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sequence1-6

「あー、なんだ。迎えに来てやったんだよ。だから睨むなって」

自分だって睨んでいたではないか、とかいいから手を離せ、とか言いたいことはたくさんあるが、それは飲み込むキャロライン。


「あんた、誰よ?」

「はっ!お前、気に入ったぜ!」

飲み込んだあとのキャロラインが、代わりに選んだ言葉の方が一段と鋭かった。が、逆に何故か功を奏したようだった。

悪かったな、と手を離す女性。


「あー、ウチはな、アズワールのとこのメイドだわ。って、そんなの見たら分かるよなあ。あー、とりあえず名前だよな!なっ!?ウチはな、サーリアだ。サーでもリアでもお姉ちゃんでもいいぜ?」

キャロラインは思う。思った。思わずにはいられなかった。ディレスト以外、全員ぐいぐい来るタイプばかりではないか。目の前のサーリアにエルスタ。それにあの得体の知れない、アズワール。

これも魔法の影響なのか、といつもの如く思考が寄り道を始める。無理やりに寄り道を止める。

「じゃあ、うるさい女、でいい?」

「ぶはっ!!お前、本当に最高だなっ!!」

肩をバンバンと叩かれる。怒らすつもりで言ったにも関わらず、思いもしていなかったリアクションに固まるキャロライン。


「新人がお前みたいなので良かったわ。根暗なやつとか、ビビりなやつとかつまんねえだろ?どうせ一緒に生活するならよっ!!

うっし、帰るぞ、新人!!」

一緒に生活?帰る?言葉の意味は分かる。分かるのだが、状況に理解が追いつかない。ただでさえサーリアの謎のテンションもまだ理解できてないのに。この女、何なんだ、と体が強ばった。

自然と魔力の操作を始める。


「何だ?今更、緊張でもしてんのか?」

サーリアは反応がなくなったキャロラインに顔を近づける。

「なっ、近いわね!?」

慌てて立ち上がり、距離を取るキャロライン。

終始ペースを乱されてばかりだが、何故かそこまで緊張せず、言葉遣いも平常運転が続く。


「おっ!?帰る気になったな!ほら、手繋ぐか?」

立ち上がったキャロラインに右手を差し出すサーリア。

その表情は穏やかなもので、手の焼ける妹でも見ているかのようである。

「はぁ!?あんた、何なのよ?」

「ん?いや、だからさっきサーリアって言わなかったか?」

首を傾げて返すサーリア。その姿にキャロラインは更に困惑する。


「あー!違うのよ!そういうことじゃなくて!!」

頭を掻き毟るキャロライン。状況の整理は全く進まない。それどころか何か言う度に掻き回されている気さえする。

乾いた風が吹く街の人影の全くない場所で繰り広げられるやりとり。先程までのシリアスな雰囲気も風に流されたようだ。


「はあ……」

諦めたようにため息をつくキャロライン。目の前のサーリアに覚悟を決めて対峙する。


「わかったわ、さあ案内しなさいよっ!!」

投げやりな言葉が響いた。その後に続いて、サーリアの短く乾いた笑いも響いた。


「お前みたいなのが増えるのは本当に嬉しいぜ」

サーリアはキャロラインの左の二の腕辺りを掴んで引っ張りながら歩く。掴んでいる力はそれほど痛くないのかキャロラインは気にしてない。

ただ一方的に話しかけてくるサーリアに徐々に苛立ちが募る。

さっきからどうでもいい話を延々と話しているサーリア。それにキャロラインは相槌も反応も返さない。が、サーリアは止まらない。


「あー、そうだ。お前、ご飯は食べたのか?まだならとびっきり美味いご飯があるからな?安心しろよ?」

左腕を掴んでいる右の手首に見える隷属の腕輪。同じデザインのメイド服。それから導き出される答えはひとつ。あの男のメイドであること。おそらくだが、向かっている先もあそこだろう。夜中でも謎の威圧感を放ち続けている中央に鎮座する屋敷の方向だ。ほぼ間違いなくあの屋敷がアズワール邸なのだろう。

サーリアの口から響くノイズを魔法で相殺し、彼女の習慣、その在り方の強さの源、一人思考に没頭していた。

足は自動的に動く。危機察知は空気を振動させ、その反射した振動である程度はどうにかできる。発音が今までの生活圏と異なるため発声の音から言葉は予想出来ないが、どうせどうでもいい内容だ、気にする必要はなかった。


「でさ!あー、あれだぜ!ウチさ、デカイ部屋をさ一人で使ってるんだけどさ、何故か誰も一緒に使わないからさ、な!お前、来いよな?」

どうでもいい。謎の音。そんな風に遮断していた中にはこんなものもあったが、キャロラインは知らない。知るつもりもない。朝晩の貴重な時間が穏やかなソレから一変しうる内容だが、彼女は知らない。


「あー、それからよ!お前さ、強そうだしさ、朝の訓練付き合えよな?」

こんなことも、聞こえていない。聞こえるはずがない。


「さっきまで威勢よかったのにどうした?」

サーリアは振り返るため足を止める。キャロラインは進む。

「いったぁっ!?」

結果、サーリアにぶつかった。

「あんた、何で急に止まんのよ!?」

自分のせいなのだが、そんなことは関係ないとキャロラインは理不尽に怒りを露わにする。

下から睨みあげるような形に自然となるが、サーリアは何故かキャロラインの頭に左手を置く。


「ははっ!!手のかかる妹だな!!」

はっはっは!と続けて笑うサーリアの手を払い、そそくさとその場を離れ屋敷の方へと足を進める。何故か勝手に足が向かったのだが、そこを気にとめることなく深い思考の溝の奥に戻る。

