母の死
二日前、母が死んだ。
レンディール・アスフェルの母親は、この国の側妃であるとともに、「巣」を攻略する凄腕の狩人だった。
側妃になる前は、巣狩人協会に所属する、どこにでもいる流浪者だったらしい。
そんな母が二日前、王家が所有する「森の巣」からの帰り道、戦利品目当ての賊に襲われ、殺された。
凄腕の狩人だったのに、単なる盗賊に殺されるだなんてありえない。
母を疎ましく思う誰かに暗殺されたに決まってる。
そう主張したくても、話を聞いてくれる相手がいないから、レンディールは黙って喪に服すしかなかった。
母の葬儀はお粗末で、死んだ次の日には棺桶に入れられ、盛大な国葬をされるわけでもなく、王家の墓の片隅に、打ち捨てられるようにして埋められた。
あんなやり方、とても葬儀とは呼べない!
国のため、父上のために尽くしてきた母上の努力は……。
『私たちが飢えに苦しむことなく、豊かに生活できるのは、国民のおかげです。貴方も私も、その事に感謝し、国に尽くさないといけません』
事ある毎に聞かされてきた、母の言葉である。
飢えという物をレンディールは感じたことがない。
ただ、王宮の下男下女たちの話を盗み聞きしたとき、飢えで身内が死んだと話している人がいた。
なるほど、飢えとは人を死に至らしめる物なのだ。
そのときやっと、母の話が理解できた。
頭では理解しているが、納得は未だにできていない。
国民が私たちに何かをしてくれたのか?
税という物を納めてくれているのは知っている。
だが、父上や王宮に仕える者たちは、母上を便利な道具のように扱い、使い捨てたじゃないか。
ああそれでも、飢えに苦しんだことがないのは事実だ……。
母上、私は貴女の言いつけを守ります。
刻印入りの指輪を握り締め、誓う。
この指輪だけが、レンディールに残された唯一の形見だった。
今日は婚約者との顔合わせをする日らしい。
王宮の片隅で、静かに母親を悼んでいた彼は、止まらぬ涙を拭いながら、自室に戻ろうと横を向いた。