29.黒炎の真実
夜の静寂の中、少女とレオニスは再び歩き出した。
黒炎に囚われた亡者を救ったものの、胸の奥にはまだ重いものが残っている。
黒炎は、破壊の炎ではなく、魂を救う炎――
その可能性に気づいたものの、まだ確信には至らない。
レオニスが隣で呟いた。
「……お前の炎、何かが変わったな」
「そうかもしれない……」
少女は手のひらを見つめる。
黒と青の混ざり合った炎は、これまでのものとは明らかに違っていた。
(この炎は、一体……)
考え込む少女の前に、ふと霧の切れ間が生まれた。
その先に、何かがある。
霧の中に浮かび上がったのは、古びた石造りの神殿だった。
崩れた柱とひび割れた壁が、長い時間の経過を物語っている。
「……こんな場所があったのか」
レオニスが警戒しながら辺りを見回す。
少女は、神殿の奥から微かな気配を感じた。
まるで、黒炎そのものが呼びかけているかのように――
「何かが、ある」
少女はゆっくりと神殿へと足を踏み入れる。
カツン、カツン……
石の床を踏みしめる音が響く。
神殿の中心部に進むと、そこには一つの祭壇があった。
そして、その上に浮かぶ――黒炎の光。
少女の心臓が強く脈打つ。
(……この炎、知っている)
まるで、自分の一部のような感覚。
レオニスが慎重に尋ねた。
「……これは?」
少女はそっと手を伸ばし、黒炎に触れた。
その瞬間――
視界が暗転した。
次の瞬間、少女は不思議な空間に立っていた。
周囲には闇が広がり、そこに浮かび上がる”記憶”の断片。
――かつて、この世界には二つの炎があった。
一つは、すべてを破壊する”呪いの黒炎”。
もう一つは、魂を導き救う”浄化の青炎”。
黒炎はもともと”浄化の炎”として存在していた。
しかし、ある時から”呪いの炎”へと変質してしまったのだ。
その原因は――
「黒炎の巫女」
少女は息を呑んだ。
(……私?)
記憶の中に浮かび上がる一人の女性。
黒い炎を操る巫女。
その姿は、まるで今の少女と重なっていた。
「お前は、黒炎の本当の力を取り戻す者だ」
声が響く。
記憶の断片が次々と流れ込む。
黒炎の力は、かつて”救済の炎”だった。
しかし、ある出来事をきっかけに、それは”呪い”へと変わってしまった。
少女の心臓が、強く脈打つ。
(私は……黒炎の巫女?)
視界が元に戻った時、少女はまだ神殿の祭壇の前に立っていた。
レオニスが心配そうに覗き込む。
「おい、大丈夫か?」
少女はゆっくりと頷く。
「……私は、黒炎の巫女だったのかもしれない」
「……?」
「黒炎は、本来は”救済の炎”だった。でも、何かがきっかけで”呪い”へと変わってしまったの」
レオニスが驚いたように目を見開く。
「それが本当なら……お前の炎は、その”本来の黒炎”に戻りつつあるってことか?」
「……そうかもしれない」
少女は、手のひらに黒炎を灯す。
黒と青が混ざり合う、新たな炎。
それは、もはや”呪い”ではない。
黒炎の本当の力――“魂を導く炎”。
少女は、決意を固めた。
「……この炎の本質を知るために、私はもっと進まなければ」
レオニスが小さく笑う。
「相変わらず、迷いがねぇな」
「迷っている時間はないもの」
そう言って、少女は歩き出す。
黒炎の真実を知るために。
そして、“黒炎の呪い”を解くために。