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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第三十話 黒く染まったペンダント



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第三十話 黒く染まったペンダント


 花音のペンダントが――。


 黒く染まりました。


「花音!」


 楓夏が駆け寄ります。


 けれど、花音は動きません。


 ただ、自分の胸元を見つめています。


「どうしたの?」


「……聞こえる」


「何が?」


「誰かが、私を呼んでる」


 花音の声が震えました。


「ずっと昔から……ずっと……」


 森の木々がざわめき始めます。


 ザワザワ……。


 風もないのに、枝が激しく揺れました。


 ひかりが耳を押さえます。


「やめて……!」


「ひかりちゃん?」


「たくさんの声がする!」


 ひかりは目を閉じました。


「悲しい……苦しい……助けて……って」


 楓夏は周囲を見回します。


「森の声?」


「違う」


 ひかりが首を振りました。


「森の中に閉じ込められている人たちの声」


 その瞬間――。


 黒い影が笑いました。


「そうだ」


 楓夏は影をにらみます。


「あなたは誰?」


「名前など必要ない」


「どうして花音ちゃんを狙うの?」


「花音は、森の記憶を開く鍵だからだ」


「鍵?」


 影はうなずきました。


「そして君は、その鍵を使うための器だ」


「器って何?」


 影は答えません。


 代わりに、花音のペンダントが強く光りました。


「きゃっ!」


 花音が膝をつきます。


「花音!」


 楓夏が手を伸ばした瞬間――。


 花音の周囲に、黒い霧が広がりました。


 楓夏は霧の中に飛び込みます。


「花音ちゃん!」


「楓夏、来ちゃだめ!」


「お姉ちゃんを置いていけない!」


 楓夏が花音の手を握った瞬間。


 目の前の景色が変わりました。


 そこは、雪に覆われた森でした。


 幼い花音が一人で立っています。


「ここ……」


 楓夏は気づきました。


「花音ちゃんが森に入った日の記憶?」


 花音がうなずきます。


「うん」


 幼い花音の前には、白いオオカミがいました。


『怖くないよ』


 オオカミが話しかけます。


『森が君を守る』


 幼い花音は涙を拭いました。


「お母さんは?」


『君を待っている』


「楓夏は?」


『まだ生まれていない』


 幼い花音が笑います。


「じゃあ、私が妹を守る」


 楓夏の胸が熱くなりました。


「花音ちゃん……」


 すると、記憶の中に黒い影が現れました。


『その力を私に渡せ』


 幼い花音は首を振ります。


「嫌!」


『ならば、妹を奪う』


「やめて!」


 花音は必死に叫びました。


「楓夏には何もしないで!」


『ならば、契約しろ』


 黒い影が手を伸ばします。


 幼い花音は震えながら――。


「分かった」


 手を差し出しました。


 楓夏は叫びました。


「花音ちゃん!」


 けれど、もう遅い。


 黒い影と花音の手が触れた瞬間――。


 ペンダントが黒く染まりました。


「これが……」


 花音は涙を流しています。


「私が黒い石とつながった理由」


「でも、花音ちゃんは悪くない!」


「分かってる」


 花音は楓夏を見ました。


「だから、あなたに会いたかった」


「私に?」


「うん」


 花音は笑いました。


「約束を終わらせるために」


 その瞬間――。


 記憶の世界が崩れ始めました。


「戻らなきゃ!」


 二人は手をつないで走ります。


 光の向こうに、仲間たちが見えました。


「楓夏!」


「花音!」


 美月たちが叫んでいます。


 楓夏は花音の手を握ったまま、光の中へ飛び込みました。


 ――ドン!


 二人が地面に戻ります。


「大丈夫?」


 美月が駆け寄りました。


「うん」


 楓夏は答えました。


 花音も立ち上がります。


 しかし――。


 ペンダントはまだ黒いまま。


 おばあちゃんが深刻な顔をしました。


「このままではいけない」


「どうすればいいの?」


「黒い石とのつながりを切る必要がある」


「どうやって?」


「花音自身が、自分の記憶を取り戻すのよ」


 花音は首を振りました。


「全部?」


「全部」


 花音は怖そうな顔をしました。


「私が忘れていたことも?」


「ええ」


 楓夏は花音の手を握りました。


「一緒にやろう」


「楓夏……」


「私も一緒に思い出す」


 花音は小さく笑いました。


「ありがとう」


 そのとき――。


 森の奥から大きな音が響きました。


 ドォォォン!


 白い木の枝が一本、折れました。


「白い木さん!」


 楓夏が叫びます。


 木から弱々しい声が聞こえました。


『時間がない』


「何が起きてるの?」


『黒い石を生み出している者が、動き始めた』


 楓夏は影を探しました。


 しかし、もう姿はありません。


「どこに行ったの?」


『人間の町へ』


「町?」


『あなたたちの大切な人がいる場所』


 楓夏の顔が青ざめます。


「お母さん……?」


『そう』


 楓夏は母を見る。


 美咲は何かに気づいたように、突然振り返りました。


「……家に戻らないと」


「どうして?」


「あなたのお父さんが危ない」


「お父さん?」


 楓夏は驚きました。


 これまで事件の中で、ほとんど姿を見せなかった父。


 母は震える声で言います。


「黒い石を持った人たちは――」


 一度言葉を止めました。


「ずっと、あなたのお父さんも探していたの」


「どうして?」


 美咲は答えました。


「お父さんが――」


 その瞬間、スマートフォンが鳴りました。


 美咲が電話に出ます。


「もしもし?」


 誰もいないはずの電話の向こうから、男の声が聞こえました。


『美咲』


 美咲の顔が凍りつきます。


『娘を返してほしければ――』


「……」


『今夜、町外れの古い駅へ来い』


 そして最後に――。


『一人で来い』


 電話が切れました。


「お母さん……」


 楓夏が心配そうに見上げます。


 美咲はしばらく黙っていました。


 そして、楓夏の頭を優しく撫でます。


「楓夏」


「うん」


「あなたは、ここにいて」


「嫌!」


「お願い」


「お母さん、一人で行くの?」


 美咲は答えません。


 楓夏は母の手を握ります。


「私も行く」


「危険よ」


「でも、家族でしょ?」


 美咲の目に涙が浮かびました。


「……そうね」


 そのとき。


 花音が突然、森の奥を見ました。


「待って」


「どうしたの?」


「誰かいる」


 全員が振り返ります。


 木々の間に、一人の少年が立っていました。


 年は楓夏より少し上。


 黒い服。


 手には――。


 白い石。


「君は誰?」


 悠真が尋ねます。


 少年は答えません。


 ただ、楓夏を見つめています。


「楓夏」


「え?」


「君のことを知っている」


 楓夏は警戒しました。


「どこで?」


 少年は白い石を握りました。


「君が生まれた夜」


 全員が息をのみます。


「僕も、そこにいた」


 そして少年は言いました。


「君のお父さんと一緒に――」


 楓夏の表情が変わります。


「お父さんと?」


 少年は小さくうなずきました。


「僕は、君のお父さんから頼まれて来た」


「何を?」


 少年は楓夏をまっすぐ見つめました。


「君を守るために」


 森の奥で、白い木が静かに揺れました。


 そして――。


 新たな守り手の物語が、始まろうとしていました。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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