23.旅の果てに
神殿の試練を終えた少女は、静かに門の前に立っていた。
かつて燃え盛っていた炎の門は、すでに鎮まり、神殿全体が穏やかな気配に包まれている。
レオニスが彼女の横に立ち、問うた。
「……どうする?」
少女は、手のひらに小さく炎を灯す。
それは、青と黒が混ざり合い、柔らかく揺れる炎だった。
「旅を続けるわ」
彼女の目には、もはや迷いはない。
黒炎を受け入れ、巫女としての力を完全に手にした今、
少女には新たな目的があった。
――この炎を、世界にどう灯すのか。
神殿はもう、彼女を引き止めるものではなかった。
レオニスは、わずかに口元をほころばせた。
「……お前らしいな」
そう言って、剣を背に担ぐと、前を向く。
「じゃあ、行くぞ」
少女は小さく頷き、レオニスの隣に並んだ。
二人は、静かに歩き出す。
炎の神殿を後にして。
神殿を抜けると、そこには広大な荒野が広がっていた。
だが、その光景は、かつて見たものとは違っていた。
――雪が降っている。
少女は、空を見上げた。
白銀の雪が、静かに舞い落ちている。
この地に降るはずのない雪が、穏やかに大地を覆っていた。
レオニスが眉をひそめる。
「……おかしいな」
「この地方に、雪が降ることはなかったはずだが」
少女も、雪にそっと手を伸ばした。
冷たい感触。
(まるで、何かが変わったみたい……)
黒炎を手にした瞬間、世界の何かが動き出したのかもしれない。
遠くの空が、かすかに揺らめく。
それは、これから待ち受ける運命を示しているようだった。
二人は、雪降る荒野を進む。
静寂の中で、少女は自分の手のひらを見つめた。
そこに宿る黒炎は、穏やかに燃えている。
(この炎を、どう使うべきか……)
巫女としての力。
黒炎を受け入れた者としての使命。
それを、まだ完全に理解したわけではなかった。
だが――
「レオニス」
彼女は、そっと呟く。
レオニスが、ちらりとこちらを見る。
「ん?」
少女は、微笑んだ。
「ありがとう」
レオニスは、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑う。
「……どうした急に」
「いや、別に……ただ、言いたかっただけ」
少女は、ゆっくりと歩き出す。
白銀の世界の中へ。
黒炎を灯しながら。