サーリアの謎な振る舞いよりも、アズワールという領主や隷属の腕輪の契約内容の方が大事である。この後、数時間ぶりにあの得体の知れない生物と向き合うことになるかもしれない、そう思うと警戒レベルを上げざるをえなかった。


「おっ、おい!!道分からないだろ、先に行くなよ!」

サーリアは慌てて後を追う。追いつくと、右手でキャロラインの肩を抱く。しかし、直ぐさまその手は払われた。

そのまま黙って先を歩くキャロラインを見て、サーリアは楽しそうに笑った。


アズワール邸までの道中、サーリアは変わらず後ろから声をかけ続けた。当然、一言も返事はなかったが、それでもよかった。

頭の後ろで手を組みながら、キャロラインの背中を見守りながら歩いていた。急に走り出したとしても追いつけるだろう、そんなことを思いながらサーリアは目の前の不思議な生き物を見ていた。


ろくに周りを見ていない。けれど、足元や通路にはみ出ている物を綺麗に避けて歩くキャロラインにますます興味が湧いた。

そして、大きな交差点がある通りに出た時だった。

交差点の手前でキャロラインが止まったのだ。サーリアは直感的に、あぁ、道が分からないから止まったんだな、と思う。

サーリアはこっちだぞ、と声に出して先を歩くと、少し距離を置いてキャロラインが付いてきた。それが面白かったのか、突然ユーターンし、来た道を戻る。そして先ほどの大きな交差点を左に曲がる。

ちらっと視線だけ後ろに向けると、文句を言わず付いてくるキャロライン。

暫くそのまま歩き、広場のような所に出る。大きな噴水があるが、夜間だからなのか、放水は止まっている。

その噴水の周りをぐるぐると歩くサーリア。そして、それに続くキャロライン。無言でそれを暫く続けた。笑いを堪えながら歩くサーリアと無表情なキャロライン。

サーリアが止まれば、キャロラインも止まった。

反対周りで再び噴水の周りをぐるぐると歩くサーリア。当然、後ろに続くキャロライン。

サーリアは口元を抑えながら笑う。


「何だよ、コレ……」

サーリアは思わず声を漏らした。

暫くそのまま続けていたサーリアだが、さすがに飽きたのか大きな交差点へ戻り、屋敷へと向かう。

噴水の広場で楽しみ過ぎたため時間がないのか、少しばかり歩く速度が上がっている。その速度でもキャロラインは問題なく続いていた。


途中、真上にジャンプしたらとか、横に跳んだらどうなるかとか、そんなことを考えたサーリア。けれど、それはグッと堪え、とにかく屋敷を目指す。

後ろをついてくるキャロラインが何故か愛らしく感じる。

そう、それはまるでペットのようなのだ、そんなことを考え始めるサーリア。結果、遂には無言で歩く2人。


結局、そのまま屋敷に着くまで無言が続いた。

暫くの間、無言で進み続けた道のり。それは2人にとっては短くも長くも感じなかった。そして、ついにその時がきた。

夜も深まり、月明かりだけが2人にとっては頼りだったが、何故か屋敷の周りは明るく感じる。深い緑の高さのある生垣が2人を迎えると、その奥に立派に佇む屋敷。均等かつ繊細に加工された白い大理石の壁と黒く怪しく光を反射させるスレート。なにより、他の建物、特に家や店舗などとはことなり、入口としての門や扉がないではないか。


先ほどまで思考に集中していたキャロラインも、振動の反射に違和感を覚え、視覚情報を久しぶりに活用する。


「ははっ、ここがウチらの生活拠点だぜ。どうだ?面白いだろ?」

サーリアは目の前の光景に固まっているキャロラインに気が付き、誇らしげに笑う。

生垣にある人が通れる幅の隙間を進むサーリア。それに続くキャロライン。些細な疑問は今は一旦置いておこう、そう胸に秘めながら歩む。高さのある生垣だが、奥行きもかなりあり、抜けるまでに5歩ほど要した。中にある庭には綺麗に整えられた草木や色とりどりの花たち。その美しさたるや、思わず繊細な造型に感じるほど。

珍しく緊張しているのか、キャロラインは静かに固唾を飲む。ここまでの道中、途中から控えめにしていた魔力の放出も次第に増えてくる。


「あんた、ここって……」

キャロラインの言葉が途中で止まる。扉がないその建物を目の前に飲まれてしまった。街を散策していた時から感じていた威圧感。そう、まさにその正体が分かったからだ。屋敷へ近づくにつれ強まる威圧感。息苦しさを覚え、体が強張る。脳内に警鐘が強く鳴り響いている。


「あー、そうだよな。悪い悪い。これ渡すの忘れてたわ」

そう言って、頭を掻きながらサーリアが渡してきたのはネームプレートだった。そう、所謂、名札である。名前は書かれてはいないが、手のひらの収まる程度の大きさのソレ。視線をソレに向けてじっくりと眺めた。特に変わったものではない。よくある樹脂製で裏がクリップになっている。


「あー、それな、服の表でも裏でもいいから付けてみろ」

自分の胸元に指を向けながら行なった雑な説明。キャロラインはそのサーリアの言葉に従い、無言のままオーソドックスに左胸の辺りに名札を付ける。


「――なっ」

先ほどまで感じていた威圧感がすぐさま消えた。思わず短い驚嘆の声を漏らすキャロライン。サーリアに視線を戻すと、歯が見える程大きな口を開けて笑っていた。普段なら苛立ちを覚えるところだが、それよりも驚きが勝ったため拳を握ることはなかった。


驚き尽くしの1日ではあったが、最後の最後まで驚かされる。そんなことを思いながら、サーリアの後を追い門も扉もない開放感に溢れる屋敷へ遂に踏み入れる。

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