1-8 双子は良い先輩?
話し合いのあと、閻魔大王が個室を与えてくれた。
黒みを帯びた石の床に、鮮やかな蓮の文様の絨毯。
窓辺には、彫刻が施された石の机。
鏡台、箪笥、天蓋付きの寝台など、
生活に必要なものは揃っている。
閻魔大王が「よく休め」と言い残して
立ち去るやいなや、
わたしは窓に駆け寄った。
アーチを描く高窓。
ガラスではなく、
幾何学模様の格子がはめられている。
ふん。
握りこぶしひとつ、出せやしない。
これじゃあ本当に牢獄だ。
格子は、外から流れ込む霧を裂いている。
三途の川を渡ってきたときも、
この霧でほとんど何も見えなかった。
わたしは寝台に倒れ込んだ。
まぶたが重い。
「明日から、取材し放題……」
つぶやいた声は、
自分でも聞き取れないほど小さかった。
・・・・・・・・・・
翌日。
わたしに許されたのは、見学のみだった。
仕方がない。
〝試用期間〟というやつだ。
支給されたヒマワリ色の官服をまとい、
裁きの間の隅に控える。
見学する中で、双子の役割もわかってきた。
司録は、おびただしい数の帳面を扱うが、
筆記を担っているわけではない。
起きた出来事は自動的に記されるらしい。
帳面を監督し、整え、
必要に応じて閻魔大王に提出する、
いわば管理者のような立場だ。
わたしは、この日の裁きが終わると
司録を追いかけ回し、
冥界について質問をくり出した。
本当は閻魔大王を追いかけ回したかったのだが、
裁きが終わると同時に執務室へ戻ってしまったのだ。
司録には、目が合うたびにシャーッと威嚇をされる。
まるで人間嫌いの捨て猫だ。
「あなたの帳面を隅から隅まで読みましたが、
本っっっ当にくだらない人生だったんですね。
焼き芋」
廊下をすたすたと逃げながら、
平然と嫌味をぶつけてくる。
赤ん坊の頃、
焼き芋屋さんの脇に捨てられたことをいじって、
〝焼き芋〟というあだ名で呼ぶのだ。
このデリカシーのなさ、人間だったらありえない!
「生みの親は不明。
孤児院の有象無象の中で育つ。
使いっぱしりの記者として、こき使われる。
これといった趣味もなし。
最低限の箇条書きで終わるような一生です」
わたしはうんざりし、
「仕事が趣味だったの。
他人の人生を勝手にのぞかないでよ」と迫ったが、
取りつく島もない。
「エンマ様の前で、
〝自分は善人だ〟と訴える者は五万といましたが、
〝自分は悪人だ〟などと抜かす者は
ただの一人もいませんでしたよ。
何を企んでいるんだか」
司録がいぶかしげに目を細める。
これには言い返すこともできず、話題をすり替えた。
「わたしを地獄へ送ろうとした鬼たちを、
閻魔大王が消したよね。
あれはどうやったの?」
司録は、そんなことも知らないのかと言いたげに、
じろりとにらんだ。
「事の直前に、
エンマ様が帳面に書き込んだのを見ましたか?
あれはエンマ様ご自身の帳面です」
「へえ……?」
「その名も〝閻魔帳〟。
帳面の元祖ともいえる代物ですよ。
エンマ様は、帳面に筆を入れる権限を持つ、
唯一の存在なのです」
「ふうん……?」
わかったような、わからないような曖昧な声が漏れる。
司録はやれやれと首を振った。
「帳面の記録は絶対です。
足された一行は出来事となり、
逃れようのない事実として現れる。
つまり、理屈上、エンマ様には何でもできるのです」
わたしは立ち止まった。
司録は、チャンスとばかりに
どんどん離れていく。
「鬼を消し去ることも——
その気になれば、
世界を滅ぼすことだって造作もないことですよ」
は? そんなのアリなの?
スケールが違いすぎる。
最高裁判所も腰を抜かすに違いない。
司録は振り返り、肩をすくめた。
「だからこそ、
エンマ様はむやみに筆を取らないのですよ。
さあ、ぼくは忙しいので、
さっさと視界から消えてください。芋女」
廊下に置いてきぼりにされたわたしは、
地球滅亡と三権分立について考えていた。
対する司命は、司録とは真逆の態度だった。
わたしを新しいおもちゃのように面白がり、
付きまとい、さんざん脅かす。
「見たか?
司録が管理している帳面の山。
一人あたり何冊もあるだろ。
六道を巡っただけ増えるんだ。
ぐーるぐーる、いつまでも解脱できない。
何のための命だろうな? あはは」
「知っているか?
いずれ、裁く側にも罰が下る。
ぼくたちは苦しみ抜いて地獄へ落ちるんだ。
おまえ、とんでもないブラック企業に就職したな」
頭が痛くなり、距離を取ろうとしても、
司命は子犬のようにぴったりと後をついてくる。
「聞こえたか?
昨晩、エンマ様の執務室から、
甲高い悲鳴が漏れていただろう。
エンマ様は、冥界中の美女をあそこに閉じ込めて、
舌を引っこ抜いているんだぜ」
「どうしてそんなことを?」
目を見張り、思わず振り返った。
「さあね。鬱憤晴らしかな?
エンマ様はドSだからなあ」
わたしの反応に、司命は目を輝かせる。
そんな司命の仕事といえば、
日ごと、地域ごとに、
何人が生まれ、何人が死ぬかを定めることだ。
閻魔大王の言葉通り、
その采配はかなりざっくりしているようだ。
こんないじめっ子に、
人口増減の帳尻合わせを任せていて
大丈夫なのだろうか。
わたしは不安半分、あきれ半分だった。
二人とも、はっきり言って性格に難がある。
しかし無理に長所を挙げるとすれば——
司録は真面目な働き者だし、
司命は明るく無邪気だ。
実際には、彼らの方が桁違いに年上のはずだが、
容姿と態度がどうにもそう見せてくれない。
——ぐう。
突然鳴ったおなかの音に、
わたしは飛び上がった。
死後の三十五日間、階段を上り続ける間は
まったくおなかが減らなかったのに、
ここで働くと決めればこれだ。
けさは何も食べていない。
眠りこけていたところを双子に叩き起こされ、
そのまま裁きの間に向かったのだ。
時計も太陽もないのに、
どうやって出社時間に合わせて
起きろというのだろう。
「腹が減ったなら、食堂に案内してやるよ」
司命にぐいぐいと背中を押された。
なんだ、急に親切だな。
暗い廊下を進む。
左右で、燭台の細い炎が揺れている。
ところで、冥界では何を食べるんだろう?
かなり楽しみ。
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