1-7 あの世での雇用形態は?
冥界には太陽も月もない。
だから、暦も存在しないそうだ。
死者たちがやってくる時間を朝とし、
長蛇の列が途絶えれば、それを夜の訪れとする。
冥府に雇われたその日の夜、
がらんとした大広間で、
わたしは閻魔大王と双子と向き合っていた。
「では、太野礼阿の雇用についての
話し合いを始める」
閻魔大王が、厳かに宣言する。
残りの三人の声が「はい!」と揃った。
わたしは、すべて書き留めるために
手帳とペンを構えている。
「聞きたいことはあるか」
閻魔大王の問いかけに、
わたしは視線を泳がせた。
「あの……雇用形態についてですが」
自ずと声が縮こまる。
「わたし、正社員ですか?
契約社員ですか?」
「ぷっ。おまえ、
生前にコンプレックスでもあるのか?」
司命が吹き出した。
司録が、わたしの帳面をぱらぱらとめくる。
「十八歳から出版社で働き始める。
取材の腕を認められるも、
契約社員として搾取され続ける——
ああ、これは劣等感を抱いて当然ですね」
「その帳面ね、
軽々しく読み上げないでくれるかな」
司録をにらむ。
しかし、完全否定はできなかった。
薄給のわりに、
一日にいくつも取材に行かされ、
スクープがあれば休日でも叩き起こされた。
やりがいがあったから何でもできたが、
今考えれば、まともな扱いではなかったのかも。
「試用期間を経れば、
終身雇用としてもかまわない」
閻魔大王の答えにときめいた。
〝終身〟と丁寧にメモを取る。
一方で、不安もよぎった。
「逆に、辞めたくなったら……?」
「消滅するしかない」
「重っ」
思わずのけぞった。
「えっと、お給料は……」
「冥界に貨幣はない。
かわりに、衣食住を提供する」
わたしは驚き、双子を振り返った。
「二人とも、ただ働き?」
「あんな小銭や紙切れに価値があるか。
人間の物差しで測るなよ」
と、司命。
「貨幣とは、信用を数値化した
代替概念にすぎません」
と、司録。
「難しい言葉でごまかさないで」
「本来、仕事の報酬とは、
存在を認めてもらうこと——
あるいは、
存在すること、そのものです」
「急に宗教っぽくなるのもやめて」
頭が痛くなってくる。
司命がせせら笑った。
「人間は、金がないと働けないのか?」
「働けるけれど、安心できないの!」
「安心?」
「将来とか、老後とか……」
「死後の世界で、老後の心配?」
大笑いする双子。
もう、本当に、勘弁して。
閻魔大王が、にこりともせずに言う。
「冥府の中に個室を与える。
司命と司録の部屋とは離すから、
案ずるな」
よしっ。
心の中でガッツポーズをした。
もしも双子と近ければ、
部屋の中にムカデでも放り込まれかねない。
「閻魔大王のお部屋は?」
「さらに離れた執務室だ。
用がなければ近づくな。
用があっても近づくな。
明くる朝まで待て」
「はーい」
わたしは素直に微笑んだ。
仕事以外では、
完全にオフラインというわけね。
そうはさせない。
あなたに興味津々なんだから。
司命が割り込んだ。
「食事は、朝晩の二回。
食堂で、エンマ様の配下の鬼どもが作る」
「鬼が、料理?」
「煮るのも焼くのも、包丁さばきも、
超一流だぞ。
なぜだろうな」
司命がにやつく。
「おまえが食堂に入っていいのは、
ぼくと司録の食事が済んでからだ。
一番の下っ端だからな」
はいはい、とうなずいた。
わたしだって、嫌がらせを受けずに
落ち着いて一人で食べたい。
「週休二日制ですか?」
閻魔大王は、ゆっくりとまばたきをした。
「冥府は常に稼働している」
「それは知っていますが……」
「死は待たない」
「それも知っていますが……」
またもや双子を振り返った。
「お休みも、なし?」
司命があざ笑う。
「休みはないが、繁忙期はあるぞ」
「ありがたくない情報を、どうもありがとう」
わたしがにらむと、
司命はますます楽しげな顔をした。
「人間が大勢死ねば、その分、
裁きを待つ列は長くなる。
夜が来ず、
ぼくたちは眠ることもできなくなる」
わたしは言葉を失い、
口をぱくぱくさせていた。
司録がじろりとこちらを見る。
「休みをもらって、どうする気ですか?
冥界には、ショッピングモールも
映画館もありませんよ」
「でも、気分転換に出かけるくらいは——」
そのとき、
広間の温度ががくっと下がった。
何事かと震え上がる。
ペン先のインクが凍りそうだ。
冷気を放っているのは、
閻魔大王だった。
「太野礼阿。
おまえは冥府の外に出てはならない」
「えええっ?」
間抜けな声が飛び出た。
この城から出てはいけないって?
「初耳です!」
「今、禁じた」
「なぜですか」
「おまえは、誰彼かまわず干渉する」
「しません」
「する」
「しませんってば」
「する」
……うーむ、確かに。
「冥界には、
菩薩様がうろついていることもあれば、
鬼や妖怪の類も、うようよいるからな。
やめとけ、やめとけ」
肩をすくめる司命とは反対に、
わたしはペンを走らせた。
「菩薩様がいるの!?」
「ほら。その、
猪突猛進したくてたまらないという顔。
だから閉じ込められるのですよ。
このお節介娘が」
司録の言葉に、口をつぐむ。
仕事の提供。
衣食住の支給。
期限はなし。
外出は不可。
「方向性が、刑務所なんですが」
思わずつぶやくと、
司命が意地悪な声で言った。
「嫌なら去れよ。役立たず」
「去る、イコール、消滅でしょ」
「後腐れもありませんね」
司録が、わたしの帳面を軽やかに閉じた。
その表紙には、すでに
〝冥府〟と記されている。
「……わかりました」
こう告げるしかなかった。
インクの出も悪い。
司録につられるように、
手帳を閉じた。
なんだか、騙された気分!
地上なら労働局が飛んできます!
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