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sequence1-9

「キャロライン、さっきは悪かったにゃあ……」

再び廊下に出て、次は大浴場を目指していた。その道中、自室から少し歩いた辺りでシャルが口を開く。


「先にレニスの説明をしとけば良かったにゃ」

「……説明?」

キャロラインもまだ引きずっているのか、少しだけ口が重たそうで、声も弱々しい。

「そうだにゃ。確かにメイド長はプレイナなんだけどさ、レニスは別にメイドって訳じゃないの。ただあの服が好きだから着てるの……いつもああやって新人を騙すというか、試すというか……」

「……もしかして、あんたも?」

キャロラインの問に、先を歩いているシャルの足が止まる。右半身だけキャロラインに向けると、小さく頷いた。目はどこか遠くを見ている。


「わたしは尻尾を千切られそうになった……『出来るのよね?変身』って言われたから、したんだけど。その……めちゃくちゃ強く……」

その先は続かなかったが、キャロラインには察しがついた。おそらく、引っ張られたのだろう。


「にゃんてな!!嘘だにゃー!」

突然、笑顔になって手を振りながら走り出すシャル。

廊下に笑い声が響く。キャロラインは拳を握る。

「本当に……本当に、千切ってやろうか!」

小さく呟き、シャルの後を追う。

少しの怒りと共に走っている途中、少しだけ心が落ち着いた。やはりシャルはそういう気遣いを、心を見抜いてしているのではないか?そう思いながら、キャロラインはシャルを壁際に追い詰めデコピンをする。


「んにゃっー!」

悲痛な叫び。シャルは涙目で額をさする。

手加減はした。したつもりだ。少しだけ怒りも残っていたし、もしかしたらほんの僅かの手加減だったかもしれないが、一応した。だから泣くほどではないはず、とシャルに視線を送る。


「さっさと案内しなさいよ」

「にゃー、キャロラインはひどいやつだー」

そう言うと猫の姿になり、キャロラインの左肩に跳び乗る。


「痛くて歩けないから、頼んだにゃ」

キャロラインの頭をぺちぺちと叩きながら抗議するシャル。やり過ぎたか?と心の中で少しだけ反省したキャロラインは歩き出す。

道中、シャルが話すレニスのことだけは何故かしっかりと耳に残った。それほどにインパクトが強かった。腕輪を付けられてまだ1日目。以前は腕輪の制限により感情を抑制されていたこともあり、こんな事はなかった。捕まる前の山の中でも誰かと話すということが少なかったこともあり、ここまで誰かに振り回されることはなかった。

そんなことを思いながら、シャルとの会話を適度に続ける。

エルスタやサーリアもそうだったが、この地の人たちは本当によく喋るなあ、と思うキャロラインだった。


「キャロライン、ここが大浴場にゃー!いい感じだろー?」

デコピン事件から5分ほど歩いた。廊下の奥まで進むと昇りの階段があった。そこを昇りきると短い廊下、その先に引戸が。屋敷の造りには似合わない木製の引戸。麻のようなもので作りたのれんに、「女湯」と染物なのだろうか、赤い文字が入れられている。


「ちなみに、反対側が男湯になってるんだよ。最初にホールの階段を上がったじゃん、で曲がったところの反対側、ね」

シャルはキャロラインの肩に乗ったまま続ける。


「ここから先は屋上にもなってて、露天風呂もあるんだにゃー!キャロライン、どうする?大浴場だけでも入る?」

キャロラインの肩をポンポンと叩きながら尋ねるシャル。なんとなくだが、その言葉からシャルはお風呂に入ることはどちらでもいい、そんな風に聞こえた。


「あんたはいいの?」

「んー、実はわたしたちの部屋には小さいけどバスタブもあるのにゃ。わたしはそっちばっかり使ってるの。キャロラインが初日で、いろいろあっただろうから、ってご主人が言ってから来たのにゃー。だからは今日の今だけは、貸切なんだよー」

貸切。なんとも魅力的な言葉ではないか。正直、誰かに肌を見られたりするのには非常に抵抗があった。誰もいないのなら、見られないなら悪くないな、そんな思いが湧く。


「もし、わたしが入るならあんたはどうすんの?」

「そうだにゃー。裸の付き合い?ってのを望むなら、嫌だけど入るにゃ。このままで」

「そのまま!?そのままってことは、猫のままってことよね?そうなったら、人型の方は服着てるじゃない?それってどうなるの?やっぱり濡れないの?それとも濡れちゃうの?いや、濡れないんだとしても、体はどうなの?お湯で血行よくなるわけ?」

