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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第二十三話 白い木が見せた記憶



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第二十三話 白い木が見せた記憶


 扉が開いた瞬間――。


 まぶしい光が、楓夏たちを包みました。


「わっ!」


 美月が目を閉じます。


 楓夏も思わず手で顔を覆いました。


 風が吹いています。


 冷たい風。


 けれど、雪はありません。


 やがて光が弱くなり、楓夏はゆっくり目を開きました。


「……ここ、どこ?」


 目の前に広がっていたのは、見たことのない道東の風景でした。


 広大な森。


 どこまでも続く湿原。


 今よりずっときれいな川。


 遠くには、まだ道路も建物もありません。


 まるで何百年も昔の世界です。


「過去……?」


 紗良が小さくつぶやきました。


 白い木の声が聞こえます。


『そう』


『ここは、記憶の森』


 楓夏は周囲を見回しました。


「私たち、過去の中にいるの?」


『そう』


『ただし、見ることしかできない』


 すると、遠くから人の声がしました。


「急いで!」


 楓夏が振り向きます。


「ひいおばあちゃん!」


 そこにいたのは、若い頃のひいおばあちゃんでした。


 隣には若い冬木。


 二人は何かを抱えて森の中を走っています。


 その腕の中には――。


 小さな箱。


「何を運んでるんだろう?」


 美月が尋ねます。


 楓夏たちは二人の後を追いました。


 やがて、二人は白い木の前で立ち止まりました。


「ここなら大丈夫」


 若いひいおばあちゃんが言いました。


「この箱は、五つの力が揃うまで開けてはいけない」


 冬木が尋ねます。


「もし、悪い人間に見つかったら?」


「そのときは、森自身が守る」


 ひいおばあちゃんは箱を白い木の根元に埋めました。


 その瞬間――。


 白い木が光りました。


『約束を受け取る』


 楓夏は驚きました。


「木が話してる!」


 けれど、過去の二人には聞こえていません。


 そして映像が変わりました。


 森の中に、別の男が現れます。


 黒い石を持った男です。


 楓夏は息をのみました。


「あの人……!」


 白い木が静かに言います。


『彼は、森の力を奪おうとした』


 男は白い木へ近づきます。


「この木さえ手に入れば……」


 男は黒い石を木に近づけました。


 すると――。


 バチッ!


