9.炎の少女、旅立つ
――冷たい風が吹き抜ける。
少女は、氷の城の大扉の前に立っていた。
その背後には、レオニスの冷たい視線がある。
「……本当に、ここを出るのか?」
少女は、一度だけ振り返った。
レオニスの顔は、どこまでも冷たく、感情の読めないものだった。
でも、その奥に隠された何かを、少女は感じていた。
(本当は、わたしを行かせたくないんじゃないの?)
けれど、彼は何も言わなかった。
ただ、「行け」と言うだけだった。
少女は、小さく息を吸い込む。
自分の手には、紅い炎が灯っている。
――これは、わたしの力。
この力を思い出したときから、わたしの運命は変わってしまった。
ならば、進むしかない。
少女は、大扉を押し開いた。
氷の城を離れ、未知の世界へと足を踏み出す。
城を出ると、広がっていたのは深い氷の森だった。
白銀の木々が立ち並び、すべてが氷に覆われている。
寒さは肌を刺すほどだったが、少女の手に宿る炎が、それを和らげてくれる。
(ここを抜ければ……この国を出られるのかな)
そう思った矢先、ふいに氷の森の奥から何かの気配がした。
「……誰?」
少女が立ち止まると、雪の中から黒い影が現れた。
――それは、氷の獣だった。
狼のような姿をした大きな魔獣が、少女を鋭い目で睨んでいる。
レオニスが放った刺客かもしれない。
「……行かせないってこと?」
少女は、静かに炎を手のひらに灯した。
魔獣が牙をむく。
そして、戦いが始まった。
氷の魔獣が一気に襲いかかる。
少女は反射的に飛びのき、手のひらの炎を放った。
炎の弾が空を切り、魔獣の背中を焼く。
――でも、それだけでは倒れない。
魔獣の体は、氷の鎧で覆われている。
(もっと……もっと強く燃やさないと)
少女は、胸の奥に意識を集中させた。
すると、炎がさらに勢いを増す。
――ゴオッ!
炎の柱が、魔獣を包み込んだ。
氷の鎧が弾け、魔獣は苦しげに吠えながら、やがて崩れ落ちる。
戦いが終わると、少女の体から力が抜けた。
「はぁ……はぁ……」
けれど、確信した。
この力は、まだ完全には覚醒していない。
もっと強くなる必要がある。
なぜなら――
レオニスのような存在に、立ち向かうためには。
一方、氷の城の最上階。
レオニスは、城から遠ざかる少女の姿を見下ろしていた。
「……行ってしまったか」
彼の表情には、冷たいものと、僅かな悲しみが入り混じっていた。
「……やはり、止めるべきだったか?」
レオニスの隣には、氷の鎖に囚われた女性が立っていた。
彼女は、静かに言った。
「あなたは、本当に彼女を遠ざけたかったの?」
レオニスは、答えない。
「……彼女が炎の力を取り戻した時、あなたと敵対することになるわ」
その言葉に、レオニスは目を伏せた。
「……それでも、仕方のないことだ」
炎の少女と氷の王――交わるはずのない運命。
けれど、レオニスの心の奥には、拭いきれない迷いがあった。
少女は、氷の森を抜けた先で、目の前に広がる景色を見た。
――そこには、新たな大地が広がっていた。
遠くに見えるのは、燃えるような赤い森。
氷の城とは正反対の、温かい場所。
「ここが……わたしの行くべき場所?」
少女は、一歩を踏み出した。