏が振り返ります。


『来る』


「誰が?」


『昔の約束をした人』


 楓夏の背筋に冷たいものが走りました。


 すると――。


 森の奥から、一人の男が歩いてきました。


 灰色のコート。


 白髪の混じった黒い髪。


 そして、左手に古い木の杖。


「……相馬」


 父が呟きました。


 男は足を止めました。


「久しぶりだな」


 楓夏はじっと男を見ます。


 不思議でした。


 怖いはずなのに――。


 どこか懐かしい。


「あなたが……相馬先生?」


「ああ」


 男は優しく笑いました。


「楓夏」


 名前を呼ばれた瞬間。


 楓夏の頭の中に、また映像が流れました。


 赤ちゃんだった自分。


 母の腕の中。


 父が隣にいる。


 そして相馬。


 相馬は赤ちゃんの楓夏の額に手を当てていました。


「眠っていてくれ」


 相馬が言っています。


「君が大きくなるまで、力を隠しておく」


 映像が消えました。


「……思い出した」


 楓夏が呟きます。


 相馬が静かにうなずきました。


「そうだ」


「先生は、私を守ろうとしてたの?」


「ああ」


「じゃあ、どうして黒い石を持ってる人たちと一緒にいるの?」


 相馬の表情が曇ります。


「一緒にいるわけではない」


「でも……」


「私は、彼らを利用している」


 父が怒鳴ります。


「相馬!」


「黙れ」


 相馬の声が低くなります。


「私は、娘を取り戻す」


「まだそんなことを……」


「当然だ」


 相馬の目に悲しみが浮かびました。


「私は父親だ」


 楓夏は相馬を見つめました。


「先生の娘さんは、もう亡くなってるんだよね?」


「ああ」


「だったら……」


 楓夏は少し考えてから言いました。


「戻ってきてもらうんじゃなくて、ちゃんとお別れしたら?」


 相馬は黙りました。


「娘さんは、きっと先生に怒ってないよ」


「なぜ分かる?」


「森が教えてくれたから」


 相馬の目が大きく開きました。


「森が……?」


「うん」


 楓夏は木々に手を触れます。


「森は、亡くなった人の悲しみも覚えてる」


「……」


「でも、悲しみをずっと抱えていると、黒い石になっちゃう」


 相馬の手が震えました。


「私は……」


 そのとき。


 相馬の背後から、黒い影が現れました。


「相馬」


 相馬が振り返ります。


「お前は約束を破ったな」


「……」


「楓夏を連れてこなかった」


「彼女は関係ない」


「関係ある」


 影が笑います。


「楓夏こそ、森の最初の記憶を開く鍵だ」


 楓夏は一歩下がります。


「私が……鍵?」


「そうだ」


 影が手を伸ばします。


 しかし――。


 相馬がその前に立ちました。


「この子には触れるな」


「相馬!」


「約束は破る」


 相馬は杖を地面に突き立てました。


 すると地面から白い根が伸び、黒い影を包み込みます。


「私はもう、娘を取り戻すために誰かを犠牲にするつもりはない」


 影が怒鳴ります。


「裏切るのか!」


「最初から、お前たちを信用したことなどない」


 黒い影が消えました。


 静けさが戻ります。


 楓夏は相馬を見つめました。


「先生……」


「すまなかった」


 相馬は頭を下げました。


「私は君の力を封じた。君を守るためだったが、その結果、君は自分の家族について何も知らずに育った」


「……」


「許してほしいとは言わない」


 楓夏はしばらく黙っていました。


 そして――。


「先生」


「何だ?」


「私、まだ怒ってるよ」


「……そうだろうな」


「でも」


 楓夏は少し笑いました。


「助けてくれたことは、ありがとうって言う」


 相馬の目から、一粒の涙が落ちました。


「……ありがとう」


 そのとき。


 空が突然、真っ黒になりました。


 雷鳴が響きます。


 ゴロゴロゴロ……。


 そして、森のずっと奥から――。


 巨大な音がしました。


 ドォォォン!


 地面が大きく揺れます。


「何?」


 美月が叫びました。


 楓夏は森へ目を向けました。


 木々の向こうに、巨大な黒い山のようなものが現れています。


 相馬が青ざめました。


「……始まった」


「何が?」


 楓夏が尋ねます。


 相馬は答えました。


「黒い石の本体が――」


 一度、息を飲みます。


「目を覚ました」


 その瞬間。


 楓夏の胸元のペンダントが、今までにないほど強く輝きました。


 そして森の奥から、低い声が響きます。


『楓夏』


『帰っておいで』


『お前が生まれた場所へ』


 楓夏は息をのみました。


「私が……生まれた場所?」


 父が静かに答えます。


「そうだ」


 父は森の奥を見つめました。


「楓夏――」


「うん」


「お前が生まれた場所は、この森の中だ」


 楓夏は驚きました。


 そして、初めて知る自分の出生の秘密を胸に――。


 仲間たちとともに、黒い森のさらに奥へ歩き始めました。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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