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「あのね、わたしはシャルね。さっきサーリア姉様が呼んでいたから分かっているだろうけど。そんなに警戒しなくて大丈夫だからね?だから、少しだけ妙にちくちくする魔力を引っ込めてほしいの……にゃ」
キャロラインの先を進んでいたシャルが急に止まって振り返る。
階段を昇り、左に曲がって廊下を進んでいたのだが、少しずつ強くなるキャロラインの魔力に遂には音を上げる、シャル。
「ああ、悪かったわね。ほとんど、無意識にやってたわ」
「無意識ー!?なんて怖い女ぁ……」
シャルはそう言うとキャロラインの左肩に乗る。
「でも助かるにゃ。それだけ弱くしてくれたら、乗れちゃう!」
どことなく嬉しそうな声音にキャロラインの口元も少しだけ緩む。
「あのにゃ、あのにゃ、キャロラインには悪いんだけど、このまま乗っけてくれない?歩くのめんどくさいのにゃ……」
耳元で優しく囁かれキャロラインは何も考えることなく、瞬時に頷いてしまう。
「にゃー!ありがとう!よーし、もう少し真っ直ぐだよー!」
いけいけー、と続けられ素直に従うキャロライン。さっきまであれだけ緊張し警戒していたのがバカに思えてくるほど能天気な言葉に声音。そんなことを思えるくらいには冷静さを取り戻しているようだ。
「あそこの左の扉がそうだにゃ。あの青いヤツ!」
肩から頭の上に乗り移ったシャル。キャロラインの目の前で小さな左の前足で扉の場所を示す。
「わかったわ。それより、あんた、その『にゃ』っていうのは、癖なの?それともわざとなの?さっきからちょいちょい『にゃ』ってついてないけど」
「む!?禁断の内容に触れたにゃ?」
そう言うと、シャルはキャロラインの頭から飛び降りる。キャロラインの前で腕を組んで仁王立ちの様な姿勢で尻尾を振っている。
「ふっふっふ、わざときに決まってるでしょ?」
「いや、そうだと思ってたから。そんな顔されても……」
「にゃにーっ!?」
扉を目前に迫っているのにも関わらず1人と1匹は廊下で楽しそうに言葉を交わす。
「新人のくせに生意気にゃ!」
抗議のつもりなのだろうか、シャルはキャロラインの左足をぺちぺちと叩く。物理的にも精神的にも全く痛くない抗議に、キャロラインはさらに口元を緩ませる。
ここまで来ると気を遣ってくれているのか、とそんなことを考え始めるキャロライン。
「かわいい感じでいきたい年頃なの、わたし!もう知らないっ!」
シャルはそう言うと青い扉を目指し、進み始める。
「あ、ちょっと、待ちなさいよ!」
キャロラインは慌てて、その背中を追う。余計なことを言ってしまったのか、と少し反省をしつつも、ふりふりと揺れている尻尾を目で追ってしまう。悪いとは思っている。思ってはいるのだが、こればっかりは仕方がないではないか、と誰にいうわけでもなく開き直る。
「ノックなんかしなくていいからにゃ。どうせ見てもつまらない裸くらいしかないもの」
扉の前につくと、シャルにそう促され金色のドアノブに手をかける。金でできているのか、メッキを加工したものなのかまでは分からないが、廊下を進んでいるときには色は分からなかった。灯りがあるのだから反射していてもおかしくはない。けれど、そんな様子は全くなかった、と不思議に思いながらノブを回す。
セキュリティは甘々なのだろうか、鍵はかかっておらずドアを押して開ける。部屋から出る際、手前に引くなんて緊急時には面倒なのではないか?いや、しかし廊下側に扉が開けばそれはそれで邪魔にもなるか?と、いつものごとく些細なことが気になるキャロライン。よく見ると扉に蝶番のようなものは無いではないか。どうやって留まっているんだ、そんなことにも気がついてしまい、またしても思考が脱線を始まる。
「ただいまだにゃー!」
キャロラインが何かを考えていることなどお構い無しのシャルは部屋に入っていく。
そのシャルの声に、我に返ったキャロラインは目の前の現実に目を向ける。
中はとても広く、アンティークなのだろうか渋いソファが綺麗に並んでいて、立派なシャンデリアもある。これがメイドのような、しかも奴隷と呼ばれる存在の者たちが過ごす場所なのかと、息を呑むキャロライン。普通の使用人であったとしても、この部屋は使わせてもらえないだろう。
またしても脳裏にレゾミナントの不気味さが滲み出てくる。
「あら、シャル戻ったのですね。ご苦労さま。それで……そこで固まっていらっしゃるのが、キャロラインね。さあ、お入りなさい」
落ち着いた雰囲気の1人のメイドがシャルを抱き抱える。眼鏡を掛けており、髪は後ろでまとめられていて前髪は眉の上辺りで綺麗に揃えられている。綺麗な赤茶色の髪の毛と緑がかった青の瞳。肌はハリのある綺麗な白で、日焼けのあとやシミなど1つもない。
そんな彼女に手招きをされるままキャロラインは室内に足を入れる。
