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「あらやだ、もしや、照れてるのかしら?なんて可愛らしいことかしら」

なんだ、こいつ、と声が出そうになったが、グッと堪える。堪えたはず。


「あらあら、失礼しちゃいますこと。私、この地の4大貴族の1つの娘でしてよ?まあ、決して偉ぶるつもりはないですが」

むふーっと、胸を張る目の前の女に、更に眉が寄る。

同じくらいの歳だろうか、それなのに妙に発育のいい胸を張るではないか、とどうでもいいことを思う。

「それで!!あなたでしょう?先ほどのっ!!」

掴まれた左が一瞬開放されたかと思うと右手に持ち変えられ、先ほどまで左手を掴んでいたソレが、右手を掴み、無理矢理に体を向き直された。

い、意外に力強いわね、と、更にどうでもいい事に意識が割かれる。その程度には余裕はあるようだ。


「さあ、答えて下さらない?あなた、ですわよね?」

今度は両肩を掴まれる。体と体の距離も近づき、気がつけば顔が目の前にあるではないか。目の前の女の瞳。茶色の瞳。何だかキラキラ光っているような感じがした。気のせいだろうが、そんな風に思った。


一瞬、目線を外し考える。

「……なんのこと?」

誤魔化した訳ではない。主語が明確ではないから、聞いただけ!と誰に言うわけでもないが、そんな言い訳を心の中で1つ。

「ああ、もう!!先ほどの泥棒さんをボッコボコにした魔法を使ったのは、あなたですわよね?これでいいかしらっ!?魔法の後があなたから感じましたのよ!!」

何だか、徐々に語気が強くなっている。それから感じたのは、面倒くさいな、この女、だ。

自分でもそう思う、と心の中で頷きながら、諦める。

それに、泥棒さん?泥棒に「さん」を付けるのに、「ボッコボコ」と言う、彼女の言葉選びに引っかかる。


「ええ……そうよ。あんた、魔法の後、っていうか魔力の痕跡分かるのね」

「はい。何だか分からないんですが、私、見えるのでしてよ?いい眼でしょう?」

さっきまでも十分に近かった顔が更に近づく。鼻と鼻が当たりそうなほどの距離。耐えられず体ごと逃げたかったが、肩を掴まれてるため、首だけで距離をとる。


「いい眼かどうか知らないけど、あの、ちょっと離れてくれない?」

やりづらい、何なんだ、この女。とにかくやりづらい。ペースが乱される。思わず本音が漏れてしまう。

「あらやだ、私ったら。はしたなかったですわね?申し訳ございませんでしたわ」

ふう、と深く息を吐いた後、金髪の縦ロールの髪と一緒に茶色の瞳が離れていった。


「それで!!あなた!!その服はあちらの方ですわよね?初めて見る顔ですわね?買い出しか何かがでしたの?」

矢継ぎ早に来る質問。未だ肩は掴まれたまま。やっぱり意外と力の強い目の前の女から逃げたくなる。

「聞いてますの?」

と、また顔が近づいてきた。何故か言葉を失い、勢いよく首を縦に振った。


「やっぱり照れてらっしゃるのね?本当に可愛らしいですわね」

違うわ、とさすがに我慢できずに言った。

「あらやだ、照れてる訳じゃなかったのね?……そうだ、そういうことでしたのね?私、エルスタ・バルドリシュトと言いますの。そういえば、まだ名乗ってませんでしたわね?不審者かと思ってらっしゃたのでしょう?これで安心したかしら?」

ここまで噛み合わないものなのか、と絶句した。

違う、全然違う。が、何故か1人で納得しているエルスタと名乗る女。声は至って普通なのだが、妙な圧があるではないか。

先ほどまでの情報から、エルスタ・バルドリシュト、バルドリシュトは4大貴族とやらの1つなのだろう。つまり、あの領主と思われるアズワールと近しい人間のはず。それだけでも、少し躊躇いが生まれる、というのに……。何なのだ、この勢いは。さっきのメロンパンをくれた男性もわりと勢いは強かった。ここに居る人間は皆こうなのか、と妙なことではあるが考え込む。


「それで、あなたはなんて言うのかしら?」

なんとなくそんな流れになる気はしていたが、名前を聞かれた。少し考え込む。別に答えたくない訳ではないが、答えるべき名が今はない。どうしたものかと、悩む。


「そうねえ……キャロライン・アズワールとでもしときましょうか」

「キャロラインね?分かりました。それで、キャロ。どうしてあの時魔法を使われたのかしら?」

キャロ……。別に思い入れがある訳ではないが、一応考えて決めた名前だ。それをすぐに略されるとは。やるな、この女。やっぱりやるな、と1人思う。


「どうして、どうしてねえ……?」

理由を聞かれ、あの時の事を思い返す。ふと、掴まれていた肩が自由を取り戻した。エルスタの両手をチラっと見ながら考える。ようやく取り戻した自由だ。下手に答えて、また「どうして?なんでなの?」とまくし立てられると困る。きちんと答えようと、思考は逸れてばかりの様子。


「なんとなく、としか言えないわね。声に反応して、気がついたら……何だと思う」

歯切れが悪いキャロライン。けれど、本心でもあった。明確な理由はない。ないと信じたいのだ。あんな気持ちの悪い男の影響など受けてなどいないと。


「なるほど!つまりキャロは自分の正義に身を任せて、私達を助けてくれたのですわね?素晴らしいですわ!!」

んな、大袈裟な、と思ったが、先の光景がフラッシュバックした。あの奇妙な雰囲気、空気。まるで自分の方が異質ではなかったか。そんなことをいちいち気に留める方がおかしい、という感じがあった。


そういうことであるなら、何故?と興味を持つのも頷ける。頷けるのだが、それにしても圧が強い。強すぎるのではないか?


