2-2 地獄ってどんな場所?
「では、最初の質問です」
ペンを構え、ひたとオロチを見据える。
「あなたが過ごした無間地獄がどんな場所だったか、教えてください」
この質問に、オロチは拍子抜けした声を出した。
「は? 出雲国での、おれの悪行について聞きたいんじゃないのか?」
「無間地獄に興味があるんです。ほら、気軽に旅行できる場所ではないでしょう?行ったことがあるという知人もいませんし」
「観光地みたいに言わないでくださいよ」
司録がぼそりとつぶやいた。
オロチは額を押さえる。
「さんざん責め苦を受け、ようやく戻ってきたと思ったら、感想文を書かされるとは」
そのぼやきに、わたしは熱心な表情で身を乗り出した。
「大丈夫。字数制限はありませんよ。さあ、聞かせて」
オロチは戸惑うように視線を泳がせた。何から話そうかと考え始めたのが、手に取るようにわかる——
わたしが思い出したのは、高校一年生の夏のこと。学校新聞の記事を書くため、母校のOBである画家のアトリエに訪れる。芸術家というのは往々にして気難しい。
あのとき切り出したのは、新作の話ではなく、画家が前月に旅行したエジプトの話題だった。事前に目を通した画家のブログから拾ったのだ。その結果、画家は上機嫌かつ饒舌になり、エジプト土産をくれただけでなく、作品についても期待以上の情報をくれた。
自分の聞きたい話題はいったん捨て置き、まずは相手が語りたがっていることを存分に語ってもらう。取材者の、はやる気持ちをぐっと堪える忍耐力が鍵だ。
では、地獄から上がったばかりの罪人が、今、最も語りたいことは何か。
決まっている。愚痴と泣き言だ。
いかにひどい場所だったか。どんな罰を受けたか。かわいそうなおれを見て。おれの悲劇を、どうか聞いてくれ。
そんな願いが全身から泡のようににじみ出ている。
「ひどい場所ですか」
わたしが吐いたため息は、少々大げさだった。しかし見知らぬ男であっても、今の今まで地獄にいたと思うと胸が痛む。
「ひどいという言葉では済まない」
オロチはぐるりと目玉を巡らせた。
「まず無間地獄にたどり着くまでが一苦労だ。電車や飛行機で行ける距離じゃない。二千年の間、たった一人で、真っ逆さまに落ち続ける」
「に、二千年。その間、何を考えていたのですか?」
「先に落ちた、悪党の諸先輩方の阿鼻叫喚を聞き続ける」
息をのみ、慌ててメモを取る。
その反応を見て、オロチは気をよくしたようだ。口角がわずかに上がる。
「無間地獄に到着してからのことは……お嬢さんには刺激が強すぎるぜ」
オロチがわざとらしく声をひそめる。
わたしはさらに一歩近づいた。
「そんな! ここからが佳境でしょう。お預けなんて、まさかそんな残酷なことはしませんよね?」
「遠慮なく聞きやがって。残酷なのはどっちだよ」
オロチがぶつくさと言う。しかし内心では話す気満々らしく、その目は語り部のようにらんらんと輝いていた。
「猛火に焼かれる。舌を釘で打たれる。どろどろに煮えた銅を口に流し込まれる。苦痛のフルコースだ。どうだ、ひとつでも経験したことがあるか?」
鼻を鳴らす様子は、どこか得意げだった。
「最も残酷なのは、絶え間がないことだ。もちろん眠れない。気を失うことも許されない。全身が苦しみだけに支配されるんだ。それが一中劫の間、延々と続く」
「一中劫って?」
「三百四十九京年以上です」
司録がむすっとした表情で解説する。
「ただし、地上、冥界、地獄では、それぞれ時間の流れ方が異なります。おおよそ永遠と捉えて差し支えありません」
わあ、〝京〟っていう単位、久しぶりに聞いた。想像するだけで吐き気がする。
「まあ、永遠と比べれば、刹那の出来事に過ぎなかったが」
オロチがうそぶく。きっと強がりだ。どれだけ想像しようと、オロチが実際に味わった苦痛には遠く及ばない。
「さぞお辛かったでしょう」
「ああ、辛い、辛いぞ! 他の地獄とはレベルが違うのだから」
思わずオロチの手を取ると、ひやりとした感触が伝わってきた。眼球が潤んでいる。なんて不憫なの——
そのとき背後から、低く鋭い声が飛んだ。
「おれの部下から離れろ、罪人」
エンマ様の警告だ。
「蛇にはまぶたがない。かわりに透明な膜で瞳を守っている。だから水分がこぼれ出ることはない。蛇は泣かない」
はっとして手を引っ込めた。オロチの首に掛かっている貝殻の飾りが、しゃん、と小さく音を立てる。
オロチは、余計なことを、と言わんばかりの目つきで、エンマ様を一瞥した。
確かに、取材対象者に情を寄せすぎるのは褒められたことではない。危うく騙されるところだった。
わたしはこほんと咳払いをした。
ここからは、言葉選びひとつで会話の流れが変わる。
◎礼阿の取材テクニック
自分が聞きたいことよりも先に、相手が語りたがっていることを語ってもらうこと。
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