表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

sequence1-1


逃亡生活は長く続くのか続かないのか。

甘すぎるご主人様の正体と目的とは。

これは、そんな秘密に迫る一人の奴隷の物語である。


そして奴隷と契約者が出会う。人をお金で買うというそんなことが行われている世界で。

「きっとお気に召すことでしょう……」

しがれた声に乾いた足音が2つ。

コツコツという足音と、床に当たる布の擦れる音が混ざる。

足音の正体は2人の男性。しかしその背丈や身なりは面白いほどに対照的である。

そんな足音や擦れる音だけが、石を加工して作られた薄暗い地下通路のような場所で不気味に響く。手招きをした際の言葉以降、2人の間に会話はなく、変わらぬ速度で歩いて進むだけのようである。


先を歩く1人は、老人なのだろうか。腰が大きく曲がり、黒いズボンの裾はだらんとしており、意図せず床を掃除している。お世辞にも綺麗と言えないほど、みすぼらしい身なり。膝の辺りまである灰色のローブは埃まみれで酷とく汚れている。インナーはもとは白色だったであろう、よれよれの汚れた服。


対する後ろを歩くもう1人。その顔つきから伺えるのは30代前半くらいだろうか。ピシッとした背筋に、綺麗に折り目が残っている紺に深い黒のストライプ模様のスーツ。革靴も傷や曇りひとつない。薄暗い地下の不揃いな石畳の通路には、こちらはこちらで似つかわしくない。


「さて、旦那。本日、ご用意いたしましたのは、こちらの娘にございます。非常に強い魔力を持ちながら、何故か飢えて倒れていたようで。そこを運良く捕獲したようです。ワシも代理ゆえ、詳しくは聞かされておりませんが、どうやら訳ありの様子、だとか……。いかがでしょうか……」

老人が歩みを止めると、足元を僅かに照らしていた灯りが通路の奥に向かう。それは何をするわけでもなく、灯りだけが不自然に廊下の先へと伸びた。


「うん、そうだね。聞いているかとは思うが、預かろうと思う。いくらかな?」

「おお、よろしいので……?触ろうが、蹴ろうが、罵ろうが、アレは何も気にとめません。少しくらいは細かく見てはいかがですか?」

一言目には商談成立となり、老人は思わず聞き返す。

とある地域には適正価格であれば、文句を言わず買い取ってくれる非常に良い取引先がある、そんなことを噂には聞いてはいたが、まさか本当だったとは。


「うん、そうだね。でもね、海を渡ってきた君たちを長く拘束する趣味はないからね。さ、さっそく頼むね?」

尋ねられたスーツ姿の男は、その穏やかな表情を変えることなく答える。

老人はまた1つ驚いた。何故か客に気を使われたではないか。なんとも不思議な経験だろうか。

未だかつてこんなことはなかったと、とほんの僅かな間だけ意識を逸らす老人。


「んんっ…。わかりました、隷属の腕輪の所有者の切替と制限の更新に移ります。制限はいかがしますかね?」

咳払いをし、意識を戻して商談を進める老人。

「うん、そうだね。制限は、なしで構わないよ?」

問に即返すスーツの男性。始めから用意されていたかのように、用意されていた台詞を読むように、それは滑らかなものだった。

この場に来てからというものの、男と言葉を交わす度に不思議なことばかりで、少しずつ心拍数があがり始める老人。


「だ、旦那……分かっちゃいるんでしょうが、魔法なんぞも使われてしまいますが……その、本当によろしいので?」

「うん、そうだね。でも大丈夫さ。ぼくにはそんなことは関係ないから」

やはり男が声を発するたびに困惑する老人。

何を言っても意味はなさそうだ、と諦めたのか、老人は持っていた黒い小さなカバンから針を1つ取り出す。


「そうですか……それでは、お手を失礼して……生憎と針しか持ち合わせておりません、お許しを」

老人の言葉に、スーツの男性は静かに頷いて返す。

針の先端がスーツ姿の男性の傷や汚れ1つない綺麗な右手の甲の皮を少しだけ破る。

僅かに付着した血液を、隷属の腕輪と呼んだソレに当てる。黄土色に所々赤と黒の紋様が刻まれている。紋様とは別に小さな窪みのようなものがあり、血液はそこに付けられたようだ。

ゆっくりと紋様が白く淡い光を放つ。暫くすると腕輪全体が強い光に包まれるが、それは一瞬のことですぐに消えた。


「制限の条項は消えております。ご確認を」

光が消えるとともに浮き上がった半透明な紫色に光る文字の数々。それらを一瞥した男性は再度、頷き老人へと視線を送る。


「さて、契約の手続きはこれにて全て終了でございます。さあ、どうぞ」

「ありがとう」

老人から視線を前に戻し、右手の甲を自身の左手で軽く触れると、淡い白い光りを一瞬だけ灯す。

左手を戻すと、甲の傷がなくなっていた。

ゆっくりと目の前の少女に向かって歩を進める。


目の前で止まると、顔の前に人差し指を立てて言葉を紡ぐ。

「いいかい、君は今日からぼくの奴隷だ。話は聞こえていたと思うが、制限はとくには――ない。だから、君の好きなようにするといいよ。……ただし、犯罪を犯せば当然裁かれるし、最悪の場合は処刑される。反対に、良い行いをすれば褒められるし、それに相応しい報酬もあるかもしれない。いいかい?ここからだよ。今から新しい生き方を、君自身が選ぶといい」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