20.炎の神殿への道
少女とレオニスが村を出て東へ進むと、道端に一人の旅人が腰を下ろしていた。
長い外套に身を包み、風に吹かれながら小さな焚火を見つめている。
「おい、あんた……」
レオニスが声をかけると、旅人はゆっくりと顔を上げた。
「……お前たち、東へ向かうのか?」
「そうだけど?」
旅人は静かにため息をつく。
「なら、気をつけるんだな。あの先にあるのは“試練の道”だ」
「試練の道……?」
少女が問い返すと、旅人は小さく頷いた。
「炎の神殿に至る道には、“亡炎”と呼ばれる亡者たちがさまよっている」
「かつて黒炎に焼かれた者たちが、未だに苦しみ続けているのさ」
少女は息を呑んだ。
――黒炎に焼かれた者たち。
それは、アゼリアがかつて引き起こした災厄の名残だろうか?
旅人は、じっと少女を見つめた。
「お前……妙な炎を纏っているな」
「まさか、お前も黒炎に関わる者なのか?」
その言葉に、少女は思わず沈黙する。
レオニスが、一歩前に出た。
「余計な詮索はよせ」
「俺たちは、ただ神殿を目指しているだけだ」
旅人はしばらく二人を見つめていたが、やがて小さく笑った。
「……そうか。なら、忠告はしたからな」
「試練の道で足を踏み外さないようにするんだな」
そう言い残し、旅人は焚火の炎を消して立ち去った。
少女は、その背中を見送る。
(……わたしは、本当に黒炎を制することができるのかな)
その不安が、胸の奥で静かにくすぶっていた。
しばらく進むと、風景が一変した。
広がるのは、焦げた大地。
焼けただれた岩々が積み重なり、空気にはすすけた匂いが漂っている。
「……ここが、試練の道?」
少女がつぶやいた瞬間だった。
――ゴォォォォッ……!!
大地の裂け目から、黒い炎が吹き上がる。
炎の中から、無数の影が揺らめきながら現れた。
「これが“亡炎”……!」
かつて黒炎に焼かれた者たちの亡霊。
瞳の奥には、終わることのない苦しみが渦巻いている。
レオニスが剣を抜いた。
「来るぞ!」
影たちは、呻き声を上げながら二人に向かってきた。
少女は、拳を握りしめる。
「わたしの炎で……!」
青炎を灯し、亡炎たちに向けて放つ。
しかし――
黒炎を受けた亡者には、青炎は通じなかった。
「え……!?」
亡炎たちは、青炎をすり抜け、なおも少女へと迫る。
(どうして……!)
青炎は、人々を救う力のはず。
なのに、黒炎に囚われた者たちには届かない。
レオニスが亡炎の一体を剣で斬り払う。
「くそ……こいつら、簡単には消えないぞ!」
少女は歯を食いしばる。
黒炎に囚われた魂を救うために、どうすればいいのか――。
(……もしかして)
少女は、自分の掌を見る。
青炎とともに宿った、黒炎。
(黒炎を……使えば)
けれど、それは危険な賭けだった。
黒炎を制することができなければ、今度こそ自分が飲み込まれてしまうかもしれない。
亡炎たちが、さらに迫る。
レオニスが叫んだ。
「迷ってる暇はないぞ!」
少女は、強く息を吸い込んだ。
(……試すしか、ない!)
彼女は、黒炎をその手に灯した。
黒炎が、少女の手のひらで燃え上がる。
その瞬間――亡炎たちの動きが、止まった。
「……!」
呻き声が、変わる。
それは、恐怖の声ではなかった。
まるで、救いを求めるような、声だった。
少女は、亡炎の一体へと手を伸ばす。
「……帰りたいの?」
黒炎が、亡炎を包み込む。
すると――
亡炎の影が、静かに光となり、消えていった。
少女は、驚きに目を見開く。
(黒炎は、滅びるだけの炎じゃない……)
(これは、“帰る場所を探す炎”なんだ)
亡炎たちが、次々と少女の黒炎に導かれていく。
やがて、最後の亡炎が消えた。
谷に、静寂が戻る。
レオニスが、呆然と少女を見つめていた。
「……お前、本当に黒炎を制しやがったのか」
少女は、ゆっくりと頷いた。
「わたし……できるかもしれない」
「この炎を、本当にわたしのものにすることが」
夜明けの誓いは、まだ続いている。
だが、少女は確かに一歩前へ進んだのだった。