矢継ぎ早に喋るキャロラインに呆気を取られるシャル。予想だにもしなかった返答に思わず固まってしまう。嫌だけど、とかは気にならないのか?いや、それよりもだ、まだ服のことが気になっていたのか、とシャルは思った。今もまだそんなことを気にしていたとは。


「悪いけど、キャロライン。その辺、わたしもよく分からないにゃー……」

「えっ……?自分のことでしょ?なんで分からないのよ?」

再び言葉を詰まらすシャル。何だ、何でだ。どうして今わたしは責められている?お風呂に、大浴場に入るか入らないか、そんな簡単な話だったのでは?いつからこうなった?基本的に直感頼りのシャルは普段では有り得ないほど考える。思考を鋭く、薄い刃を研ぐようなイメージで考える。


「キャロライン、お前、ちょっとめんどくさいにゃ……」

けれどキャロラインを満足させれそうな答えは出ず、シャルは素直に本音を漏らした。

「えっ!?いや、でも気になったんだからしょうがないじゃない」

「分かった、分かったにゃ。でも一旦、それは置いといて!大浴場はどうする?」

ぺちぺち叩く講義ではなく、今度は耳を引っ張って抗議をするシャル。さすがにそれは少し痛かったのか、少しだけ表情が歪むキャロライン。


「そうだったわね。んー、やっぱりいいわ。魔法で身体も衣服も洗浄できるし」

「にゃ?!洗浄魔法を使えるのかにゃ?キャロライン、いいなー、わたしも使えるようになりたいなー」

「意外と簡単だったわよ?本読んだらすぐ覚えたもの」

「んにゃー!今のはさり気ない自慢かにゃー」

そんなやりとりをしながら、来た道を戻り始める2人。シャルはキャロラインの左肩が気に入ったのか、全く降りる気配はなく、部屋に戻るまでキャロライン鼓膜を震わせ続けた。


「眼鏡ー、つまみ食いー、戻ってきたのにゃー」

帰りの道は行きの時のように一方的な会話ではなく、少しだけキャロラインも言葉を返していた。

好きな食べ物の話だったり、メロンパンの話だったり、香ばしいバターの香りについてだったり、そんなことを語っていた。


「おかえりなさい、2人とも。布団とベッド用意してます。今日はもう寝ましょうか」

プレイナが2人を迎えると、部屋の奥を指さす。肘から指先まで綺麗に伸びたその腕の動きに思わず目を奪われるキャロライン。所作の良さはその人柄を写すものだと認識しているキャロラインは、プレイナに対する評価が静かに上がる。少なくともレニスよりは信用できる、そんなことを1人思った。


「もう寝ちゃうのお?せっかくなんだし、ご主人様のことを語りたいわあ?あ、プレイナは明日早かったのよね?いいわよ、代わりに語ってあげるからっ!」

またしてもソファに寝転んでいたレニス。上半身だけを床におろし、ぐりぐりと体をねじりながら前身している。その様にキャロラインはプレイナとはまるで正反対だな、と思いそうになったがぐっと堪える。何となく思考が読まれるのを避けたい、避けた方がいい、と本能に従ったのだ。


「にゃー?レニスのご主人の話はいつも同じだにゃー、いらないにゃ。早く寝たいのー!」

シャルはキャロラインの肩からレニスの後頭部へと飛び移る。そのままその場で垂直のジャンブを繰り返すシャル。

「あだっ、あだ、だ……」

プレイナの 情けない声が空気を漏らすように鳴る。

「シャル、お止めなさい?気持ちは分かりますが、そこまでに」

見かねたプレイナがシャルの首根っこを掴むと、胸の前で抱き抱える。


「プレイナあ、気持ちは分かるってえ、それは裏切りよお……?」

鼻の頭をさすりながら、涙目のレニスが顔を上げる。まさかの裏切り縋るように左足にしがみつくレニス。


そんな目の前の光景を他所に、キャロラインは部屋の奥へ歩き出した。

「コラ待てえ、新人〜!」

それを見てレニスは飛び上がり背中に抱きついた。

「「はあ……」」

誰と誰とは言わないが、ため息がシンクロした瞬間だった。

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