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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第十四話 地下の森



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第十四話 地下の森


 「こっち!」


 楓夏は美月の手を握り、暗い通路を走りました。


 後ろから足音が聞こえます。


 ザッ……ザッ……。


 黒い帽子の男が追ってきています。


「楓夏、止まるな!」


 お父さんの声が響きました。


 けれど、通路はどんどん狭くなっていきます。


 壁には木の根がびっしりと伸びています。


 楓夏には、その一本一本の声が聞こえていました。


『右はだめ』


『左へ』


『その先に階段がある』


「左!」


 楓夏は迷わず曲がりました。


 美月も必死についてきます。


「楓夏ちゃん、どうして分かるの?」


「木さんが教えてくれるの」


「木が……?」


「うん」


 美月は少しだけ笑いました。


「やっぱり本当なんだ」


「何が?」


「おばあちゃんが言ってたこと」


「美月ちゃんのおばあちゃん?」


「うん。私のおばあちゃんも、昔、森の声が聞こえたって」


 楓夏は驚きました。


「美月ちゃんのおばあちゃんも?」


「でも、私には聞こえない」


 美月は寂しそうに言いました。


「だから、楓夏ちゃんに会ったとき、すぐ分かったの」


「何が?」


「同じ人だって」


 その意味を聞く前に――。


 足元が突然なくなりました。


「きゃっ!」


 二人は階段を転げ落ちました。


 ドサッ!


「痛い……」


 楓夏が起き上がると、そこには広い空間が広がっていました。


 天井は高く、岩肌がむき出しになっています。


 けれど――。


「すごい……」


 楓夏は息をのみました。


 地下なのに、そこには木が生えていたのです。


 小さな白樺。


 苔。


 シダ。


 そして、見たことのない青い花。


 地下の空間いっぱいに、まるで小さな森が広がっています。


『ふうか』


 木々が一斉にささやきました。


『ここだよ』


『ずっと待ってた』


「ここ……何?」


 美月が答えました。


「地下の森」


「地下の森?」


「昔の人がそう呼んでたって」


 そのとき、背後からお父さんたちが降りてきました。


「楓夏!」


「ここにいたのか!」


 お父さんが二人を抱きしめます。


「怪我はないか?」


「大丈夫」


 お父さんは周囲を見回しました。


「これは……」


 赤い帽子の研究者も、目を見開いています。


「こんな場所が残っていたなんて……」


 地下の森の中央には、大きな石があります。


 その石には、木の箱と同じ葉っぱの模様が刻まれていました。


 楓夏が近づくと――。


 青い花が一輪だけ開きました。


 ポン。


 小さな音がしたように見えました。


「お花さん?」


『ふうか』


「なあに?」


『石に手を置いて』


 楓夏は言われた通り、石に手を置きました。


 その瞬間――。


 頭の中に、映像が流れ込みました。


 雪に覆われた道東の森。


 ずっと昔のことです。


 若いひいおばあちゃんが、森の中を歩いています。


 隣には、一人の男性。


 そして、小さな女の子。


 女の子は泣いています。


 ひいおばあちゃんが、その子を抱きしめています。


「大丈夫よ」


 ひいおばあちゃんが言います。


「あなたを守るから」


 次の瞬間。


 場面が変わりました。


 海。


 嵐。


 大きな波。


 ひいおばあちゃんが木の箱を抱えて走っています。


 後ろから、誰かが追いかけています。


「渡せ!」


 男の声。


 ひいおばあちゃんは逃げます。


 そして、この地下の森へ入ってきました。


 石の前で立ち止まり、箱を置きます。


「いつか、この森の声を聞く子が来る」


 ひいおばあちゃんが石に向かって言います。


「その子に、この秘密を託します」


 映像が消えました。


「……今の、何?」


 楓夏が呟きます。


 おばあちゃんが泣いていました。


「母……」


 おばあちゃんは、何かに気づいたように石を見つめました。


「私はずっと間違えていた」


「何を?」


「母が守っていたのは、記録だけだと思っていた」


 おばあちゃんは首を振ります。


「違ったのね」


 赤い帽子の研究者が石の周りを調べます。


「ここには地下水があります」


「地下水?」


「この森と海をつないでいるんでしょう」


 楓夏には、その声が聞こえました。


『川も』


『森も』


『海も』


『全部つながってる』


 そのとき。


 地下の森の奥から、ポタ……ポタ……と水が流れる音がしました。


 楓夏が近づくと、小さな水路があります。


 その水は、どこかへ向かって流れています。


「お水さん、どこへ行くの?」


『海へ』


「じゃあ、黒い袋の中身も……」


 楓夏は気づきました。


 森に捨てられた危険なもの。


 川に流れ込んだもの。


 そして海へ運ばれたもの。


 全部、この地下水脈でつながっている。


 そのとき――。


「その通りだ」


 暗闇から声がしました。


 全員が振り返ります。


 黒い帽子の男が立っています。


「ここまで来たか」


 お父さんが楓夏を後ろに隠します。


「もう逃げられませんよ」


 男は笑いました。


「逃げる?」


「あなたたちは何も分かっていない」


 男は地下の森を見回しました。


「この場所を守るために、俺たちはやっているんだ」


「森を守るため?」


 楓夏が聞き返します。


「そうだ」


 男は答えました。


「この地下の水脈が知られれば、この地域は大きく変わってしまう。だから、秘密にする必要がある」


 楓夏は首を傾げました。


「でも、危険なものを捨てたら、森さんも海さんも苦しくなるよ」


 男は黙りました。


 楓夏は続けます。


「それは、守ることじゃないよ」


 男の表情が変わりました。


 そのとき、地下の森に強い風が吹きました。


 木々が一斉に揺れます。


『そうだよ』


『守るって、隠すことじゃない』


 男が後ずさりました。


「……黙れ」


 しかし――。


 突然、男の足元の土が崩れました。


「うわっ!」


 男が穴に落ちかけます。


 楓夏は思わず手を伸ばしました。


「つかまって!」


「楓夏!」


 お父さんが止めようとします。


 けれど楓夏は男の手をつかみました。


「大丈夫?」


 男は驚いた顔で楓夏を見ました。


「……なぜ助ける?」


「困ってるから」


 男は何も言えませんでした。


 そのとき、男の懐から一枚の写真が落ちました。


 楓夏が拾います。


 写真には――。


 若いひいおばあちゃん。


 そして、その隣に立つ男。


 さらにもう一人。


 小さな女の子。


 その女の子は――。


 美月とそっくりでした。


「美月ちゃん……?」


 美月が写真を見て、顔を青くしました。


「この子……」


「知ってるの?」


 美月は小さくうなずきました。


「私のお母さん」


 楓夏は驚きました。


 では、この地下の森に残された秘密は――。


 楓夏だけのものではなかったのです。


 そして、写真の裏には新しい文字がありました。


 『二人の子どもが揃ったとき、最後の扉が開く。』


 楓夏と美月。


 二人の少女が顔を見合わせます。


 その瞬間――。


 地下の森の奥で、


 ゴゴゴゴゴ……。


 大きな地響きが起こりました。


 石の壁がゆっくり開いていきます。


 その向こうには、さらに暗い道。


 そして、その奥から――。


 誰かの声が聞こえました。


「やっと……二人が揃った」


 楓夏は美月の手を握りました。


 まだ誰も知らない、地下の森の「最後の扉」が――。


 今、開こうとしていました。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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