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「レニス、さすがに疲れているだろうし休ませてあげましょうよ」

プレイナはシャルを抱えたまま器用に屈むと、レニスに声をかける。

その言葉にいち早く反応したのはシャル。

「そうだにゃ!疲れてるにゃ!寝させろ!」

プレイナに抱えられたまま、体を少しだけ無理やり出し、届かない腕をレニスに向けてばたばたと振る。


「あのね、シャルのことじゃなくて、キャロラインのことね?」

「にゃー!そっちかー!」

プレイナは顎を引いてシャルに目線を向けた。シャルもプレイナを見上げて言葉を返す。

「ちょっと、2人でふざけてないで、これ、どうにかしなさいよ!」

そんな2人のやりとりにキャロラインは首を少しだけ回して抗議する。顎でレニスのことを示して、お願いだからと伝える。

「あれえ、何だかお姉さんの扱いが酷くないかしらあ?」

「お前のその姿見たらしょうがないにゃー」

レニスは足を膝を曲げ、両足をプラプラさせながら怒りの感情をアピールする。が、最年少のシャルに一刀両断されてしまう。そんなシャルの言葉に、萎れた花の如く床にゆっくり降りていった。


「だから!そんなことより、さっさと離しなさいよっ!」

無駄に重たい、そんなことを口に出しそうになったキャロラインだったが、どうにかそれは飲み込み、未だ動きを見せない2人に再度助けを求める。

「キャロラインさん、わたくし思うんです。諦めた方が早いことだってあるんじゃないかって」

「ほらほら、プレイナだってああ言ってるんだし、諦めらめなさいよお」

後ろからグフフフと聞こえた。それにため息も2つ聞こえた。なんなんだこの状況は。先程のあの威圧感のようなものは全く感じられないが、有無を言わせない空気。キャロラインは深く息を吸う。少し冷静になるため、酸素を求める頭のためだ。


「武力行使してもいいけど、わかったわよ。わかった、そう言えばいいのよね?」

物騒なことを言いながらキャロラインは両手を軽く挙げて諦める。時間の無駄だと察したようだ。


ふふふ、と笑いながら満足気なレニス。

「シャル、あんたも付き合いなさいよお。プレイナはさっき言ったように大丈夫だからねえ」

レニスと目が合い、何故か汗をかくシャル。気のせいかもしれないが、抱えているプレイナの力が強くなった、そんな気がした。逃がさないつもりか、とシャルは恐る恐るプレイナの顔を覗く。少しだけ口許が動いた。ほんの僅かだが見逃さなかった。

「にゃー!!いやだにゃー!!」

ジタバタと暴れ始めるシャル。けれど、プレイナの腕の中から逃げることは出来なかった。奥の手だ、そう思って変身を解こうとした時だった。


「シャルう、あんた、もしかしてえ……」

そんな、気配でも察知したのかと、シャルは体を震わせる。

「おやおやあ、その反応は何かしらあ?」

「あー!もうめんどくさい、わかったにゃー!」

その後、プレイナはシャルを離すとそそくさとその場を去っていく。それは、残された3人の長い夜を告げるのだった。


どれほど時間が過ぎただろうか。

さあさあ、ソファに行きましょ!と誘われてからだった。

ご主人様こと、レゾミナントのここが素晴らしい、というテーマでレニスの地獄の単独ライブが始まった。


キャロラインにとってはどうでもいいことで、シャルにとっては聞き飽きたないようにだった。お互いを慰め合うように2人は何度も目を合わせた。

キャロラインは当然のように魔力操作によって遮断を行った。それは開始直後に、ああこれは不要な内容だな、と直ぐに割り切った。

シャルはというと猫の姿のままで耳を手で覆って丸くなっている。


そんな2人に目もくれず、ひたすら喋り続けるレニス。

途中途中「ね、そう思うでしょお?」と声をかけたりするのだが、「でしょお」と返事もないのに続けていく。その様に普通の者なら狂気を感じることだろう。しかし、本人の眼差しは至って正常で、精神錯乱の魔法を受けている訳でもなく、誰かに操られている訳でもないのだ。


「それでねえ、ご主人様ったらあ、いつも甘い声で褒めてくれるのよお」

つまみ食いをしても怒られない、という話なのだがそのネタだけで既に30分が過ぎようとしていた。つまみ食いをしても怒られない、それくらい優しい、とその情報を伝えるだけから1分も必要ないだろう。けれど、レニスはそれだけでは満足しないようだった。