 黒い石が弾き飛ばされました。


 男は怒り、木を傷つけようとします。


 その瞬間。


 森中の動物が一斉に鳴き始めました。


 鳥。


 鹿。


 キツネ。


 オオカミ。


 すべての声が重なります。


『やめろ』


『ここは命の場所』


 男は逃げ出しました。


 楓夏はほっとしました。


「森が守ったんだ」


 しかし――。


 次の記憶が始まりました。


 数年後。


 ひいおばあちゃんは一人で白い木の前に立っています。


 その顔には、深い悲しみがありました。


「どうしたの?」


 楓夏が近づいても、過去のひいおばあちゃんには見えません。


 彼女は白い木に話しかけています。


「私がいなくなったあと、この約束を誰かが受け継がなくてはいけません」


 白い木が答えます。


『次の子どもが生まれる』


「名前は?」


『楓夏』


 楓夏の目が大きくなりました。


「私……?」


 ひいおばあちゃんは微笑みます。


「楓夏という子が生まれたら、この箱を渡してください」


 そこで映像が消えました。


 楓夏は涙を拭いました。


「ひいおばあちゃんは……私が生まれることを知ってたの?」


 白い木が答えます。


『知っていたのではない』


『願っていた』


 楓夏は胸が温かくなりました。


 ところが――。


 突然、空が暗くなりました。


 ゴォォォ……。


「何?」


 大地が揺れます。


 過去の世界なのに、何かがおかしい。


 森の動物たちが一斉に逃げ始めます。


『来る』


『黒い石が来る』


 白い木が叫びました。


 森の奥から、黒い石を持った男が戻ってきました。


 しかし、今度は一人ではありません。


 後ろに何人もの人間がいます。


「白い木を切れ!」


 男が叫びました。


「森の力を手に入れる!」


 楓夏は思わず前に出ようとしました。


「やめて!」


 でも、体が動きません。


 白い木の声がします。


『これは過去』


『変えることはできない』


 楓夏は悔しくなりました。


「じゃあ、見るだけなの?」


『違う』


『知るために見る』


 男たちが木へ近づきます。


 そのとき――。


 若い冬木が現れました。


「やめろ!」


「冬木!」


 男たちが囲みます。


「邪魔をするな!」


「この森を壊させない!」


 冬木は必死に立ちはだかります。


 そして――。


 ひいおばあちゃんも走ってきました。


「冬木さん!」


「逃げろ!」


「嫌です!」


 二人は一緒に森を守ろうとします。


 けれど、人数が多すぎます。


 その瞬間。


 白い木が大きく揺れました。


 枝から無数の白い羽根が舞い落ちます。


 羽根が人々を包み込みます。


「何だこれは!」


 男たちが叫びます。


 次の瞬間――。


 男たちは、自分たちが過去に犯したことを見始めました。


 森を壊したこと。


 動物を追い払ったこと。


 川を汚したこと。


 家族を傷つけたこと。


 すべての記憶が目の前に現れます。


「やめろ!」


 男たちは逃げ出しました。


 楓夏は驚きました。


「これが……心の力?」


 ひかりが静かに答えます。


「たぶん」


 白い木が言います。


『心とは、人を操る力ではない』


『自分自身と向き合う力』


 楓夏はひかりを見ました。


「だから、五つ目の力なんだ」


 ひかりは小さくうなずきました。


 しかし――。


 まだ記憶は終わっていません。


 場面が変わります。


 雪の降る夜。


 若い冬木が、一人で立っています。


 その顔には涙がありました。


「娘を助けたい」


 冬木は白い木に話しかけます。


「過去を変えられるなら、何でもする」


 ひいおばあちゃんが現れます。


「冬木さん、やめて」


「娘を失った私の気持ちが、あなたに分かるか!」


「分かります」


 ひいおばあちゃんは静かに言いました。


「だからこそ、森の力を使ってはいけない」


「なぜ!」


「過去を変えれば、別の誰かの人生まで変わってしまうからです」


 冬木は何も言えません。


「娘さんを愛しているなら、その記憶を大切にしてください」


 ひいおばあちゃんはそう言いました。


 冬木は泣きながら、その場を去っていきます。


 楓夏は胸が苦しくなりました。


「冬木さん……ずっと苦しかったんだ」


 そして最後の記憶。


 ひいおばあちゃんが白い木の前に立っています。


「いつか、この森を守る子どもたちが来るでしょう」


 ひいおばあちゃんは木に手を当てました。


「その子たちが、冬木さんを救ってくれるかもしれない」


 楓夏は驚きました。


「私たちが……?」


 白い木が答えます。


『そう』


 その瞬間――。


 記憶の世界が崩れ始めました。


「どうしたの?」


『もう戻る時間』


 周囲が真っ白になっていきます。


 楓夏たちは手をつなぎました。


 光の中で、ひいおばあちゃんの声が聞こえます。


『楓夏』


「うん!」


『森を守ることは、誰かを倒すことではありません』


『憎しみを終わらせることです』


 楓夏の目から涙がこぼれました。


「分かった!」


 そして――。


 パッ!


 五人は、白い木の前に戻っていました。


 紗良も隣にいます。


 冬木は、少し離れた場所で立っています。


 その目には涙がありました。


「……私は、間違っていた」


 冬木は静かに言いました。


「ずっと、過去を変えようとしていた」


 楓夏は冬木に近づきます。


「変えなくてもいいよ」


「……」


「娘さんを忘れなければいい」


 冬木は顔を伏せました。


「そうだな」


 そのとき。


 森の奥から車の音が聞こえました。


 ブロロロロ……。


 冬木が振り返ります。


「まだ終わっていない」


「え?」


「あの男だ」


 冬木の顔が険しくなりました。


「黒い石を持っていた男は――」


 冬木が言葉を続ける前に。


 森の中から一人の男が姿を現しました。


 黒い石を手にしています。


 そして――。


 その男の隣には、見覚えのある人物が立っていました。


 楓夏は驚きました。


「……おばあちゃん?」


 おばあちゃんの顔が青ざめます。


 男は笑いました。


「やっと見つけた」


 手の中の黒い石が光ります。


「五人の守り手と、白い木を。」


 春の森に、再び大きな事件の幕が上がりました。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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