晩餐の席にて
レンディールの食事は、普段であれば自室に運ばれてくる。
その料理を一人で食べるというのが、母親が死んでからの彼の食事方法だった。
そうしたくてしている訳ではなく、それが王妃エスターシャの意向だったから、従っているのである。
後宮の主は彼女であり、まだ自分の宮がなく後宮に住んでいるレンディールには、その意向に逆らうことが許されていないのだ。
いつもだと夕食が運ばれてくる時間に、今日は王妃付きの侍女がやってきて、晩餐の席にくるよう伝えてきた。
よって、レンディールが今いる場所は、他の王族たちが揃って食事をする晩餐の広間だった。
広間には父である国王と、王妃のエスターシャ、それから王太子の三人がいる。
第二王子は隣国に留学中のため、ここにはいない。
「レンディールは今十歳だったか? 久しぶりに近くで見るが、ますます側妃に似てきたな。武芸の腕は上達したか?」
色鮮やかな金髪に青い目をした父。威厳を見せるためか、豊かに蓄えられた口ひげ。
それを撫でつけながら、レンディールを見てくるが、その目に映るのは、生前の母の姿なのかもしれない。
久しぶりだと思ってるのは、父上だけですよ。葬儀のとき、真横にいたのをお忘れですか?
「……先生にはまずまずとの評価をいただいております」
レンディールの武芸の教師は、騎士団長である。
だが、その指導に熱はなく、ともすれば鬱憤晴らしのように、彼をいたぶることの方が多い。
前回の指導でも、手酷く打ち据えられた。
「流石は巣狩人の息子ね。その歳でもう、そんな評価を貰っただなんて。貴方も見習いなさい」
王妃は褒めてくるが、桃色の髪の隙間から覗く碧眼は、温かみの欠片もない。
しかも、レンディールを横目で見ただけで、直ぐに視線を王太子の方に向けてしまう。
「母上、私の仕事は肉体労働ではありませんので。勉学ができてれば、充分でしょう? 巣を攻略するのは、そいつ……弟に任せます」
巣狩人のみではなく、体を動かす仕事全般を軽視する態度の兄。
父上の跡を継ぐ存在なのに、考えが浅すぎるのでは?
そう意見したくなるが、口を開けば後で何をされるか分からない。
レンディールは食事と一緒に言葉も呑み込んだ。
「陛下、第三王子は、武芸の腕も認められたみたいですし、森の巣を任せても良さそうですわよね?」
「ふむ。側妃の息子だしな。よし、レンディールよ。そなたに森の巣攻略を任せよう。明日から週に一度巣に入り、戦利品を持ってくるように」
巣に入れば、大の大人でも無傷で帰って来るのは難しいと噂されている。
騎士団長にさえ、まともに勝てないというのに、父上は私に死ねと言っているのですか……?
「応援してるよ。大いに頑張ってくれたまえ」
レンディールを見ることもなく、激励してくる兄に絶望する。
「あら? 返事が聞こえないわね。陛下からの直々のご指名よ。嬉しいことでしょ?」
この人たちは、私に何を望んでいるんだろう?
いや、何も望んでいないのかも知れない。
ただ、レンディールが森の巣で、息絶えることを期待しているのだ。
「嬉しさのあまり、我を忘れておりました。申しわけございません。任務、謹んで拝命いたします」
噛み締めた唇から、絞り出すように返答する。
「うむ。それと同時に森の離宮もそなたに与えよう。これからは、その離宮で生活するように」
父がどのような表情をしているのか、知るのが怖くて、レンディールはその顔を見ることができなかった。
「……ありがたく……頂戴いたします」
震える声で言葉を紡ぐ。
自分の宮を与えられたというのに、レンディールの心に満ちるのは寂寥とした感情だけだった。