2-3 若い娘はどんな味?
「それで……
無間地獄行きに値する罪を犯したと、あなたは納得していますか?」
慎重に相手の顔色をうかがう。
オロチはしばらく物思いにふけってから、「ああ」とだけ答えた。
よかった、うまく本題に繋げることができた。
「あなたのどの行いが、それに該当すると?」
「娘を食った」
なんともあっさりとした回答だ。
「もう少し具体的にお願いします」
この質問に、オロチはじわりと舌なめずりをした。
「まずはおれの長い尾で、手足を縛る。抵抗されると面倒だからな。血の匂いが濃くなる前に、急いで丸呑みする。若い女からは花の香りがするぞ。何の雑味もない」
「違う違う。食べ方を聞いたわけではありません。ちっとも知りたくない」
わたしがうんざりして言うと、オロチは億劫そうに、髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「年に一度、山から里に下りて、若い娘を食った。八人姉妹の七番目まで食ったのだったかな。それが話のすべてだ。そこの小童どもに聞いただろうが」
オロチが双子をあごでしゃくる。周知の事実と言わんばかりの態度だ。
そう、確かに神話はそう語る。
わたしは腕組みをし、うーむと考え込んだ。
「そもそも、どうして蛇が人間を食べるのかな。栄養補給のため? 猿や熊みたいに? それなら、年に一度じゃ足りないですよね」
「あんまり昔のことだから、忘れちまったよ」
オロチは他人事のようにあくびをしている。
「女好きだったんじゃないか?」
司命がせせら笑った。
「それなら丸呑みなどせず、よく噛んで味わうような気もしますが」
司録の悪趣味な一言を、オロチは鼻で笑った。しかしその笑みはどこか浅い。
わたしは七十年前を思い返した。エンマ様が自分を冥府に置くと決めたとき、何を託したのかを。
それは、事実の奥にある心の部分に触れること、だ。
神話のどこにも、オロチの感情の描写はない。ならば、聞くしかない。
「娘たちを食べているとき、どんな気持ちでしたか?」
本来なら即答できるはずの問いだ。楽しい。うまい。満たされる——
それなのに、オロチは呆然と立ち尽くしていた。恐らく初めて投げかけられた質問なのだろう。
わたしは追い立てず、静かに促した。
「覚えていませんか。執着していたはずなのに」
オロチの裂けた唇の端が、きゅっと歪む。まるで記憶の底に沈めていた何かがゆっくりと浮上してくるような、沈黙の時間。
そしてついに、吐息に紛れそうなささやき声が返ってきた。
「濡れていた。そうだ、泣いていたんだ。女もおれも」
ペンを止めた。
一体どういうこと? 食べたくて、食べていたのではないの?
オロチの顔から、先ほどまでの軽々しさが消えていく。
かわりに浮かび上がったのは、戸惑いと、痛みに近い表情だった。
今しがた得たばかりの知識を思い出す。
「蛇は泣かない。それなのにあなたは、泣いたことがあるのですね」
——そういえば。冥界では、その者の本質が容姿に映し出されるのだっけ。
目の前でたたずんでいるのは怪物ではない。蛇の名残を宿しながらも、遊び心があり、人の心の機微を理解する存在だ。
わたしは慎重に、深く息を吸い込んだ。
「あなたは、生まれたときから八岐大蛇でしたか?」
質問の意味を咀嚼するやいなや、オロチの反応は、声より先に態度に現れた。
喉をひくりと引きつらせ、肩がこわばる。浅い呼吸を一度、二度。けだるげに垂れていた指先が、爪を立てるほど強く握り込まれる。
体が追憶を拒んでいる。
やがて背中を丸め、両腕で頭を抱えた。内側から破られるかのようにもがいている。
芝居でないことは明白だ。
しまった。聞きすぎてしまったのだろうか。
「おれは……はじめは、娘の味など知らなかった……」
うなり声が漏れ出す。顔を上げたオロチの瞳孔は、限界まで開き切っている。
「ああ、そうだ——最初の娘を食ったとき、おれの心は引き裂かれた。怪物になった瞬間だ。おれは醜い化け物だ!」
蛇が獲物に絡みつく勢いで、オロチの腕が伸びる。
「れーちゃん!」
「焼き芋!」
司命と司録の声だ。
あっという間に、わたしの体は強く引き寄せられた。硬い鱗が肌を擦り、鋭い痛みが走る。そして——
オロチの背中が膨れ上がった。鱗が増殖し、肉が裂け、背骨が枝分かれしていく。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
六つ。
七つ。
「「八岐大蛇だ!!!!!」」
双子が同時に叫んだ。
わたしはその中心に抱え込まれたまま見上げていた。
八つの巨大な蛇頭が、冥府の天井まで持ち上がるのを。
連休明けもがんばっていきましょう。
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