「あら、何やら良くないことでも考えてないかしら?私の悪い癖が出ていましたかしら。失礼、不快にさせたのであれば謝罪いたしますわね。申し訳なかったですわ。それで、本題なのですが……」

「えっ!?」

本題ですらなかったか、今までのは。素直に驚き、声が出た。


「え、本題って……さっきまでの、本題じゃなかったの?えっ……」

我慢できず、気持ちを全てぶつけるキャロライン。


そんな言葉に首を傾げるエルスタ。そして

「当たり前でしょう?さっきまではあなたを呼び止めただけですもの」と言い放った。


「まあ、いいわ。で、なんの用?」

いろいろ素直に諦めたキャロライン。本人は自覚してはいないのだろうが、相変わらず眉をひそめ、体は自然と左肩を前にし、正面での対峙をかわす。声のトーンもやや下がっている。


「いえ、大したことではないんですのよ。助けていただいたお礼をと、思いまして!!」

その言葉を聞いて、目を見開く。お礼?お礼とは?いったい、どういう意味なのだろうか。それに手伝った、とはいっても少しばかり拘束しやすくしただけなのだが。キャロラインはその場で固まる。


「キャロ?どうされました?」

再び顔を覗き込んでくるエルスタ。しかし、キャロラインはこの時だけは反応しなかった。思考がまとまらず、お礼、つまり感謝。それについて考えることでいっぱいだった。


「その、あの、わたしが言うのも何だけど、特に何もしてないわよ。わたし……」

目前に迫っていた顔に気が付き、慌てて距離をとり、答えるキャロライン。

「おや?まさか、キャロ。あなた、感謝されることに慣れてないのかしら?」

意地の悪そうな笑を浮かべながら話すエルスタ。


「ふふっ……。キャロ、いいこと?こういう時は、黙って好意に甘えればいいのよ?さあ、手をお取りくださいな?」

そう言って伸ばされた右手。手入れの行き届いた美しい右手。キャロラインは自分の手を少し出し、すぐに引っ込めた。その表情は困惑だろうか。懐疑的な表情という感じではなかった。


「もうっ!!じれったいですわね!!」

更に右手を伸ばし、左手首を掴むエルスタ。有無を言わさず引っ張って、微笑む。その表情は「いいから着いてこい」と言わんばかり。

対するキャロラインは相変わらず、やっぱり力強いわね、と思いながら、「良い行いをすれば褒められるし、それに相応しい報酬もあるかもしれない」という言葉を思い出していた。

初めて受け取った感謝の気持ち。味わったことのない胸の温もりに戸惑いは隠しきれずにいた。

元いた山の村では除け者にされ、誰も関わろうとしてくれなかった。それどころか、排除しようと目論んでいたくらいだ。

だから、こっそりと夜中のうち村から逃げだした。一人で山暮らをしていたせいか世間知らずだったこともあり、逃げている最中、甘い言葉に騙され捕まった。

そんな経験あったからこそ、彼女の中のアラートが鳴り響いていたのだ。けれど、目の前の少女、エルスタから感じられるのは悪意のソレとは、真逆のもの。それが何なのか、どうしてなのか分からず更に困惑を強めていた。


「ほら、キャロ。こちらですわよ?しっかりと付いて来てくだる?」

重い体に活を入れられた。その分軽くなった胸。自然と足が前に進む。後ろめたい気持ちなどなくなりつつあった。


人目を避けるため逃げた大きな通りに戻り、エルスタが叫んでいた宝石店のような店構えの建物へ入る。煌びやかな装飾品と加工前の石だろうか?綺麗なガラスケースに囲まれている物もある。どの商品も堅牢なケースに入っているではないか。どうやって、盗んだのだろうか?と商品の希少価値よりもそちらが気になるキャロライン。


そんなキャロラインにエルスタは気づいていないのか、特に説明もなく店内を進み、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を抜け、その奥に隠れていた階段を昇る。2階、3階と登り、魔法文字を刻まれた扉の前に着いた。

エルスタがドアノブに触れると、文字が紫色に光ると緑色に変わる。施錠が外れた音だろうか。カチャ、という音の後、扉が勝手に開く。


「さあ、こちらですわよ!!」

期待に胸が膨らんだのか、エルスタの明るい声にキャロラインも少しだけ気分が明るくなった。

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