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「はぁ……。はぁ……。ざまあ、みろっ……!」

肩を大きく上下さえ、息を整えようとする少女。

先程までのよれよれの汚れたワンピース姿から、白と黒を基調とした動きやすそうなフリフリが少なめのメイド服。そして、ボサボサの黒髪から一変し、少しウェーブのかかった艶々な綺麗な黒髪に。


それは隷属の腕輪の更新と2人の契約が済んだ後、男からの妙に意味深な言葉の後のことだった。


「それで、旦那。お支払いはいかがしましょうか?」

老人が両の手をすり合わせながら、物欲しげな声音で言う。

ここですべき作業が済んだのだ。貰うものを貰わないと帰れない。そう、集金まで、そこまで含めて業務の工程なのだ。否、集金こそが何よりも重要である。

ここまでの道のり、大型船や空路を使って来たのだ。奴隷とは言え、法的にモノ扱いはできないため、自身と奴隷の少女の2人分の経費を老人の持ち出し。

いわゆる仲介役の老人は依頼者への支払いなど、細かいことをあげればまだやるべき工程はあるのだが、現地ではこれが最後である。


「うん、そうだね。あ、でも少しだけ、ほんの少しだけ待てるかな?」

男性はそう言うと、少女に向き直し、右手の指でパチン、と鳴らす。

それは一瞬のことであった。音が廊下に吸い込まれていくと少女のみすぼらしい姿が一変した。

白く眩しい光が全身を包み込んだかと思えば、変身が完了したのだった。


「うん、これでいいね。その格好なら街を歩いても恥ずかしくないよね」

言い終わると、少女に背を向け、どこから出したのか左の脇に抱えているカバンから何やら封筒のようなものを取り出す。厚さから察するにかなりの量の紙幣だろうか。

そして封筒を渡し終えるといつの間にか抱えられていたカバンは再び消えていた。


「へへっ、すみません。一旦、お預かりします……」

見えないはずの顔の表情が浮かんだ。絶対にニヤけているに違いない。少女はそんなことを思いながら、静かにその光景を見つめる。


「ふむ、古い型の紙幣カウンターだね?せっかくだ、いいかな?」

老人が紙幣を数えるために取り出したカウンターを見るやいなや、またしても指を鳴らす。

すると持っていた使い古されたカウンターが消え、変わりに綺麗なカウンターが老人の手の中に


「ありゃりゃ……よ、よろしいのですかい?」

「うん、いいとも。お互いに時間は大事にしないとね」

老人は大事そうにカウンターを操作し、紙幣の枚数を数えさせる。


先程から男の言葉や行動に疑問が尽きない少女。

思いがけず、離せなくなっている。視線を奪われてしまうのだ。それは恐怖や畏怖、警戒心からなのか、好奇心からなのか。どうしてなのか分からない、だがとにかく目が離せずにいた。


「きっちりとございました……この度はどうも、ありがとうございました。」

そんな老人の言葉を耳にしても、胸の中に燻ぶるよく分からない感情のせいか、自分が売られたにも関わらず、どこか他人事かのように感じる。言葉にできない感情だ。それにむず痒さを覚える。


「それでは、戻りましょうか……」

「うん、そうだね。君も、おいで。ここから出よう」

小さく手招きをされた。制限もないことだし、自由も手に入るかもしれない。せっかくだ、と立ち上がろうとする。だが長い間、廊下の角に佇んでいたせいか、体の動かし方が一瞬、思い出せなかった。