「ふう……さすがに語り合いすぎたわねえ。もう天辺超えてるわねえ」

そんなレニスの言葉にシャルは耳をピクピクと反応させ、身体起こす。

「にゃー、素晴らしかったにゃ。お陰でよく寝れそうだにゃ。解散だにゃー」

「そうねえ、そうしましょうか」

シャルの言葉に頷くレニス。キャロラインはシャルに肩を叩かれ、ハッとする。どうやらようやく終わったようだ、と思考を現実に戻す。


「寝室はあっちだったわよね、早く寝たいわ……」

「そうだにゃー。ちなみに、わたしと2人だよ。レニスとプレイナは個室があるのにゃー。あとサーリア姉さんはイビキと寝ぐせが悪すぎるから隔離してるの。被害者続出なの。キャロラインも個室がいいなら明日からはそうしてもらうといいにゃ。わたし、いつもこのまま寝てるからほぼ個室みたいなものだけどね。他にもメイドみたいなのとか使用人みたいなのいるけど、だいたい4人くらいでここみたいな部屋で過ごしてるの」

眠そうに顔をこすりながら説明をしてくれるシャルに「なるほど」と返す。


「……気になったんだけど、なんでそのまま寝るわけ?」

「ふふふ、服を着替えるのめんどくさいの!このままだと今着てるメイド服なんだけど、着替えて猫になると、着替えた服装で戻っちゃうの」

「あー、なるほど……」

いろいろ聞きたいことはあったが飲みこんだキャロライン。さすがに眠気のせいで頭が回らなくなってきた。ツッコミどころがあったが、今はそれよりも眠ることの方を優先したい、と本能に従う。

その後、キャロライン久しぶりのベッドの心地良さに直ぐに眠りについた。



――これはシャルとキャロラインがホールの奥の階段を昇り、左に曲がって姿が見えなくなった時のこと。

2人の姿が見えなくなったことを確認したサーリアが口を開いた。


「あー、なんだ。そのさ、ボス」

「どうしたんだい?サーリア」

少しだけ言葉を選び、何やら言いにくそうにしているサーリアに優しく促す。


「最初はさ、なんだこいつって思ったんだよ。でもさボスの言う通りだったよ。あいつ、めちゃくちゃ面白いやつだったよ!」

「うんうん、そうだろうとも!」

「あいつ、ウチが本気で掴んだのに、簡単に振り払いやがったんだよ。魔力で強化してたのに、あいつの体を直接掴めなかったんだよなあ…………。分厚い魔力で覆ってやがったぜ?それによ、対抗して魔力高めたらよ、反発させるように魔力をそのまま放出してきたんだぜ?そんなこと出来る奴、初めて見たぞ?」

目をつぶりながら静かに隣で聞いていたフェストンが、サーリアの言葉に驚きの反応を示す。閉じていた瞼を開き、サーリアの瞳を覗く。

その瞳に嘘はないようで、傍観に徹していたフェストンも口を挟む。

「アナタの言葉を信じましょう。だとしたら、確かに逸材ですね。けれど、それと同時に、それ以上にですが…………そんな人材が誰にも気付かれず存在していたことが、私は怖いですね。どうやって隠してきたのか…………」

フェストンの言葉にサーリアも頷く。


「あそこまでイクと、人間じゃあないぜ。ありゃ、化物だ」

「うん、そうだね。でもぼくのような存在だって、確かに在るんだよ。彼女にもいろいろと事情もある。だからね、君たちは特に、彼女にとっての示しになって欲しいね。いつものことだけど」

レゾミナントは2人の肩を優しく叩く。その言葉に2人は頷き、礼を1つするとその場を去る。

フェストンは出てきた1階の奥の部屋に戻り、サーリアはシャルたちが向かった方向へ進む。

レゾミナントはゆっくりと外に出ると、空を見上げる。


生垣の隙間から覗ける街の有様。時間も深まり、街の灯りもかなりまばらになっている。そのせいか街のざわめきも聞こえず、虫の鳴き声さえない静寂と優しく頬撫でる風。対して夜空の黒いキャンバスには白と黄色を彩る月と雲に、数多くの星たち。

アズワールの屋敷に窓ガラスや扉はなく、全て開口部のままとのおかげでよく風が抜ける構造だ。にも関わらず、屋敷の外へには中からの灯り1つ漏れてはない。それはまるで、中に入ったモノを許可なしには出さないという意志が伺える。


そんな屋敷の主人は、不用心に1人で中庭に佇んでいる。しかし、外部からの侵入は認めず、外部への流出も禁じているそんな要塞だからだろう、レゾミナントからは警戒心など微塵にも感じられない。


暫く黙っていたレゾミナントだが、静かに口を開き静寂を破く。


「ふふ……静かな夜がいつまで続くのか楽しみだね」

そう呟くと、言葉が風に包まれ何処かに運ばれる前に姿が消えた。それはまるで蝋が溶けていくかのように地面に広がり、影に呑まれていった。

一瞬の、刹那の出来事だが、音もなく消えたその光景を月だけが確かに見ていた。

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