36.黒炎の記憶
城の地下へと続く階段は、ひんやりとした空気に包まれていた。
壁の灯りはほとんど消えかけており、足元を照らすのは少女の黒炎だけだった。
「……本当に、ここに”記憶”が?」
少女が呟くと、レイヴァンは静かに頷いた。
「“黒炎の記憶”は、ただの過去ではない。“黒炎の王”がこの地に遺した”真実”だ」
黒炎の王の真実――
少女は息を飲み、階段を降りていく。
やがてたどり着いたのは、広大な円形の祭壇だった。
中央には黒曜石で作られた巨大な碑がそびえ立ち、そこに触れることで記憶が解放されるのだという。
「お前がここに触れれば、“黒炎の王”の記憶が流れ込んでくる」
「……それで、黒炎の本当の力を知ることができるのね」
少女は碑の前に立ち、そっと手を伸ばした。
――その瞬間、視界が暗転する。
少女の意識は遥か過去へと飛ばされていた。
そこは、黒炎の王が生きた時代――
戦場だった。
無数の兵士が剣を振るい、血と炎が入り交じる凄惨な光景。
しかし、その中心に立つ存在は、まるで別格だった。
「……あれが、黒炎の王?」
黒炎を纏い、戦場を支配する一人の男。
漆黒の鎧を身に纏い、その剣は黒炎をまといながらも、驚くほど澄んだ輝きを放っていた。
「黒炎の王――ルシフェル」
レイヴァンの声が、記憶の中で響いた。
ルシフェルはただの戦士ではなかった。
彼は”世界を護る者”として、人々を導き、魔族と戦い続けていたのだ。
(黒炎は、護るための力……?)
少女の常識が崩れる。
自分が忌み嫌ってきた”黒炎”は、本当は”王の力”だった。
そして、その王が戦った相手――
魔王の影が、戦場の果てに現れる。
魔王は、漆黒の霧を纏った存在だった。
その姿は定まらず、黒炎をも凌駕する”呪詛の力”を操る。
「貴様が”黒炎の王”か……」
魔王が低く笑い、闇を広げる。
「その炎も、結局は”呪い”となるのだ」
ルシフェルは剣を構えた。
「ならば、証明しよう。黒炎が呪いではなく、“力”であることを」
次の瞬間、二つの力がぶつかり合う。
黒炎と呪詛――
戦場が崩れ、空が裂けるほどの衝撃が巻き起こる。
少女は、その光景をただ見つめることしかできなかった。
(これは……本当にあった戦い……)
やがて、戦いは最終局面を迎える。
ルシフェルは剣を振りかぶり、最後の一撃を放った。
「――黒炎・滅剣!!」
世界を焼き尽くすような黒炎が、魔王の身体を貫く。
しかし――
魔王は、最後の力で”呪詛”を黒炎に刻み込んだのだ。
「貴様の炎は、これから”呪い”となる……」
黒炎は歪められ、ルシフェル自身がその呪いに飲み込まれていく。
「……っ!」
少女は思わず叫びそうになる。
黒炎の王は、世界を護るために戦った。
だが、その力は魔王の呪いによって”呪い”として残されてしまったのだ。
そして――
少女の視界が、暗闇に飲まれた。
気づくと、少女は元の祭壇に戻っていた。
手のひらには、まだ黒炎の温もりが残っている。
「……見たか」
レイヴァンが静かに言う。
少女は息を整えながら、ゆっくりと頷いた。
「……黒炎の王は、世界を護るために戦った」
「そうだ。そして、彼の力はお前に受け継がれている」
少女は拳を握る。
(黒炎は……呪いじゃない。私は、王の炎を受け継いでいる……)
そして、その力を取り戻せば――
「魔王を、討てる……?」
レイヴァンは微かに笑った。
「可能性はあるな」
少女の中で、新たな決意が生まれた。
黒炎を呪いとしてではなく、“力”として受け入れる。
そうすれば、きっと魔王を討つことができる。
「……私は、この力を完全に使いこなしたい」
「ならば、お前の”黒炎の試練”は、これからが本番だ」
レイヴァンがそう告げると、祭壇の奥の扉が音を立てて開いた。
「次は、お前自身の”黒炎”を極める番だ」
少女はその扉を見つめ、ゆっくりと歩き出した。