痺れる足を奮い立たせ、やっとの思いで歩を進める。


2人とは少し距離が開いたが、今はそれくらいがありがたかった。

薄暗さに目も慣れているし、歩くのには問題はなかった。

何か話しながら歩いているようだが、あいにく後ろから追う形のため上手く聞き取れない。少しばかり気にはなるが、距離を詰めるのにも抵抗があった。


そんな気持ちで歩いていると、急に多くの光が廊下に差し込んできた。どうやら2人が出口についたようだ。


「む、すまない。少しばかり待ってくれないかな。眩しいのはあまり得意でなくてね」

そう言いながら、日傘を取り出す男。しかし、なにやら傘を開くのに手こずっているようだ。

その光景に、踏ん張る足に力が入る。

刹那、少女の姿が廊下から消えた。

遅れて石畳の割れるような音が聞こえた。割れた石畳と大きな凹み。


視覚と聴覚の情報を整理できた老人が声を掛ける。

「だ、旦那……逃げましたよ……よ、よろしいので?」

「うん?すまない、光があまりに強くて……」

老人の心配を他所に、あまりに自然体な男性。

逃げた彼女のことを聞かれているのにも関わらず、焦る様子が全くないではないか。


「……ああ、彼女が逃げた、ということだね?」

やっとのことで日傘を開き、陽を遮るように持ちながら答えた。あまりに覚束無い仕草。なのに何故か老人は目を奪われた。所作が綺麗だったとか、繊細な手指の動きに見とれた、などではなく、理由は分からないが視線を外せなかった。


「……最初はだいたい皆、逃げるんだよ。自由。それが欲しいんだよ、やっぱり。……とにかく、一旦外に出ようか」

そう言うと扉をくぐる。老人はそれを追う形で歩いた。

落ち着いていたはずの心拍数が何故か跳ね上がる。

扉をくぐる前に見えた男性の額に浮かんでいた汗、血の気の引いた肌色。陽光に過敏に反応した仕草。それらから考えられずにはいられなかった。


「だ……旦那……もしや……」

続ける言葉を出す前に強く唾を飲み込んだ。後になって言葉も飲み込めばよかった、と後悔する。


「ふむ……君は知らないのかな?知らなくてもいいことが、この世には――ある」

老人の言葉に振り返るとそう口にした。空気が急に重くなり、声音もワントーン下がっている気がする。それに淡い青だったはずの瞳の色が、黄金色に変わっていた。その瞳に、なにかに飲み込まれるような感覚が老人を襲う。男性の言葉、声音に合わせて心臓が強く脈を打つ。

洗練されたかのように、一切の無駄のない動きだった。男性が言葉の後に自身の口元に右手の人差し指を当てた。自然と瞳から人差し指に視線が流れた。


「あ……あ…………」

声が喉から出ない。超えない。かろうじて出たのは音だった。何も伝えることのできない、ソレにも関わらず。


「うん、そうだね。分かればいいんだよ?ただ良くないね、良くはないよね」

「……そう……ですよね。お客様のことを探るようなことは、駄目でしたね……」

あまりの出来事に老人の言葉遣いが変わる。変えざるをえなかった、というのが正しいのだろう。本能が警鐘を鳴らしているのだ、これ以上はダメだと。


「いや、本当に申し訳ございませんでした。私があの子を止めるべきでしたのに」

思ってもない、とまではいかないが、自分のせいではないのに言葉が勝手に出てきた。何なのだ、首から背中に汗が滑り落ちた。鼓動は速く、指先で脈を感じるほど強く巡っている。


「うーん、それは違うよ。大丈夫さ、いつも最初はこうなんだよ、さっきも言ったけどね」

何かに思いふけているのか目を瞑りながら、右手を腰に当てた。


「さて、帰るとするよ。彼女は街を散策しているようだし、安心だ」

「ああ、隷属の腕輪からの位置情報を確認されてたんですね」

うん、そうだよ、と言うと手をヒラヒラとさせ歩きだした男性。先程までの重い空気はいつの間にか消えていた。うるさく感じた鼓動も収まっている。

背中が見えなくなるまで見送ると、地下へと続く階段に腰をおろす老人。


「あれが――吸血鬼……か」

忘れたい。けれど忘れることなどできないだろう。言葉にはできない嫌悪感に近い感情と底知れない恐怖を刻まれたのだから。

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