薄くけれど広く、速く魔力を使い振動などを駆使したソナーを行う。警戒しているわけではなく、洗練されたそれは習慣なのだとわかる。
「あらあら、警戒しなくとも大丈夫ですわよ?ここには私たちの他には誰もいません。戦闘も決して得意ではなく、身の回りのお世話や買出しが担当ですのでえ」
魔力に反応したのか、ソファで寝ていたもう1人のメイドが体を起こす。
「メイド長のこの眼鏡と、買い出しとつまみ食い担当の寝坊すけと、私の3人でこの部屋使ってるんだよー!」
「そうなんだ……。そんなことより、3人って、あんたも人で数えるのね」
「うにゃー!ひどいにゃー!おい、眼鏡、わたしを降ろすにゃ!元に戻るから!」
もぞもぞと暴れるシャル。はあ、とため息を吐かれながら前へと投げられる。思ってもいなかったタイミングだったのか、んにゃ!?っと、声を上げながら器用に空中でくるり。
絨毯の上に着地すると、その体が淡い光に包まれる。光が消えると、そこにいたのはメイド服姿の少女。キャロラインよりも背は低く、更に幼い雰囲気。
「キャロラインさん。シャルはね、獣人さんなのよお。個人差はあるらしいのだけれどね、獣人さんの中には変身できる方もいるみたいなのよ」
ソファに座ったまま眠たそうに瞼を擦りながら、説明をしてくれたメイドさん。目の前いるシャルと同じ青い髪に短めのボブカット。大きなお胸様を羨ましく思いつつ、キャロラインはその場の観察を続ける。
「どうだー、キャロライン?すごいでしょ?」
薄く平らな胸を張るシャル。体はまだ成長途中だが、その顔は幼さを失いつつある。その代わりに綺麗や美しい、と呼ぶに相応しいものへとなっていくのだろう。青い髪は少しくせ毛でキャロラインと少し長いミディアムヘア。瞳は少し紫に近い色合い。肌は少しだけ焼けている所をみると、外で活発に何かしているのだろうか。
「ええ、すごいわね……。変身するとき服とかはどうなってるの?下着とかも当然、今は履いてるのよね?あの猫の姿の時は、どうなってんのよ!」
そのキャロラインの予想外の返答に、誰もが目を見開き、驚き、唖然とした。
「キャロライン、お前変だにゃー!そこなのか?普通そこじゃないだろ?」
「今回ばかりは私もシャルに同意しますう」
ボブカットのメイドがようやくソファから立ち上がり、眼鏡をかけたメイド長の左隣に立ち、言葉を続ける。
「えっとお、私はレニスって言うの。それで、こっちがシャルが言ってたと思うけど、メイド長をしているプレイナね。私が最年長で、プレイナはこう見えてまだ19だからキャロラインの少し上くらいよねえ?」
「おい!!レニス!さっきの今回ばかりはって、にゃんだー?」
「シャルう?空気読みなさい?」
レニスの目を細めた鋭い視線に、シャルは手で口を覆って、プレイナの右半身に体を預け隠れる。そして静かに存在感を消すように丸くなる。
「あのさ、何でメイド長はそっちなのに説明はあんたがしてるの?」
「キャロライン?アナタ、なかなか問題児ねえ。この世にはね、知らなくてもいいことがあるのよお?」
キャロラインの前まで近寄り、レニスはキャロラインの口に左手の人差し指を当てる。
「いい?プレイナはああ見えてかなりドジっ子なのよ。それを懸命に取り繕ってるの。アナタと同じ。仮面で本心を隠してるの。いい?知られたくないことがあるなら、なんでもかんでも踏み込んじゃ駄目よ?」
レニスは左耳元で囁く。その声音は簡単に空気の振動を止めるが、キャロラインの鼓膜までは十分に届いた。それは先ほどまでのおっとりとした口調から代わり、低めのトーン。背筋を震わすのにも十分な役割を持ったようだ。
「分かったなら、小さく頷きなさい?いつもの様に、考える時間もないわよ?どうするのかしら?……――さん」
「っ!?」
未だ唇は抑えられたまま。動かそうと思えば動かせる、のだが。何故か動かせないでいた。指先に魔力は微塵にも感じはしない。が、最後の言葉で心臓を鷲掴みにされたような恐怖が全身を襲った。その恐怖に息が漏れ、今度は体全体を震わす。
「ふふっ、頷かないのかしら?」
その言葉にすぐさま頷いたキャロライン。首を少し動かしたタイミングで唇から指は離れ、耳元の顔も離れた。目の前に見える表情は先程までのおっとりとした優しい表情。それがまたギャップとなりキャロラインは額から頬まで一筋の汗を滑らせる。
「あ、あの……レニス?わたしも仕事の続きがあるから、キャロラインと行ってもいいか……にゃ?」
「ええ、良いわよお。大事なお話は済んだわあ」
シャルはプレイナの肩越しにレニスの様子を伺う。キャロラインの表情から何かがあったのは分かる。分かると言うより、思い当たる節がある。そのせいか、歯切れが悪くなる。そんなシャルの気持ちを察しているのか、いないのか。レニスは振り返ると右手を頬に当てながら答えた。
「レニス、ありがとう」
そんな1幕の後、プレイナはレニスに頭を下げる。
「いいのよお、夜は辛いわよね。早く寝なさい?」




